21 / 22
第二十一話
しおりを挟む
扉の影から現れたのは、スコット家の使用人だった。
「クラバート!」
クリフォードが思わず声を上げる。
クラバートは手に懐中時計を握りしめながら、スコット女史の前へと歩み出た。
「大奥様、このような事態を招いてしまい申しわけございません」
クラバートは震える声でそう言うと深々と頭を下げた。
スコット女史は信じられないといった様子でクラバートを見つめている。
「そんな、だってあなた、男じゃない……」
「はい、それでも……、それでも、私はクリフォード様をお慕い申し上げているのです」
クラバートの言葉を受け、スコット女史の目がクリフォードに向けられる。
クリフォードは張り詰めた気持ちが切れたように、椅子に座り込んだ。
「あなたたち、そんな……」
スコット女史は声を震わせる。
混乱に満ちた瞳がクリフォードとクラバートを交互に見やる。
「……私には理解できないわ」
「おばあ様!」
まるで断罪するかのような固い声が振り下ろされた。
アイリスが非難の声を上げる。
クラバートは頭を下げたまま、きつく口を引き結んでいた。
クリフォードは痛みをこらえるような表情でクラバートを見つめた。
息もできないような重苦しい沈黙が辺りを包む。
(分かっていたさ……)
クリフォードはクラバートを見つめたまま思った。
哀れな若い青年は何かに耐えるように小さく震えている。
スコット女史の視線がまるで何かを非難するように真っすぐ私に向けられている。
理解できない。
気持ち悪い。
怖い。
もういい。全部、分かっている――。
「でも、そういうことなのね」
クリフォードの思考を断ち切るかのように、スコット女史の声が静かに響いた。
弾かれたようにクラバートが顔を上げる。
クリフォードは自らに向けられた視線がふっと和らいだのを感じた。
スコット女史は懐から一通の手紙を取り出した。
手紙に子供らしい文字で、短い言葉が書き付けられていた。
『あなたの母親の後悔を、あなたは背負わずに生きれるように』
スコット女史の脳裏に、白銀の子どもの姿がよぎる。
受け取った時には何のことか分からなかったが、今ならその意味が分かった。
(魔女たちに罪はなかった。ただ、母と彼女たちが「違っていた」というだけ。
「違っている」ということは否定する理由にはならない、そうよね)
スコット女史はクリフォードに向き直ると続けた。
「クリフォードさん、今回の縁談、なかったことにさせて頂けるでしょうか」
「スコット殿……!」
クリフォードが弾かれたように立ち上がる。
アイリスもクリフォードの横で口元に手を当てた。
「クラバート、あなたに今夜暇を出します。明日の朝のお茶までに戻ってらっしゃい」
クラバートは、かすれて震える声で、はい、と答えた。
クリフォードがクラバートに駆け寄る。
アイリスは机の脇でうっすらと涙を浮かべ、その様子を眺めていた。
大窓から月明かりが差し込み、居間のシャンデリアにキラキラと反射する。
薄いカーテンが舞い上がり、部屋の中に柔らかい影を落としていた。
いつの間にか暖炉の火は燃え尽きており、十分に温まった居間には新たに火を起こす必要はなかった。
「クラバート!」
クリフォードが思わず声を上げる。
クラバートは手に懐中時計を握りしめながら、スコット女史の前へと歩み出た。
「大奥様、このような事態を招いてしまい申しわけございません」
クラバートは震える声でそう言うと深々と頭を下げた。
スコット女史は信じられないといった様子でクラバートを見つめている。
「そんな、だってあなた、男じゃない……」
「はい、それでも……、それでも、私はクリフォード様をお慕い申し上げているのです」
クラバートの言葉を受け、スコット女史の目がクリフォードに向けられる。
クリフォードは張り詰めた気持ちが切れたように、椅子に座り込んだ。
「あなたたち、そんな……」
スコット女史は声を震わせる。
混乱に満ちた瞳がクリフォードとクラバートを交互に見やる。
「……私には理解できないわ」
「おばあ様!」
まるで断罪するかのような固い声が振り下ろされた。
アイリスが非難の声を上げる。
クラバートは頭を下げたまま、きつく口を引き結んでいた。
クリフォードは痛みをこらえるような表情でクラバートを見つめた。
息もできないような重苦しい沈黙が辺りを包む。
(分かっていたさ……)
クリフォードはクラバートを見つめたまま思った。
哀れな若い青年は何かに耐えるように小さく震えている。
スコット女史の視線がまるで何かを非難するように真っすぐ私に向けられている。
理解できない。
気持ち悪い。
怖い。
もういい。全部、分かっている――。
「でも、そういうことなのね」
クリフォードの思考を断ち切るかのように、スコット女史の声が静かに響いた。
弾かれたようにクラバートが顔を上げる。
クリフォードは自らに向けられた視線がふっと和らいだのを感じた。
スコット女史は懐から一通の手紙を取り出した。
手紙に子供らしい文字で、短い言葉が書き付けられていた。
『あなたの母親の後悔を、あなたは背負わずに生きれるように』
スコット女史の脳裏に、白銀の子どもの姿がよぎる。
受け取った時には何のことか分からなかったが、今ならその意味が分かった。
(魔女たちに罪はなかった。ただ、母と彼女たちが「違っていた」というだけ。
「違っている」ということは否定する理由にはならない、そうよね)
スコット女史はクリフォードに向き直ると続けた。
「クリフォードさん、今回の縁談、なかったことにさせて頂けるでしょうか」
「スコット殿……!」
クリフォードが弾かれたように立ち上がる。
アイリスもクリフォードの横で口元に手を当てた。
「クラバート、あなたに今夜暇を出します。明日の朝のお茶までに戻ってらっしゃい」
クラバートは、かすれて震える声で、はい、と答えた。
クリフォードがクラバートに駆け寄る。
アイリスは机の脇でうっすらと涙を浮かべ、その様子を眺めていた。
大窓から月明かりが差し込み、居間のシャンデリアにキラキラと反射する。
薄いカーテンが舞い上がり、部屋の中に柔らかい影を落としていた。
いつの間にか暖炉の火は燃え尽きており、十分に温まった居間には新たに火を起こす必要はなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる