17 / 22
第十七話
しおりを挟む
「なんですアイリス、来客中ですよ」
老女の視線に促され、アイリスは初めて私とミミに気が付いたらしかった。
慌てて居住まいを正すと、軽く会釈をした。
「お邪魔してしまってごめんなさい」
老女と同じこげ茶の瞳の少女だった。
年のころ十六~七と言ったところだろうか、おそらくこの家の娘なのだろう。
老女はアイリスの後を引き継ぐようにつづけた。
「こちらは私の孫のアイリス。
アイリス、こちらはジュールのところのお嬢さんよ」
「エマです」
私はそう言うと小さく会釈をした。
続いて、眠たげに目をこすりながら身体を起こしたミミが嬉しそうに声を上げた。
「アイリスお姉ちゃん!」
駆け寄るミミにアイリスが微笑みかける。
それからこちらに視線を合わせるように屈みこんだ。
「ジュールのところの? ということはあなたが小さな魔女さんね」
「ま、魔女?!」
思わずぎくりとして声が裏返る。
「ふふふ、ミミちゃんから聞いたわ。森に魔女のお友達がいるって。
二人とも魔女伝説が好きなのね」
私はミミに抗議の視線を向けたが、ミミは意にも介さず照れたように笑っている。
それからアイリスは思い出したように老女の方に向き直った。
「それよりも。おばあ様、これを見てください」
そう言ってアイリスが老女の膝に広げたのは新聞だった。
見出しには「クリフォード家の長男、アイリス嬢と結婚!」という見出しが躍っている。
老女は一瞥すると、アイリスに向かってほほ笑んだ。
「めでたいではないですか」
「めでたくなどありません! 私は、こんな、政略結婚なんて!」
アイリスは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
老女は素知らぬ顔でお茶を啜る。
不穏な空気を感じ、私はそっと二人から離れた。
「あの……、私たちはそろそろ……」
恐る恐る声をかけると、老女はこちらを向きすまなそうに目じりを下げた。
「バタバタしてしまってごめんなさいね。またいつでも遊びに来て頂戴」
「おばあさま! 私の話を聞いていらっしゃるのですか?!」
ヒートアップするアイリス嬢と、泰然自若とほほ笑む老女を後に残し、私はミミを連れて邸宅を後にした。
◆◆◆
すっかりと長居をしてしまったせいで、日はだいぶ傾いていた。
夕刻ということもあり、市場はにぎわっている。
「ね、せーりゃくけっこんって何?」
ミミがこちらを見上げるようにして尋ねた。
「政治経済的目的のために取引のひとつとして行われる結婚のことだ」
「よくわかんない」
「……本人が望まない結婚ってことだ」
「そっか……。アイリスお姉ちゃん、可哀そうだな」
ミミはそう言うと小さな口を尖らせた。
「クリフォードさんって、私知ってるよ。
こーんなおひげで、アイリスお姉ちゃんよりうんとおじさんなんだから」
ミミは「こーんな」のところで顔の前で大きく両手を開いた。
どんなおひげなのだか。
森の入り口が見えてきた。
町の中心を離れたため人通りも減り、辺りには私とミミしかいない。
ミミは調子づいて道の前に踊りだすと続けた。
「それでね、クリフォードさんっていっつも怒ってるの。
ここんところにぎゅってしてるんだよ」
ミミは自分の眉毛と眉毛の間を指さすと思い切り皺を寄せて見せた。
私は思わず吹き出す。
「そんなやつがいるか」
「ほんとだもん! クリフォードさんなんてアイリスお姉ちゃんには似合わないよ……」
「あ、おいミミ!」
後ろ向きで歩いていたミミがどんと、しりもちをついた。
丁度森の入り口のあたりに立っていた人物にぶつかってしまったのだった。
「ミミ! 大丈夫か」
私は人影の前で立ち上がれずにいるミミに駆け寄った。
かなり大柄な男が、ミミを見下ろしている。
右手にはミモザの彫り込まれた銀の懐中時計を持っており、軍服に包まれた左手は背中に回していた。
「ミミ?」
呼びかけると、ミミはしりもちをついたまま、気まずそうな顔でこちらに振り向いた。
「えっと、あのね。
エマ、こちらクリフォードさん……」
帽子の下に隠れた男の鋭い視線がこちらに向けられた。
老女の視線に促され、アイリスは初めて私とミミに気が付いたらしかった。
慌てて居住まいを正すと、軽く会釈をした。
「お邪魔してしまってごめんなさい」
老女と同じこげ茶の瞳の少女だった。
年のころ十六~七と言ったところだろうか、おそらくこの家の娘なのだろう。
老女はアイリスの後を引き継ぐようにつづけた。
「こちらは私の孫のアイリス。
アイリス、こちらはジュールのところのお嬢さんよ」
「エマです」
私はそう言うと小さく会釈をした。
続いて、眠たげに目をこすりながら身体を起こしたミミが嬉しそうに声を上げた。
「アイリスお姉ちゃん!」
駆け寄るミミにアイリスが微笑みかける。
それからこちらに視線を合わせるように屈みこんだ。
「ジュールのところの? ということはあなたが小さな魔女さんね」
「ま、魔女?!」
思わずぎくりとして声が裏返る。
「ふふふ、ミミちゃんから聞いたわ。森に魔女のお友達がいるって。
二人とも魔女伝説が好きなのね」
私はミミに抗議の視線を向けたが、ミミは意にも介さず照れたように笑っている。
それからアイリスは思い出したように老女の方に向き直った。
「それよりも。おばあ様、これを見てください」
そう言ってアイリスが老女の膝に広げたのは新聞だった。
見出しには「クリフォード家の長男、アイリス嬢と結婚!」という見出しが躍っている。
老女は一瞥すると、アイリスに向かってほほ笑んだ。
「めでたいではないですか」
「めでたくなどありません! 私は、こんな、政略結婚なんて!」
アイリスは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
老女は素知らぬ顔でお茶を啜る。
不穏な空気を感じ、私はそっと二人から離れた。
「あの……、私たちはそろそろ……」
恐る恐る声をかけると、老女はこちらを向きすまなそうに目じりを下げた。
「バタバタしてしまってごめんなさいね。またいつでも遊びに来て頂戴」
「おばあさま! 私の話を聞いていらっしゃるのですか?!」
ヒートアップするアイリス嬢と、泰然自若とほほ笑む老女を後に残し、私はミミを連れて邸宅を後にした。
◆◆◆
すっかりと長居をしてしまったせいで、日はだいぶ傾いていた。
夕刻ということもあり、市場はにぎわっている。
「ね、せーりゃくけっこんって何?」
ミミがこちらを見上げるようにして尋ねた。
「政治経済的目的のために取引のひとつとして行われる結婚のことだ」
「よくわかんない」
「……本人が望まない結婚ってことだ」
「そっか……。アイリスお姉ちゃん、可哀そうだな」
ミミはそう言うと小さな口を尖らせた。
「クリフォードさんって、私知ってるよ。
こーんなおひげで、アイリスお姉ちゃんよりうんとおじさんなんだから」
ミミは「こーんな」のところで顔の前で大きく両手を開いた。
どんなおひげなのだか。
森の入り口が見えてきた。
町の中心を離れたため人通りも減り、辺りには私とミミしかいない。
ミミは調子づいて道の前に踊りだすと続けた。
「それでね、クリフォードさんっていっつも怒ってるの。
ここんところにぎゅってしてるんだよ」
ミミは自分の眉毛と眉毛の間を指さすと思い切り皺を寄せて見せた。
私は思わず吹き出す。
「そんなやつがいるか」
「ほんとだもん! クリフォードさんなんてアイリスお姉ちゃんには似合わないよ……」
「あ、おいミミ!」
後ろ向きで歩いていたミミがどんと、しりもちをついた。
丁度森の入り口のあたりに立っていた人物にぶつかってしまったのだった。
「ミミ! 大丈夫か」
私は人影の前で立ち上がれずにいるミミに駆け寄った。
かなり大柄な男が、ミミを見下ろしている。
右手にはミモザの彫り込まれた銀の懐中時計を持っており、軍服に包まれた左手は背中に回していた。
「ミミ?」
呼びかけると、ミミはしりもちをついたまま、気まずそうな顔でこちらに振り向いた。
「えっと、あのね。
エマ、こちらクリフォードさん……」
帽子の下に隠れた男の鋭い視線がこちらに向けられた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
リリノン・カウンター(完全版)
紺野たくみ
ファンタジー
高校生、月波貴一は料理をしない姉の真貴と二人暮らしの料理男子。
ある夜、家出してマンションの隣人、佳代ばあちゃんを訪ねてきた孫娘、森宮朱理に出会う。初対面の態度は険悪だったが、やがて朱理は貴一に心を開き始める。そんな彼の前に現れた金髪の美少女フィオン・リーリウム。貴一がバイトする無農薬野菜やハーブを栽培、販売する団体コミュニオンの本国からやってきた。日本文化に憧れているが日本語の言葉遣いや所作は古風で、銭湯の長湯でのぼせ、ゲームセンターに興奮、更に貴一の料理が食べたいと言う。朱理は内心フィオンの存在が気にいらない様子。
彼らの周辺で次々と起こる不穏な事件。
コミュニオン日本支部の初代管理人、司磨子は、リリノンの出現が確認されたと言う。リリノンとは「現象」である。フィオンは本国より派遣された、リリノンを数える(昇華させる)者、リリノン・カウンター。出現地点であるリリノン・ポイントに赴き、精霊を歪めて鎧とし纏うリリノンの核と対峙する。リリノンとの戦い。そして貴一とフィオン、朱理の関係は…
ちょっぴりホラーあり、ほのぼのコメディあり、心癒される再生の物語。
小説家になろう様でも連載していましたが、加筆訂正したものをこちらでアップしていきます。
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
アサの旅。竜の母親をさがして〜
アッシュ
ファンタジー
辺境の村エルモに住む至って普通の17歳の少女アサ。
村には古くから伝わる伝承により、幻の存在と言われる竜(ドラゴン)が実在すると信じられてきた。
そしてアサと一匹の子供の竜との出会いが、彼女の旅を決意させる。
※この物語は60話前後で終わると思います。完結まで完成してるため、未完のまま終わることはありませんので安心して下さい。1日2回投稿します。時間は色々試してから決めます。
※表紙提供者kiroさん
第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった
秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる
この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
やり直し人生は異世界から
ローザ
ファンタジー
親が事故死してからの人生不運続きの六花。まだ暗く寒い早朝に誰に看取られること無く22歳の若さでこの世の生を終える。
「えっ!此処何処!はぁ?償い?……おまえらのせいかぁー!」不幸の原因は神に有り!お詫びに異世界で第2の人生を送ることに。
「人生これから、無くした青春やり直すぞ!ひゃっほー!」
見た目派手な主人公が、地味にコツコツと「よしっ!平凡な幸せ掴むぞ」と空回りするお話。
のんびりと亀さん投稿になると思います。
この度稚拙な小説ながら、気合い入れのためにファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。よろしくお願いします。
えぇー初心者です。メンタル弱いですスライム並みに。誤字脱字は気を付けます。設定ゆるふわです。作者はゲームをしないので何と無ーくの知識で書いてます。突っ込まないでーーーほんとーに💦
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~
ふろすと
ファンタジー
桐崎 洋斗は言葉通りの意味でこことは異なる世界へと転がり込む。
電子の概念が生命力へと名前を変え、異なる進化を遂げた並行世界(パラレルワールド)。
二つの世界の跨いだ先に彼が得るものは何か———?
これはありふれた日常で手放したものに気付くまでの物語。
そして、それ以上の我儘を掴むまでの物語。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・この小説は不定期更新、それもかなり長いスパンを経ての更新となります。そのあたりはご了承ください。
・評価ご感想などはご自由に、というかください。ご一読いただいた方々からの反応が無いと不安になります(笑)。何卒よろしくです。
・この小説は元々寄稿を想定していなかったため1ページ当たりの文章量がめちゃくちゃ多いです。読む方はめげないで下さい笑
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる