転生を希望します!

黛 ちまた

文字の大きさ
上 下
60 / 101
第一章 学園編

048.嫉妬

しおりを挟む
 ゴージャス!!
 それがシンシア皇女の第一印象だった。

 王子が言っていたように歓迎してないのに開くことになった歓迎会。
 アルト侯爵家の後継のルシアンが参加しないで済む筈もなく。その妻であり、先日行きがかりで伯爵位を賜っちゃった私も参加しない訳にもいかず、やって参りました、(非)歓迎会。
 非の位置あってるかな?

 そう、皇女。
 皇女はマーメイドラインの真っ赤なドレスを着た妖艶な美女だった。
 確かあの人、私と同じ年の筈なのに、あれはもう少女には見えないよ?
 だって、めっちゃナイスバデーだし!
 出るとこ出てるし! くびれ凄いし! 何あれ凄い!
 フェロモンむんむんですよ?!
 あれに、言い寄られてたの? ルシアン……。
 うっ、なんか急に持病が……。

「ミチル」

 名前を呼ばれた方に振り向くと、モニカがこちらに向かって来ているところだった。
 王太子の婚約者だからね、侯爵令嬢だし、彼女も必須参加だよね。

「殿下から贈られたというドレスですよね? モニカによくお似合いです」

 今日のモニカはロイヤルブルーのエンパイアラインのドレスで、私がデザインしたネックレスを付けている。
 ハーフアップにした髪に、カサブランカが挿してあり、とても美しい。

「神話に出てくる女神のようです」

 まぁ、とモニカは頰を赤らめた。
 本当モニカは可愛い。王子がモニカを泣かせたら絶対許さん。まぁ、それはないだろうけど。
 婚約してからの王子のモニカ溺愛っぷりといったら……。
 モニカが幸せならいいのだ、うん。

 少し会話をしてから、モニカは王子の方に向かった。
 壇上からずっと王子が見てて落ち着かなかったからね。
 本当は迎えに来たいだろうに、今日はシンシアが横にいるから壇上から動けないのだろう。

「どうしました? 私の妖精姫」

 つい皇女シンシアを見てしまう私に、隣に立つルシアンから声がかかる。
 妖精姫ってなんだ?!

「まぁ、ルシアン、妖精から怒られてしまいますわ」

 妖精から悪戯されそうだから止めて。
 本当悪戯超えて呪われちゃうかもだからね。

「ミチルは妖精姫と呼ばれているそうですよ?」

 えっ? 誰に?
 何それ、もしかして頭の中が常春とかそういう?!

「容姿の話です」

 それだと尚更理解不能なんだけどな……。
 ふふっ、とルシアンは楽しそうに笑うと、私のおでこにキスをした。
 周囲の令嬢たちからきゃーという声が上がる。
 ……恥ずかしい……。

 ジェラルドがこちらに駆け寄って来た。強張った表情で。

「ルシアン、皇女がお呼びだ」

 心臓がぎゅっと痛んだ。
 行かないでと言えればいいけど、皇女相手にそんなこと言える筈もない。
 無表情なまま、ルシアンは私の頰を撫で、皇女の元に向かった。

 皇女の前に行ったルシアンは、流れるような所作で礼をする。満足気な皇女の顔が見えて、見たくなくて、そっとテラスに逃げた。

 嫉妬してる。
 皇女に、ルシアンを取られるのではないかと。
 ルシアンがお世辞でも皇女を褒める言葉も、作り笑いでも見たくない。自分の中に、こんなにドロついたものがあるなんて、知りたくなかった。
 みんな、この気持ちとどう戦っているの?

 仕方のないことだって分かってるのに、頭は冷静なのに、心臓が痛くて仕方がない。
 ズキズキと痛む。苦しい。

「おや、こんな所に妖精のように美しい方が……」

 声に驚いて顔を上げると、水色の髪、水色の瞳の美しい男性が立っていた。
 私、この人を知ってる。

 姉が妄想で懸想した、フィオニア・サーシス様だ。

 風に靡く水色の髪は月光を反射するようにキラキラと光り、神秘的だった。
 王国内でも絶大な人気を誇るフィオニア様に納得がいった。これは、確かに美しい方だ。

「ご機嫌よう、サーシス様」

「貴女のような美しい方に、名を知っていただけているとは、光栄です、アレクサンドリア女伯」

 美しいとは、モニカや、シンシア様のような方を言うのだと思う。
 以前の太っていた時に比べればマシだとは思うけど、私は美しくない。
 家族はずっと、私のことを醜い、アレクサンドリア家の人間とは思えないと言い続けていたのだから。

 思わずため息がこぼれる。

「ここは寒い。お身体を冷やしてはいけません。中に戻りましょう」

「いえ、私は……」

 皇女とルシアンが一緒にいる所を見たくない。

「お辛いでしょうが、避けては通れない道です」

 そんなに、ルシアンと皇女のこと、有名なのか。

「大丈夫です、貴女をお守りする者は多くおります」

 さぁ、と促されて中に戻ると、楽団による演奏が始まっていた。
 中央で皇女と踊るルシアンの姿に、涙がこぼれてしまった。

「ミチル」

 お義父様とお義母様だった。
 お二人も当然来ているよね。
 あぁ、貴族の嫁なのに、こんな、泣いてしまって、怒られてしまう。
 お義母様がそっと私の涙をハンカチで拭いてくれた。

「……申し訳ありません……私……駄目な妻ですわ……」

「いいえ」とお義母様は首を横に振り、私の肩を抱いてくれた。

 曲が終わり、皇女は次の曲もルシアンにねだったようだ。遠目にも分かる。
 その姿に、周囲から声が上がる。

「皇女という立場でありながら、なんと品のない行いをするのか」

「信じられませんわ……」

 ざわつく会場の中で、誰もが皇女とルシアンを見つめる。
 ルシアンがどうするのかを見ているのだ。
 皇女の機嫌を損ねるのは正しい行いではない。
 でも、ここで続けて踊れば皇女とルシアンが恋人であるという既成事実のようなものが出来てしまう。

「私と、踊っていただけますか?」

 フィオニア様が私の手を取り、甲に口付けた。
 どうしよう、お断りするのも無礼になってしまう。
 判断に迷っていたら、勢いよく肩を掴まれ、抱き寄せられた。
 だ、誰?!

「!?」

 ルシアンだった。
 無表情に見えるけど、明らかに怒ってる。
 そんなルシアンを見て、フィオニア様はふっと笑った。
 挑発するかのような視線に、私は戸惑う。
 な、なんだなんだ。
 一体何が起こってるんだ?!

「他の男に触れられるのすら許せないのであれば、ご自身でお守り下さい」

「言われるまでもない」

 ホールの中央に取り残された皇女は、持っていた扇子を力任せにへし折った。
 シーンと静まり返っていたホールに、ボキッという音が響く。
 うわぁ!

「ではまた、アレクサンドリア女伯」

 歌うように言ってフィオニア様はホールの中央に向かい、皇女の手の甲に口付けた。
 何を話してるのかは分からないけど、皇女とフィオニア様は踊り出した。
 周囲も何事もなかったように踊り始める。

「……これはまた、愉快なことだ」

 そう言って微笑むお義父様の笑顔はめっちゃ黒かった。
 怖い、怖いです。

 私は何となく、ルシアンの顔が見れなかった。
 見たくなかったと言うか。

「あら、大変。ミチルったら顔色がよくなくってよ」

 突然お義母様が私を見て言った。

「ルシアン、ミチルが具合が悪そうだからもうお帰りなさい。陛下には私たちから申し上げておくから」

「はい、ありがとうございます」

 ルシアンに肩を抱かれながらホールを後にし、馬車に乗り込んだ。

「ミチル」

 答えたくない。
 声を聞きたくない。
 あれは浮気とかそういうことではない。
 そういうことじゃないのだ。

 私は、自分の中のドロドロしたものが怖くて仕方なかった。
 たったあれだけのことで、こんなにも心乱れる程、自分が弱い人間だなんて知りたくなかった。
 今口を開けばきっと、私は言ってはならないことを口にしてしまう気がする。
 ルシアンが私を抱き寄せようとするのを、手で制した。
 止めて。
 もう心を乱されたくない。
 ルシアンは無理強いをしようとはせず、それ以上何も言わなかった。
 その日の夜、私はルシアンと一緒に眠ることを拒んだ。






 テラスにいたからかも知れない。
 私は風邪をひいた。
 熱で頭がぼんやりする。
 エマだけを側において、私はベッドに横になっていた。

「何があったのですか? 旦那様と」

「何もないわ。ルシアンは何も悪くないの」

 ルシアンを、傷付けてしまっただろうか。
 こんな嫉妬深い私に、ルシアンは呆れてしまうかも知れない。

「では、どうなさったのですか? 昨日の夜会で何か?」

「皇女様がルシアンに想いを寄せていることは、以前より分かっていたことなのに……凄く、凄く嫌だったのよ」

 吐いた息が熱い。
 また熱が上がったのかも知れない。

「ルシアンが望んだ状況ではないと分かっている筈なのに……どうしようもなく……貴族の……妻であれば、顔になんて出してはいけないわ……それなのに……私泣いてしまって……」

 思い出しただけで涙がこぼれた。

「嫉妬してる自分が……怖くなって……こんなに……醜い私なんて……ルシアンに……嫌われて……しまうわ……」

「……ミチル様は、旦那様を、本当に想ってらっしゃるのですね」

 好きなのは好きだった。でもこんなに、己を制御出来なくなるまで想ってるなんて。

「好きになんて……ならなければ良かった……」

「なんて事をおっしゃるのです。深く誰かを想うことが悪いことな訳ありません」

 愛されてると感じるだけならば、恥ずかしいだけで幸せだった。
 ふわふわとして、何処か非現実的で。
 でも、愛してしまったなら。

 愛し愛されるのは、とても幸せなこと。
 でも、それだけではないのだと知った。
 己の中の、見たくはなかった醜い一面と、向き合わなくてはいけない。
 その勇気がなければ、人なんて愛せないのかも知れない。そうじゃ、ないのかも知れない。
 一生嫉妬せずに生きる人もいるだろう。

 今思い出しても苦しい。
 美しい皇女とルシアンは、お似合いだった。

「……一人に……して……眠りたい……」

「おやすみなさいませ、ミチル様」

 エマが出て行った後、私は枕に顔を押し付けた。
 涙が、止まらない。
 枕は私がこぼしただけの涙を、すべて吸い取った。

 カチリ、と何処かでカギの閉まる音がした。

「……エマ……?」

 枕から顔を上げると、ドアの前にルシアンが立っていた。
 その姿に、私は息を飲んだ。
 ルシアンは無表情に私を真っ直ぐに見つめている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

逃がす気は更々ない

恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。 リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。 ※なろうさんにも公開中。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...