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裕翔ルート 2章

冷たい海 7

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 ある意味、予想を裏切らない人だと感心した。

 整った面に醜悪な笑みを浮かべたサクヤさんを迎え撃つために私は棍棒を構えた。柄を握る手にきゅっと力を込める。

 だけど私でも想像できていたことを、裕翔くんが考えないわけがない。

 サクヤさんと私の間に素早く飛び込んで来た裕翔くんは、退魔の力を持つ短刀を手にしていた。最近ナイフの扱いも練習していたから、今日は持っていたのだと思う。

「なっ……」

 狼狽えたサクヤさんの懐に、裕翔くんは躊躇なく飛び込む。

「戦うのはオレとだって、何度も言ったのに」

 これまで聞いたことのない冷たい声が裕翔くんから発せられる。

 少し間を置いて裕翔くんはしなやかに飛び退いた。そして図ったように次の瞬間、サクヤさんはかなりの量の血を吐く。

「勝負に、ならな、い……な……」

 苦笑いのような表情で、サクヤさんは崩れ落ちるように倒れた。重力に逆らえなくなった彼の胸に刃物が突き刺さっているのが一瞬見えた。

 裕翔くんは一撃で心臓を貫いたみたいだ。私は驚いて息を呑む。

 いくら裕翔くんが強いと言っても、こんなに正確に狙えるものだろうか。サクヤさんを見下ろす裕翔くんの横顔が違う人みたいに見えた。

 とても冷たく、暗い海のような瞳。

「裕翔くん……!」

 私が名を呼んで肩に触れると、はっと我に返ったようにいつもの裕翔くんに戻る。
 同時にサクヤさんは指先からさらさらと灰になっていた。

 ニコッと笑う裕翔くんに、私の心がざわつく。

 さっきまでの光景とのギャップに頭がついていけなかった。

 亘理さんの会社で裕翔くんは何をされていたのだろう。実験体がどうして外に出られたのだろう。考え始めると止まらなくなる。

「……ほっんと、使えない」

 カイさんの吐き捨てるような言葉がこちらにまで届く。

 カランと地面に短刀の落ちる音がした。サクヤさんは完全に灰になった。長く苦しまずに済んだのは、裕翔くんの温情だったのかもしれない。

 カイさんの扱いはどうすれば良いのだろう。私の手には余るので、助けを求めて誠史郎さんと珠緒さんを見た。

「お祖父ちゃんはこういう時どうしていましたか?」
「警察にお願いしていました。彼の身柄を引き取ってもらえるように担当者に連絡します」

 ちゃんとそんな連携があったことに私は胸を撫で下ろす。
 カイさんは予想外だったみたいで、こちらを向いて立ち尽くしていた。

「こんな怪奇現象、警察が相手にするわけないだろう?裁判だって……」
「あなたの常識で世界を測らないことですね」

 ぴしゃりと言った誠史郎さんを、カイさんは恨みがましくにらむ。

「サクヤが滅んじゃったから、カイには捕まる前に女郎蜘蛛と話してもらわないとね」

 割り込んだ裕翔くんにカイさんの視線が移る。薄く歪んだ笑いが口元に浮かんでいた。何か良くない考えが浮かんでいるように見えた。

 こちらへ数歩進んできた。紫綺くんに背中を向けるなんて、度胸があるのか、何も考えていないのか。

「あの男は助けて、俺は犯罪者にするのか?」

 あの男というのは長谷部さんのことだろう。確かに彼の行いは良くないけれど、犯罪かと言われると違う。恨みを買っていることは間違いないけれど。

 裕翔くんはきょとんとカイさんを見返した。

「だってカイがこの国の法律に違反したのはホントじゃん。それに女郎蜘蛛についたオレに関するウソがこのままだと、またムダな争いが起きるし」

「……バケモノと戦えば良いじゃないか。君は強いんだろ?」

 カイさんはこうやって、サクヤさんをその気にさせたのだろうか。ねっとりとまとわりつくような、どこか芝居がかった物言いに私は警戒してしまう。

「俺と違って、君にはバケモノを倒す力がある。さすがだよ! 俺はアイツに脅されて仕方なく――――」
「そーゆーのは良いから」

 平然とカイさんを遮る裕翔くん。紫綺くんが仏頂面でふたりのやり取りを見ている。

「仕方ないなー。録音するから、女郎蜘蛛に教えたオレの情報はウソだったって話してよ。それ聞かせるから」

 裕翔くんはスマホの操作を始めた。カイさんはあっけにとられたように裕翔くんを見つめている。

「そ、そんなことをしたらあのゲス野郎が死ぬぞ!?」
「死なないようにオレたちに依頼しろって説得してみるから良いよ」
「女郎蜘蛛と戦うことになるぞ!?」
「カイ、言ってることコロコロ変わりすぎ。依頼されたら、それは仕事だからね。ちゃんと戦うし、女郎蜘蛛と話してみる」

 裕翔くんはカイさんにスマホを向ける。
 後ろに退がろうとしたカイさんは、今さら紫綺くんに背を向けていたことに気づいたみたいだ。さっと血の気が引いたのがわかる。

 紫綺くんは大きく舌打ちをした。

「紫綺、行儀が悪いよ」

 遥さんに注意されたことに紫綺くんは今度は小さく舌打ちをする。鋭い視線はカイさんの背中に突き刺さっていた。

「……口だけ男が」

 紫綺くんのあだ名付けで眞澄くんが吹き出した。

 カイさんは真っ赤になったけれど言い返さなかった。拳を握って怒りに震えているけれど、紫綺くんへ振り向くこともしない。

 何とか裕翔くんを懐柔しようと頭をフル回転させているように私は感じた。

 裕翔くんは小さくため息をつく。

「もうあきらめなよ。サクヤはいなくなったし、ここでカイの味方になる人はいないよ?」

 カイさんは辺りを見回して、ここにいる誰の目も冷たいことをようやく悟ったみたいだ。がくりと肩を落としてうつむく。

 妙な気合いがなくなったのと同時に、貝のように口をつぐんで座り込んだ。
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