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第一章 学園編
002.和食に目覚めました!
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入学式を複雑な思いで終え、寮に入る。
前世の私が知るような寮とは異なり、さすが貴族の子女が入る寮。大変豪華。
何より驚いたのが、食堂というようなものがない代わりに、一つ一つの部屋に台所とお風呂等の生活に必要な設備が整っている、ということです。
多分、あらすじのヒロイン説明に、お菓子作りが大好きな女の子、と書いてあったので、そういうイベントの為にキッチンが部屋に付いている設定なのだろうと思う。
ヒロインは庶民の出で、貴族の子女のように侍女なんかいない。
だから自室にあるキッチンでお菓子作っちゃう、ということだと思われる。
そうは言っても、私も伯爵家の令嬢とは言え、侍女は一人しか連れて来てはいない。
ゲームの人物紹介には、悪役令嬢の一人として、家柄と名前と見た目が書かれていたぐらいだ。
だから、今持っているミチルに関する情報は、ミチル自身が持っている記憶だろうと思う。
ミチルはアレクサンドリア伯爵家の次女で、兄と姉は大変優秀。何事においても遅れをとるミチルは、両親からは役に立たないと思われている。
そうは言っても、伯爵令嬢として侍女の一人も付けないのはよろしくないとの判断なのだろう、同じ年であるエマが私の唯一の侍女として一緒に学園に来てくれた。
エマは家族に見向きもされない私の性根が曲がっても、私の側にいてくれた心優しい侍女だ。
設定としては不遇だとは思うが、必要以上に干渉されない家族関係というのは、それはそれでいいかも知れない。
特に私のように前世の記憶を持っちゃってるような場合は。
だって、すぐバレちゃいそうじゃない?
「おかえりなさいませ、ミチル様。お部屋のお片付けは済んでおります」
部屋に入ると、エマがにっこりと優しい笑顔で迎えてくれた。
おっしゃる通りに、部屋はとてもキレイに片付いている。
エマの補助を受けながら制服を脱ぎ、室内着のワンピースに着替え、モスグリーンのストールを肩にかけた。
「いかがでしたか? 入学式は」
えぇ、それはもう最悪な気分の入学式でした!とは言えないので、さすが貴族の子女が集まるに相応しい素晴らしい入学式だったわ、とか無難なことを答えておいたが。
そんな式で盛大なクラッカーってなんだよ、校長……。
「ちょっと考えたいことがあるから、机に向かうわね」
「かしこまりました。それではお食事のご用意を致します」
お願いするわ、と頼んでから机に向かい、キャラクターの名前をノートに書きだしてみる。
何もまとまってはいないのだが、少しでも頭からアウトプットすると、すっきりするだろう。
転生したはいいものの、何の知識もない私の目標は一つ。
ヒロインに関わることなく無難に過ごし、適当に生きて転生。
素晴らしい。これ以上簡潔な目標があっていいのだろうか、いや、ない(反語)。
脳内で馬鹿なことを言ってる場合ではなかったが、これ以上現時点では書くことがないことに、早々に気付いてしまった。
「ミチル様、お食事のご用意が出来ました」
日々の食事の支度はエマがしてくれることになっている。
とは言え、エマの手料理を食べるのは初だ。
呼ばれてテーブルに着くと、凄まじい量の料理がテーブルに並んでる。
肉、肉、肉、それからちょっとの野菜。
これ、何人前よ?
あぁ、うん。そうだよね。
何を隠そう、ミチルはぽっちゃりを越えてデブである。
この身体になる程に欲望のまま食べ続ければそりゃ、デブにはなろう。
デブはデブになるべくしてデブになり、一日でデブにはならんのだ。
目をキラキラさせながらこっちを見てるエマには悪いが、私は痩せたい。
っていうかエマは私の命でも狙ってんのか。
はっ! もしかして保険金殺人とかそういう?!
……ってそんな訳はない。若干あの両親なら考えそうだと思ってしまったのも事実だが……。
ぽっちゃりぐらいならまだしも、肥満のまま心臓に負担かかって死ぬとかまっぴらごめんだ。
前世だってあんなに自分なりに正しく生きていたのにあっさり死んだのだ。
確かにとっとと転生はしたいが、より良く転生するには、適当な人生は減点されそうだ。
それなりに正しく生きた結果、顔面偏差値が向上したのだ。
今生で正しく生きたら来世はもっと良くなりそうじゃない?!
「明日から、自分で料理をするので、エマはお手伝いだけして下さい」
「お、お嬢様がお料理ですか?! とんでもございません! そんなことなさってはいけません!」
「反対するのなら伯爵家に帰しますよ?」
これだけはダメだ。絶対に譲らん。
しばらく押し問答した結果、料理だけは私にやらせてくれることになったが、それ以外は絶対に駄目です、と言われた。
掃除とか洗濯は好きでも嫌いでもないので、やってもらえるのは大変ありがたい。でも、建前として仕方ないという体で私は頷いた。いかにも妥協しました、って感じで。
さて、料理を自分で作ることは問題ない。
何故ならこの世界、不思議なことに設備が前世とほぼほぼ変わらないからだ。
ゲーム会社の手抜き感というか、適当感とかどうなんだと思わなくもないが、あんまり古式ゆかしい設備だと私では無理なので、ありがたくこの環境を受け入れたいと思う!
一週間後から始まる学園生活までには、胃袋を手なずけなくてはいけない。
まず、Lesson1 胃袋に負けるな。
*****
極端なダイエットは体に悪いので、食べる量を減らす前に、食べるカロリーを減らすことから始めることにした。
タンパク質を多めに摂取し、運動して筋肉をつけ、基礎代謝を上げる。
人間は生きているだけで、かなりのカロリーを消費する。
だからこれで運動なんかしちゃったらもっとカロリー消費しちゃうんじゃね? と前世の私は思いました。
でも、アウトドアで山を走っちゃう知人が衝撃的なことを言ったのですよ。
四日かけて130キロ歩いたり走ったりしたけど、消費したカロリーは7000キロカロリーなんだよね。
なんですって??!!!
生きてるだけで1200キロカロリーは消費するのに、一日で30キロ歩いたり走ったりしても1700キロカロリーぐらいしか消費しないという現実に、運動する意欲は撃沈した。
基礎代謝を上げるには筋肉をつけること。
筋肉をつけるには運動すること!
……なるほど?
ということはやっぱり運動は必要だと思う。
ただ、何をやるにも道具というものが必要になるもの。その点、ランニングは動きやすい服装とスポーツシューズさえあればいいのです。
早速、翌日にエマを伴ってランニング時に着る服とランニングシューズを購入した。
買っておいてなんだけど、なんでこんなの売ってるのかな。まぁ、半袖とか短パンではなかったし、なんか身体の線が分かりにくい仕様にはなってるけどさ。
ゲーム開発者、本当に何にも考えてないな。
人目があまりない早朝に走ろうかな。確か学園の中にはそれぐらい出来そうな森があったような?
まさかのトレイルランニングデビューですよ。
前世の知人が知ったら驚いて吹き出しそうだ。
それからダイエットにぴったりな食材を購入する。
ボディビルダーとかになりたい訳ではないから、ササミとかそういうストイックな生活をする訳ではない。
鶏肉と魚と野菜をたっぷりと、不足している調味料と豆腐!
ゲーム開発者は一体なにを目指して……。
「随分食材ばかり購入されましたね、お嬢様。いつもならお洋服などをお選びになさる方がお好きですのに」
うん、でも、洋服いっぱいあるからね。身は一つなのにあんなにあっても着れないよ。
それに痩せる予定なのだから、どうせ洋服を買うなら痩せてからがいい!
寮に戻った私は、エントランスで他の令嬢とすれ違った。
エマが持っている食材を目にして、意地悪な笑みを浮かべる。
「あらあら、ミチル様がお求めになさるものは、やはり食材ですのね」
私の後ろでエマが荷物を隠そうとして、身をぎゅっと丸める。
前世でもフル活用した笑顔を見せると、相手を見た。
名前なんだったかな。確か私と同じ伯爵令嬢だった気がする。可愛い見た目だが、目がちょっとつり目な為、キツイ印象を与える令嬢で、実際キツイのは先程ので体感した。
「そのように気にかけて下さるなんて、お優しいのですね。では、失礼します」
エマに目配せをして部屋に戻る。
何だか知らないけど、エマはぽかんとしている。
部屋に戻るなり、エマは呆然とした顔のまま、私に聞いた。
「お嬢様、以前でしたらあのような事を言われたらお怒りになってらっしゃいましたよね」
確かに記憶の中の私はその都度激怒していたなぁ。
彼女たち令嬢も、食べたい欲求をある程度我慢しているから、あの体型を維持出来るのだろうと思う。
そう考えると何も考えずに食べ放題でぶくぶく太っている私に対してイラッとされる気持ちは想像に難くない。
「購入したものは殆どが食材なのだから本当のことだもの。本当のことを言われていちいち怒っていたこれまでの私が愚かなだけなのよ、エマ」
さ、荷物を片付けてちょうだい、私はお茶を入れるから、とエマに促すと、エマはハッとしたように片付けを始めた。
エマが片付けをしている間に、アールグレイの紅茶を入れる。ベルガモットの香りがふわりと広がり、気持ちがリラックスする。
うーん、いい香り。
アールグレイの茶葉を細かく刻んだものを入れたクッキーとかカトルカール、作りたいわー。
「さ、エマも座ってちょうだい」
私の言葉にエマはとんでもないと首を横に振る。
令嬢と侍女がお茶、なんて普通ならあり得ない。知ってます、それぐらいは。
「一人でお茶を飲むのはつまらないのよ。命令よ、私の正面に座って私とお茶を飲んでちょうだい」
しばらく逡巡していたが、私の紅茶が冷める発言を受け、エマは諦めたようで、椅子に腰掛けた。
すごく居心地が悪そうに。脅してごめんね。
淑女の嗜みとして、紅茶を美味しく入れる、というのがあるが、かつてのミチルはそれも苦手だった。
というか、ミチルって逆に何が得意なのよ? と聞きたくなる程に何も出来ないのだ。
しかも記憶の中のミチルは、考えることを放棄しているようだった。
幼い頃のミチルは可愛かった。
祖父母は愛してくれたが、両親も兄姉もそうではなかった。
代替わりして祖父母が屋敷を出ると、家族に見向きもされず、更に孤独になった。
そのストレスに耐えきれずに、食べることでストレスを発散した結果が、今のこの容姿だ。
なるべくしてなったとしか言いようがない。
まさに、優しい虐待だ。
通報レベルだ。
「私は甘えていたの、お父様、お母様たちに。私を見て欲しいと。可愛いと褒めていただきたくって、ドレスも買い漁ったわね」
記憶の中のミチルを思い出すと、私の胸もチクリと痛む。
輝かしかった彼女の人生は、簡単に転落した。
学園に入学したということは、私ももう大人になる為の準備をしなくてはならない。
もう甘えん坊ではいられないのだと、いい加減に諦めがついたのよ、とエマに話すと、エマはボロボロと泣き出した。
「?! え、エマ?!」
「お嬢様がお可哀想です! 本当はこのようにお優しい方なのに、旦那様たちは……!」
子供のようにしゃくりあげながら泣くエマを見ていて、なんて優しい子なんだろう、と思ってみていた。
きっと、エマは両親に愛されて育ったのだろうな。だって人の為に泣けるんですよ?
「大丈夫よ、私にはエマがいるのだから」
買ってきたエプロンを付け、キッチンに立つ。
前世ではかなり料理が好きだったのよね。
こちらの食事も美味しいには美味しいけれど、日本人だった私は今、和食が食べたいのだ!
米を炊く為の土鍋も買ったので、今日の買い物は大変だったのだが、これは外せない!
土鍋で炊くかどうかでお米の味は三割り増しになる!
米をといで土鍋の中で浸水させている内に、他の料理を作ってしまおう。
今日は魚を買ったので、煮魚にしよう。
魚の臭み消しをしてから、生姜のスライスしたものを三枚程と、梅干しを一つ、みりんとだしを入れて煮立たせる。
なんかもう、ツッコミどころしかない状況だが、もうやめだやめ。これを気にしてたら開発者に負けた気がする。
煮立ったところにお醤油を入れ、落し蓋をし、弱火でしばらく煮る。
それとは別に買ってきておいたインゲン豆の筋を取り、湯掻いてから食べやすい大きさに切り、醤油とすりゴマと炒りごまを和え、味を染み込ませる。
今日は普通の冷奴だけど、今度胡麻豆腐とか卵豆腐も作ってみたいなー。
煮魚の火を一度止める。冷ましてからもう一度火を入れると、味がしみて美味しくなるから、この過程は大事だ。
お味噌汁の具は、豆腐と揚げにしよう。
三十分ぐらい米に浸水した筈なので、最初は火力強めで炊き、ふつふつとしてきた所で弱火にし、八分程その状態で炊いてから火を止め、蒸らす。
明日は親子丼でも作ろうかな。
あ、だしも取りたいな。
手早く作っていく私の横でエマがあんぐりしている。
「お嬢様、お料理お出来になったんですね」
しまった?! と思ったけど、ここはもう笑って誤魔化そう。
うふふ、凄いでしょう? と笑って言うと、エマはため息を吐いた。
「要するに、お嬢様は本当は色々お出来になっていたのに、旦那様達への当て付けでそれをわざとお見せにならなかったということですね?」
あれ? どうしてそうなった?
「そんなことなくってよ?」
なんかおかしな方向に理解されつつあるが、前世の記憶があるから料理出来るんだよー、なんて言える訳ないんだから、俺はまだ本気出してない状態だったということで済ますことにした。
炊きたてのお米と味のしみた煮魚、いんげんの胡麻和え、冷奴、豆腐と揚げの味噌汁を堪能した。
あー! 五臓六腑にしみわたるー! 和食サイコー!
前世の私が知るような寮とは異なり、さすが貴族の子女が入る寮。大変豪華。
何より驚いたのが、食堂というようなものがない代わりに、一つ一つの部屋に台所とお風呂等の生活に必要な設備が整っている、ということです。
多分、あらすじのヒロイン説明に、お菓子作りが大好きな女の子、と書いてあったので、そういうイベントの為にキッチンが部屋に付いている設定なのだろうと思う。
ヒロインは庶民の出で、貴族の子女のように侍女なんかいない。
だから自室にあるキッチンでお菓子作っちゃう、ということだと思われる。
そうは言っても、私も伯爵家の令嬢とは言え、侍女は一人しか連れて来てはいない。
ゲームの人物紹介には、悪役令嬢の一人として、家柄と名前と見た目が書かれていたぐらいだ。
だから、今持っているミチルに関する情報は、ミチル自身が持っている記憶だろうと思う。
ミチルはアレクサンドリア伯爵家の次女で、兄と姉は大変優秀。何事においても遅れをとるミチルは、両親からは役に立たないと思われている。
そうは言っても、伯爵令嬢として侍女の一人も付けないのはよろしくないとの判断なのだろう、同じ年であるエマが私の唯一の侍女として一緒に学園に来てくれた。
エマは家族に見向きもされない私の性根が曲がっても、私の側にいてくれた心優しい侍女だ。
設定としては不遇だとは思うが、必要以上に干渉されない家族関係というのは、それはそれでいいかも知れない。
特に私のように前世の記憶を持っちゃってるような場合は。
だって、すぐバレちゃいそうじゃない?
「おかえりなさいませ、ミチル様。お部屋のお片付けは済んでおります」
部屋に入ると、エマがにっこりと優しい笑顔で迎えてくれた。
おっしゃる通りに、部屋はとてもキレイに片付いている。
エマの補助を受けながら制服を脱ぎ、室内着のワンピースに着替え、モスグリーンのストールを肩にかけた。
「いかがでしたか? 入学式は」
えぇ、それはもう最悪な気分の入学式でした!とは言えないので、さすが貴族の子女が集まるに相応しい素晴らしい入学式だったわ、とか無難なことを答えておいたが。
そんな式で盛大なクラッカーってなんだよ、校長……。
「ちょっと考えたいことがあるから、机に向かうわね」
「かしこまりました。それではお食事のご用意を致します」
お願いするわ、と頼んでから机に向かい、キャラクターの名前をノートに書きだしてみる。
何もまとまってはいないのだが、少しでも頭からアウトプットすると、すっきりするだろう。
転生したはいいものの、何の知識もない私の目標は一つ。
ヒロインに関わることなく無難に過ごし、適当に生きて転生。
素晴らしい。これ以上簡潔な目標があっていいのだろうか、いや、ない(反語)。
脳内で馬鹿なことを言ってる場合ではなかったが、これ以上現時点では書くことがないことに、早々に気付いてしまった。
「ミチル様、お食事のご用意が出来ました」
日々の食事の支度はエマがしてくれることになっている。
とは言え、エマの手料理を食べるのは初だ。
呼ばれてテーブルに着くと、凄まじい量の料理がテーブルに並んでる。
肉、肉、肉、それからちょっとの野菜。
これ、何人前よ?
あぁ、うん。そうだよね。
何を隠そう、ミチルはぽっちゃりを越えてデブである。
この身体になる程に欲望のまま食べ続ければそりゃ、デブにはなろう。
デブはデブになるべくしてデブになり、一日でデブにはならんのだ。
目をキラキラさせながらこっちを見てるエマには悪いが、私は痩せたい。
っていうかエマは私の命でも狙ってんのか。
はっ! もしかして保険金殺人とかそういう?!
……ってそんな訳はない。若干あの両親なら考えそうだと思ってしまったのも事実だが……。
ぽっちゃりぐらいならまだしも、肥満のまま心臓に負担かかって死ぬとかまっぴらごめんだ。
前世だってあんなに自分なりに正しく生きていたのにあっさり死んだのだ。
確かにとっとと転生はしたいが、より良く転生するには、適当な人生は減点されそうだ。
それなりに正しく生きた結果、顔面偏差値が向上したのだ。
今生で正しく生きたら来世はもっと良くなりそうじゃない?!
「明日から、自分で料理をするので、エマはお手伝いだけして下さい」
「お、お嬢様がお料理ですか?! とんでもございません! そんなことなさってはいけません!」
「反対するのなら伯爵家に帰しますよ?」
これだけはダメだ。絶対に譲らん。
しばらく押し問答した結果、料理だけは私にやらせてくれることになったが、それ以外は絶対に駄目です、と言われた。
掃除とか洗濯は好きでも嫌いでもないので、やってもらえるのは大変ありがたい。でも、建前として仕方ないという体で私は頷いた。いかにも妥協しました、って感じで。
さて、料理を自分で作ることは問題ない。
何故ならこの世界、不思議なことに設備が前世とほぼほぼ変わらないからだ。
ゲーム会社の手抜き感というか、適当感とかどうなんだと思わなくもないが、あんまり古式ゆかしい設備だと私では無理なので、ありがたくこの環境を受け入れたいと思う!
一週間後から始まる学園生活までには、胃袋を手なずけなくてはいけない。
まず、Lesson1 胃袋に負けるな。
*****
極端なダイエットは体に悪いので、食べる量を減らす前に、食べるカロリーを減らすことから始めることにした。
タンパク質を多めに摂取し、運動して筋肉をつけ、基礎代謝を上げる。
人間は生きているだけで、かなりのカロリーを消費する。
だからこれで運動なんかしちゃったらもっとカロリー消費しちゃうんじゃね? と前世の私は思いました。
でも、アウトドアで山を走っちゃう知人が衝撃的なことを言ったのですよ。
四日かけて130キロ歩いたり走ったりしたけど、消費したカロリーは7000キロカロリーなんだよね。
なんですって??!!!
生きてるだけで1200キロカロリーは消費するのに、一日で30キロ歩いたり走ったりしても1700キロカロリーぐらいしか消費しないという現実に、運動する意欲は撃沈した。
基礎代謝を上げるには筋肉をつけること。
筋肉をつけるには運動すること!
……なるほど?
ということはやっぱり運動は必要だと思う。
ただ、何をやるにも道具というものが必要になるもの。その点、ランニングは動きやすい服装とスポーツシューズさえあればいいのです。
早速、翌日にエマを伴ってランニング時に着る服とランニングシューズを購入した。
買っておいてなんだけど、なんでこんなの売ってるのかな。まぁ、半袖とか短パンではなかったし、なんか身体の線が分かりにくい仕様にはなってるけどさ。
ゲーム開発者、本当に何にも考えてないな。
人目があまりない早朝に走ろうかな。確か学園の中にはそれぐらい出来そうな森があったような?
まさかのトレイルランニングデビューですよ。
前世の知人が知ったら驚いて吹き出しそうだ。
それからダイエットにぴったりな食材を購入する。
ボディビルダーとかになりたい訳ではないから、ササミとかそういうストイックな生活をする訳ではない。
鶏肉と魚と野菜をたっぷりと、不足している調味料と豆腐!
ゲーム開発者は一体なにを目指して……。
「随分食材ばかり購入されましたね、お嬢様。いつもならお洋服などをお選びになさる方がお好きですのに」
うん、でも、洋服いっぱいあるからね。身は一つなのにあんなにあっても着れないよ。
それに痩せる予定なのだから、どうせ洋服を買うなら痩せてからがいい!
寮に戻った私は、エントランスで他の令嬢とすれ違った。
エマが持っている食材を目にして、意地悪な笑みを浮かべる。
「あらあら、ミチル様がお求めになさるものは、やはり食材ですのね」
私の後ろでエマが荷物を隠そうとして、身をぎゅっと丸める。
前世でもフル活用した笑顔を見せると、相手を見た。
名前なんだったかな。確か私と同じ伯爵令嬢だった気がする。可愛い見た目だが、目がちょっとつり目な為、キツイ印象を与える令嬢で、実際キツイのは先程ので体感した。
「そのように気にかけて下さるなんて、お優しいのですね。では、失礼します」
エマに目配せをして部屋に戻る。
何だか知らないけど、エマはぽかんとしている。
部屋に戻るなり、エマは呆然とした顔のまま、私に聞いた。
「お嬢様、以前でしたらあのような事を言われたらお怒りになってらっしゃいましたよね」
確かに記憶の中の私はその都度激怒していたなぁ。
彼女たち令嬢も、食べたい欲求をある程度我慢しているから、あの体型を維持出来るのだろうと思う。
そう考えると何も考えずに食べ放題でぶくぶく太っている私に対してイラッとされる気持ちは想像に難くない。
「購入したものは殆どが食材なのだから本当のことだもの。本当のことを言われていちいち怒っていたこれまでの私が愚かなだけなのよ、エマ」
さ、荷物を片付けてちょうだい、私はお茶を入れるから、とエマに促すと、エマはハッとしたように片付けを始めた。
エマが片付けをしている間に、アールグレイの紅茶を入れる。ベルガモットの香りがふわりと広がり、気持ちがリラックスする。
うーん、いい香り。
アールグレイの茶葉を細かく刻んだものを入れたクッキーとかカトルカール、作りたいわー。
「さ、エマも座ってちょうだい」
私の言葉にエマはとんでもないと首を横に振る。
令嬢と侍女がお茶、なんて普通ならあり得ない。知ってます、それぐらいは。
「一人でお茶を飲むのはつまらないのよ。命令よ、私の正面に座って私とお茶を飲んでちょうだい」
しばらく逡巡していたが、私の紅茶が冷める発言を受け、エマは諦めたようで、椅子に腰掛けた。
すごく居心地が悪そうに。脅してごめんね。
淑女の嗜みとして、紅茶を美味しく入れる、というのがあるが、かつてのミチルはそれも苦手だった。
というか、ミチルって逆に何が得意なのよ? と聞きたくなる程に何も出来ないのだ。
しかも記憶の中のミチルは、考えることを放棄しているようだった。
幼い頃のミチルは可愛かった。
祖父母は愛してくれたが、両親も兄姉もそうではなかった。
代替わりして祖父母が屋敷を出ると、家族に見向きもされず、更に孤独になった。
そのストレスに耐えきれずに、食べることでストレスを発散した結果が、今のこの容姿だ。
なるべくしてなったとしか言いようがない。
まさに、優しい虐待だ。
通報レベルだ。
「私は甘えていたの、お父様、お母様たちに。私を見て欲しいと。可愛いと褒めていただきたくって、ドレスも買い漁ったわね」
記憶の中のミチルを思い出すと、私の胸もチクリと痛む。
輝かしかった彼女の人生は、簡単に転落した。
学園に入学したということは、私ももう大人になる為の準備をしなくてはならない。
もう甘えん坊ではいられないのだと、いい加減に諦めがついたのよ、とエマに話すと、エマはボロボロと泣き出した。
「?! え、エマ?!」
「お嬢様がお可哀想です! 本当はこのようにお優しい方なのに、旦那様たちは……!」
子供のようにしゃくりあげながら泣くエマを見ていて、なんて優しい子なんだろう、と思ってみていた。
きっと、エマは両親に愛されて育ったのだろうな。だって人の為に泣けるんですよ?
「大丈夫よ、私にはエマがいるのだから」
買ってきたエプロンを付け、キッチンに立つ。
前世ではかなり料理が好きだったのよね。
こちらの食事も美味しいには美味しいけれど、日本人だった私は今、和食が食べたいのだ!
米を炊く為の土鍋も買ったので、今日の買い物は大変だったのだが、これは外せない!
土鍋で炊くかどうかでお米の味は三割り増しになる!
米をといで土鍋の中で浸水させている内に、他の料理を作ってしまおう。
今日は魚を買ったので、煮魚にしよう。
魚の臭み消しをしてから、生姜のスライスしたものを三枚程と、梅干しを一つ、みりんとだしを入れて煮立たせる。
なんかもう、ツッコミどころしかない状況だが、もうやめだやめ。これを気にしてたら開発者に負けた気がする。
煮立ったところにお醤油を入れ、落し蓋をし、弱火でしばらく煮る。
それとは別に買ってきておいたインゲン豆の筋を取り、湯掻いてから食べやすい大きさに切り、醤油とすりゴマと炒りごまを和え、味を染み込ませる。
今日は普通の冷奴だけど、今度胡麻豆腐とか卵豆腐も作ってみたいなー。
煮魚の火を一度止める。冷ましてからもう一度火を入れると、味がしみて美味しくなるから、この過程は大事だ。
お味噌汁の具は、豆腐と揚げにしよう。
三十分ぐらい米に浸水した筈なので、最初は火力強めで炊き、ふつふつとしてきた所で弱火にし、八分程その状態で炊いてから火を止め、蒸らす。
明日は親子丼でも作ろうかな。
あ、だしも取りたいな。
手早く作っていく私の横でエマがあんぐりしている。
「お嬢様、お料理お出来になったんですね」
しまった?! と思ったけど、ここはもう笑って誤魔化そう。
うふふ、凄いでしょう? と笑って言うと、エマはため息を吐いた。
「要するに、お嬢様は本当は色々お出来になっていたのに、旦那様達への当て付けでそれをわざとお見せにならなかったということですね?」
あれ? どうしてそうなった?
「そんなことなくってよ?」
なんかおかしな方向に理解されつつあるが、前世の記憶があるから料理出来るんだよー、なんて言える訳ないんだから、俺はまだ本気出してない状態だったということで済ますことにした。
炊きたてのお米と味のしみた煮魚、いんげんの胡麻和え、冷奴、豆腐と揚げの味噌汁を堪能した。
あー! 五臓六腑にしみわたるー! 和食サイコー!
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