転生を希望します!

黛 ちまた

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第一章 学園編

許されない罪<モニカ視点>

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 ミチル様の魔道学の才能は頭一つ分抜きん出てました。
 その後、その発想力と才能が認められ、魔道学研究院の准研究員に任命されたのです。
 これはとても異例のことのようです。
 そして、ミチル様が私たちとは根本的に異なる理由を、私は幸運にも知ることになるのです。

 転生者──前世の知識や経験を持つ特別な方のことだそうです。
 ミチル様は、その転生者なのだと。
 常日頃から私たちとは違う、特別な方だとは思っておりましたが、ミチル様が転生者、というものだったなんて。
 色々と納得ですわ。

 転生者はその知識や経験の稀少さ故に、上位貴族や王族と婚姻関係を持って囲い込みます。強引な手を使ってでも手にしたい程のものを転生者は持っているのだそうです。
 確かにミチル様は、魔道学の魔力の根底を覆す発見をなさり、その研究を引き続き行うことになりました。
 それ以外にも、貿易に関する知識をお持ちでしたし、魔石同士の結合やギルドの創設などを思いつくなど、規格外な才能を次々と披露なさるのです。それも、息を吐くように。
 多分、これが本当のミチル様なのだと思います。
 転生者だと知られない為にその才能をずっと隠されていたその思慮深さも、称賛に値しますわ。

 ミチル様は前世の話を淡々とお話しされました。
 その壮絶な最期には、全員絶句してしまいました。
 恋情の縺れの末に、関係のないミチル様は襲われて絶命されたと言うのです……!
 信じられないことにミチル様は然程気にしてらっしゃらない。気になさったのは、前世での年齢がルシアン様より上だったことのようで、すかさずそのことに気付いたルシアン様が、気にならないし、恋愛経験の幼さのアンマッチさが大変良いと言われて、恥ずかしがるミチル様は文句なしに可愛かったです!
 ルシアン様、素晴らしい返しですわ!

 皇国の第二皇女がルシアン様を狙ってオフィーリア学園に編入しようとしている、という情報が入り、私は苛立ちが募っておりました。
 キャロル様だけでも邪魔だというのに、皇国の皇女まで!
 自国内で相応しい相手を探せばいいものを、わざわざルシアン様を狙うだなんて、許せません!
 ルシアン様にはミチル様という相応しい相手がいるのですわ!

 ただ、私的には、皇女対策の為にミチル様とルシアン様の結婚が繰り上がり、九月に式を執り行うとのことで、それについてグッジョブ(ミチル様に教えて頂きました)と言いたいですわ。
 多分ルシアン様も同じ気持ちだと思います。

 皇女が入り込む隙を作らない為とおっしゃって、ミチル様はルシアン様に似合う香水を作られたのです。
 前世での記憶があるから、近い匂いを作れたのです、とミチル様は謙遜されてましたが、優れた調香師は少なく、香りと香りを合わせるなど、聞いたこともありません。
 新しい香水を作られる際にも、道具が足りないからと、さらりと変成術で奇妙なものをお作りになるのです。
 その用途は素人目にも素晴らしく、店主のアーガイルが食い付いておりました。
 ミチル様はアーガイルに口封じをする代わりにと、すぽいと、というものを何点か作ることを約束されました。一も二もなくアーガイルは了承しました。
 私も何かお手伝いを、という事ですぽいと作りを手伝わせていただきました。細部はミチル様が細かくチェックして下さった為、八個目あたりですぽいとは会得しました。
 せっかくなので持ち手のゴムの部分に装飾なんかも入れてみたりと、なかなか楽しい作業です。
 変成術とはこんなにも楽しいものなのですね。

 ミチル様がルシアン様をイメージして作られた香水”L”は、男性に合うスパイシーさの中に甘さが加わり、セクシー(ミチル様に教えて頂きました)さが増す香りなのだそうです。
 確かに、あの年齢にして色気をお持ちのルシアン様に、ぴったりの香りです。これはきっと、学園の令嬢たちは刺激の強さに倒れるに違いありませんわ。
 婚約者の魅力を最大限まで引き出すものをお作りになるなんて、ミチル様の才能には脱帽ですわ!

 香水に続いてミチル様はルシアン様に腕時計なるものをプレゼントなさいました。
 私たちが用いる懐中時計とは造形が違っていて、文字盤の上下に革のベルトが付いており、そのベルトを手首に巻き付けることで固定するのです。
 上着のポケットの中から取り出して時間を確認する必要もなく、腕を見ればすぐに時間が分かる。
 これは凄いことだと思います。

 香水、腕時計と素晴らしいものを編み出してしまったミチル様は、アルト侯爵様に怒られてしまいました。
 転生者の知識や技術を、どうやって世の中に出していくのか、そういったものは王室がきちんと管理しなくてはいけないのだそうです。
 ミチル様が転生者であるということは、まだ秘密にされておりますから余計です。
 それが他国に、特に国内が混乱していると言われる皇国に知られた場合、ミチル様は愚かなご家族により皇国に引き渡されてしまうだろうと王室の方々はご心配なのです。
 怒られながら、更にミチル様が、実はこういうものも……とおずおずとおっしゃった時の、アルト侯爵様の笑顔の怒りは傍で見ていても震えが来る程でした。






 *****






 ……あの時のことを、今思い出しても……身体に震えが走ります。

 ルシアン様を押し倒し、付けてらっしゃる香水を流すなどと言って、キャロル様はルシアン様に馬乗りになり、大量の水をかけていました。
 ジェラルド様が王子と先生を呼びに行っている間に、誰かがミチル様を呼んだのです。ルシアン様のピンチだからと、呼んだのだと思います。
 ミチル様はルシアン様に駆け寄るとハンカチで顔を拭いて差し上げていて、本当にその仲睦まじさと言ったら、見ているこちらが幸せな気持ちになるぐらいの、絵になる美しさなのです。

 突然キャロル様が、媚薬だなんだと言い出しました。
 何をおっしゃってますの?!
 ルシアン様は冷たく、媚薬でも問題ないと言い、キャロル様に上から退くように言いました。
 女性の身体に不用意に触れることは避けねばならないことだからです。それが例え襲われている側だとしても。
 私と仲の良い令嬢たちで一斉にキャロル様にとびかかり、ルシアン様とキャロル様を引きはがすと、お二人から出来る限り遠ざけようとその場を立ち去りました。
 遠くで殿下とジェラルド様、先生のお声も聞こえたので、ほっとした瞬間、私たちに捕まれていたキャロル様がルシアン様たちのほうに向かって全速力で駆けだしたのです!

「お待ちなさい!!」

 私たちも淑女として、出来る限りの速さでキャロル様を追います。
 あぁ、歯がゆい……!
 キャロル様は王子や先生たちの腕もかいくぐり、ルシアン様たちがいた場所へ向かって行きます。

「ジェラルド! ルシアンを呼んで来てくれ! 先生は警備の兵を!」

 王子はジェラルド様と先生に指示を出し、ご自身はキャロル様を追います。

「分かった!」

 ジェラルド様はルシアン様のいる方向に全速力で駆けて行かれました。
 その場にルシアン様はおらず、いたのはミチル様だけ。

「ミチル嬢、逃げろ!」

 ジェラルド様の叫びにもかかわらず、キャロル様はミチル様の元に辿り着き、ポケットから取り出した何かをミチル様にかけ始めたのです!

「なんてことを!!」

 あちこちから悲鳴が上がります。

「貴女みたいな魔女を、ルシアン様の側に置いておけないわ!」

 また何かをミチル様に振りかけている!
 早く、早く止めさせなくては!!

「お止めなさい!」

「この魔女がいるからっルシアン様は私を見ようとしないのよ! みんな私を愛する筈なのに!」

 もはや正気の沙汰ではない絶叫を上げ、キャロルはミチル様の肩を掴み、更に何か液体をふりかける。
 見た目、ミチル様が怪我をしている様子は見えない。
 ミチル様が真っ白い顔で怯えたようにキャロルを見つめている。

「い……や……っ!」

 ミチル様の悲鳴に、胸が痛んだ。
 もう我慢出来ず、淑女らしさなども捨てて私は走り、キャロルに駆け寄った。

「ミチル様!」

 キャロルがポケットから何か光るものを出した瞬間、ミチル様は意識を失ってその場に崩れ落ちた。
 手に持っているのは、銀のボトルで、ボトルの蓋を開けてミチル様に更にふりかけようとした瞬間、キャロルの身体が吹き飛んだのです。

 ミチル様とキャロルの間に立ち、ミチル様を守るように立つルシアン様は、恐ろしい程の怒気を孕んだ目でキャロルを見ていた。
 今にもキャロルを殺してしまいそうな程に。

 私は急いでミチル様に駆け寄り、ミチル様の名前を呼ぶ。

「ミチル様! ミチル様!!」

 反応はない。完全に意識を失っていて、その身体の冷たさは、まるで死人のようで、背中がぞくりと泡立った。
 もし、かけられたのが毒だったら!?

「救護の先生を呼んで来て下さいませ! 早く!! お願いですから!!」

 何人もの生徒がバタバタと廊下を駆け出した。
 ミチル様の上体を起こし、ハンカチで得体の知れない液体を拭いていく。においを嗅いでみるものの、なんのにおいもしない。
 私はぎゅっとミチル様を抱きしめた。細い身体に、涙が出そうになる。
 あの時の、恐怖に目を見開くミチル様の顔。

 許せない……!
 ミチル様にこんなことをしたキャロルが!
 見ると、痛みを押さえながら立ち上がったキャロルは、ルシアン様に向けて笑顔を向けた。

「ルシアン様……! 魔女は私がやっつけました……! これで……貴方は私のもの……!」

 狂ってる……!

 キャロルが狂気じみた眼差しのまま、ルシアン様に向けて手を伸ばし、ゆっくり近付いて行く。
 ルシアン様はキャロルに近付いて行く。ルシアン様がキャロルを殺してしまうのではないかと、そんな思いが拭いきれなくて、二人から目を離せないのです。止めなくてはと思うのに、身体が動かせない。
 自分に近付いて来るルシアン様に、キャロルが笑顔を浮かべた瞬間、ルシアン様の手がキャロルの首の後ろに落とされ、キャロルはその場に崩れ落ちたました。
 キャロルが立ち上がらないのを確認してすぐにルシアン様はミチル様に駆け寄り、私から奪うようにミチル様を抱き上げ、名前を呼ばれました。

「ミチル……!」

 ルシアン様の呼びかけにも、ミチル様は意識を取り戻しません。
 冷たく冷えた頬を、ルシアン様は手で覆い、また名前を呼ぶのです。

「ミチル!」

 救護の先生たちが駆け付け、ミチル様は王立病院に運び込まれることがその場で決定し、私はミチル様と一緒に病院に行きたいと王子に懇願しました。
 王子は首を振り、状況を説明してからでないと、それは許可出来ない、申し訳ない、と謝罪されてしまい、ミチル様を見送る形になったのです。
 王子の苦しそうな表情を見ていたら、何も言えませんでした。
 ルシアン様はミチル様と一緒に王立病院に向かわれました。
 王子が何と言ったとしても、あの方は多分病院に行ったでしょう。それがお分かりになるから、王子もルシアン様が病院に行かれるのをお許しになったのだと思います。

 警備兵が五人程現れ、キャロルに拘束具を嵌め、その場から連れて行きました。
 多分、もう二度とキャロルを見ることはないでしょう。
 平民でありながら、貴族であるミチル様に直接的な攻撃をしかけた彼女は罪に問われます。
 伯爵令嬢であり、侯爵家の婚約者であり、転生者であるミチル様を傷付けた罪は、彼女の命を持って贖われるのだと思います。

 申し訳ないことに、私はそれでも、罰が軽すぎるように思えました。
 あの恐怖を浮かべたミチル様の顔は、ミチル様の過去の、最期を思い出させたからです。
 ですから私は、キャロルを許しません。
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