上 下
64 / 271
第一章 新しい生活の始まり

017-2

しおりを挟む
 リンさんが帰ってからしばらくして、ノエルさんがやって来た。

「アシュリー」

「こんばんは、ノエルさん。コーヒーですか?」

 ううん、と答えて首を横に振る。

「週に一度はアシュリーのごはんが食べたいから、無理を言って出て来た」

 そう言ってノエルさんはふふふ、と笑うけど、何となく嫌な予感と言うのか、何と言うのか。
 でも、ちゃんとごはんを食べて欲しいとも思うし、難しいなぁ……。

「用意しますね」

「うん」

 ノエルさんはフルールを抱き上げると、膝の上にのせてフルールのおなかに顔を埋めたり、抱きしめたり、頬擦りしている。……大分、お疲れみたい。
 疲れた時にフルールの柔らかい身体に癒されるのは、何となく分かる。

 ノエルさん以外にもお風呂上がりの人がやって来て、ごはんを頼まれたので、あらかじめ用意してあるパンを石窯の中に入れて焼き始める。
 フライパンに油を落として温めている間に、保温しておいたスープをカップに注いで、ノエルさんや、他の人に出す。

「んー……しみる」

 スープをひと口飲んだノエルさんが、しみじみと言う。

「五臓六腑に染み渡るよ、アシュリー」

「嬉しいですけど、褒め過ぎです、ノエルさん」

 温まったフライパンに端肉のパン粉をまぶしたものを入れていく。端肉そのものはもう火が通っているものだから、中のネギもあらかじめ火を通してある。表面のパン粉がカリッと焼ければ大丈夫。
 皿を並べて二種類の酢漬けをのせていく。

「アシュリーも、手慣れてきたね」

「来たばかりと比べると、大分慣れたかなって思います。
ラズロさんは料理して、話をしながら食堂内の状況を把握してるので、本当凄いと思います」

 ラズロさんはとても器用だと思う。

「アイツは比較的何でも出来るんだけど、何をやってもつまらなさそうなんだよね。だから長く続かない」

 つまらなさそう?
 あんまりそうは見えないけど、内心はそう思ってるのかな?

「でも今の仕事は長く続いてる」

 そんなような事、ラズロさんも言ってたなぁ。
 砂時計が落ちたのを見て、外の石窯から焼き上がったパンをバスケットに入れて戻る。
 ノエルさんが不思議そうにしながら砂時計を見ていた。

「アシュリー、これ何?」

「砂時計です」

「スナドケイ?」

 完全に砂が落ちきってしまったので、上下を逆さまにする。サラサラと砂が下に溢れ落ちていく。
 ノエルさんはそっと手を伸ばして砂時計を持つ。

「上の砂が下に完全に落ちるのに、その砂時計だと5分かかります」

 魔女はこの砂時計をいっぱい持ってて、時間を正確に測ってた。
 この前届いた荷物の中に、魔女からもらった砂時計が入ってて、嬉しかった。あるのとないのとだと、目安が変わってくるから。

「時間の経過を目視出来るなんて、凄い……」

「多分、それは村に頼んでも商品にするのは難しいと思います」

「どうして?」

「魔女しか作れないからです。頼んでも作ってくれない事がほとんどでした。僕は魔女の手伝いをよくしていたので、そのご褒美にいくつか作ってもらえましたけど」

 そうなんだ、とがっかりした顔をするノエルさんに、出来上がった料理ののった皿を差し出す。

「ありがとー」

 砂時計をカウンターに戻すと、ノエルさんは皿を受け取ってパンを口に入れた。

「んん、あったかい。あったかくてフワフワする。でも周りがカリッとしてる」

 ノエルさんはちぎったパンを、隣の椅子に座るフルールにあげる。フルールはもくもくとパンを食べ始めた。

「冬に温かい食事を口に出来るだけで、病気が縁遠くなる気がするよ」

「冷えは万病の元ですからね」

「初めて聞く言葉」

「魔女がよく言ってましたよ。身体を冷やすな、って」

 ノエルさんの横に僕も座って、一緒にごはんを食べる。
 フルールはぴょこぴょこと上下しながら僕の隣に移動して来た。
 多めに焼いたパンを渡すと、両手で持って、食べ始める。

「身体を冷やすと病気になるの?」

「えっと、身体の中にある、病気と闘う力が、冷えてると弱まる、みたいな事を言ってました」

「抵抗力の事かな?」

「あ、それです」

 スープを飲む。スープの熱でおなかが内側から温まってくる。

「アシュリーの村の魔女に、会っておけば良かった」

「魔女とノエルさんが会ったら、ノエルさんは王都に帰れなかったかも」

 なんで? とノエルさんが聞き返す。

「魔女は、カッコいい人が大好きなんです。多分会った瞬間にプロポーズされます」

「なにそれ凄いね?!」

 今思い出しても、魔女は不思議な人だった、うん。

「気分屋さんな所もありましたけど、優しくて物知りで強くて、僕は大好きです」

「アシュリーがそこまで言うんだから、良い人なんだろうね」

「良い人ですよ。怒らせると怖いです。酒場の女将さんより何倍も怖いです」

「なるほどね?」

「お酒が大好きで、毎日のように二日酔いになってて、僕、その所為でパンがゆ作りが得意になりました」

 毎日パンがゆを作らされてたから。

 ノエルさんに頭を撫でられた。

「ラズロには作らなくて良いからね」

 その言葉に思わず笑った。
 ノエルさんはラズロさんにちょっと厳しい。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

Rich&Lich ~不死の王になれなかった僕は『英霊使役』と『金運』でスローライフを満喫する~

八神 凪
ファンタジー
 僕は残念ながら十六歳という若さでこの世を去ることになった。  もともと小さいころから身体が弱かったので入院していることが多く、その延長で負担がかかった心臓病の手術に耐えられなかったから仕方ない。  両親は酷く悲しんでくれたし、愛されている自覚もあった。  後は弟にその愛情を全部注いでくれたらと、思う。  この話はここで終わり。僕の人生に幕が下りただけ……そう思っていたんだけど――  『抽選の結果あなたを別世界へ移送します♪』  ――ゆるふわ系の女神と名乗る女性によりどうやら僕はラノベやアニメでよくある異世界転生をすることになるらしい。    今度の人生は簡単に死なない身体が欲しいと僕はひとつだけ叶えてくれる願いを決める。  「僕をリッチにして欲しい」  『はあい、わかりましたぁ♪』  そして僕は異世界へ降り立つのだった――

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

ゲームで第二の人生を!~最強?チート?ユニークスキル無双で【最強の相棒】と一緒にのんびりまったりハチャメチャライフ!?~

俊郎
SF
『カスタムパートナーオンライン』。それは、唯一無二の相棒を自分好みにカスタマイズしていく、発表時点で大いに期待が寄せられた最新VRMMOだった。 が、リリース直前に運営会社は倒産。ゲームは秘密裏に、とある研究機関へ譲渡された。 現実世界に嫌気がさした松永雅夫はこのゲームを利用した実験へ誘われ、第二の人生を歩むべく参加を決めた。 しかし、雅夫の相棒は予期しないものになった。 相棒になった謎の物体にタマと名付け、第二の人生を開始した雅夫を待っていたのは、怒涛のようなユニークスキル無双。 チートとしか言えないような相乗効果を生み出すユニークスキルのお陰でステータスは異常な数値を突破して、スキルの倍率もおかしなことに。 強くなれば将来は安泰だと、困惑しながらも楽しくまったり暮らしていくお話。 この作品は小説家になろう様、ツギクル様、ノベルアップ様でも公開しています。 大体1話2000~3000字くらいでぼちぼち更新していきます。 初めてのVRMMOものなので応援よろしくお願いします。 基本コメディです。 あまり難しく考えずお読みください。 Twitterです。 更新情報等呟くと思います。良ければフォロー等宜しくお願いします。 https://twitter.com/shiroutotoshiro?s=09

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

処理中です...