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淳ルート 2章

暗くなるまで待って 1

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 堺さんに会うために教えてもらった住所をインターネットで調べると、都心にある会社がいろいろと入っているビルだった。

 表の顔のジエーネ研究所のある場所のようだ。

「こんな一等地にオフィス構えられるなんてすごいなー」

 透さんがそう感想を述べていた。

 研究している施設は別の場所にあって、明日行く場所は事務的なことや窓口の役割みたいだ。

 難しいことはよくわからないけれど、亘理さんの会社はいくつも拠点を構えられるくらい稼いでいるのだろう。

 普段は誠史郎さんに交渉などはお任せしてしまっているのだけど、堺さんとは淳くんが話したいと誠史郎さんに言っていた。
 翡翠くんのこともあるからだと思う。

 車だと渋滞に巻き込まれる可能性があるので、今日は電車で移動した。最寄り駅から終点まで乗って、地下鉄に乗り換える。

 目的地へ一番近くの出口から地上に出た。見渡す限りビルだ。高速道路が頭の上を通っているので、空の見える範囲が少ない。

 10分ほど直進した場所にある亘理さんの会社の入るビルは、いかにもオフィスビルという雰囲気だった。私は少し気後れしてしまう。

 休日ということもあるのか、人はあまりいなかった。

 指定された階まではエレベーターで上がれたけれど、会社の出入口には受付があって勝手に入れない。

 そこに座っていたのは、研究所とは少し不釣り合いに思える、髪を緩く巻いて襟ぐりの大きく開いたセクシーな服を着たふわふわした女性だった。

「14時にお約束をしている真堂と申します」

 誠史郎さんが声をかけると女性は顔を上げた。

「はぁい。伺ってますぅ~」

 女性はにっこりと笑ってみせて私たちを一通り見渡す。立ち上がってカウンターから出てきた。

「堺は遅れてるみたいなんでぇ、少々お待ちくださいぃ~」

 なぜか眞澄くんにくねくねしながら伝えてくれる。眞澄くんは完全に困惑していた。そしていつも通り、淳くんを盾にする。

「どぉして逃げるのぉ~?」

 受付の女性は、胸を強調するように前屈みになって、かわいらしく頬を膨らませて見せる。

「怖い」

 仏頂面の眞澄くんの率直過ぎる感想に、女性は気分を害したみたいで目尻がつり上がった。

「アタシを前に失礼ね!」

 すごい自信だ、と半ば感心してしまう。眞澄くんは小さくため息をついて、背筋を伸ばすと淳くんを挟んで彼女をまっすぐ見据えた。

「あんた、サキュバスの力を使ってるだろ?俺たちにそれは効かないから」

 指摘を受けた女性は真っ赤になって舌打ちをする。

「ご案内しますので、そちらでお待ちください!」

 大きな声を出してドシドシ足音の鳴りそうな歩き方で奥へ入って行く。
 なかなか激しい方だ。高いヒールが折れてしまいそうで心配になる。

 後ろをついていくと、大きめの会議室に案内された。女性はプリプリと不機嫌な様子で部屋を出ていく。

 みんな思い思いの場所で待っている。私は窓側の右から二つ目の椅子に座って待っていると、堺さんが息を切らせて部屋に飛び込んできた。

「お待たせして申し訳ありません!」

 長すぎる前髪のせいはまだ切られていなかった。着ているワイシャツもよれよれしている。

「遅れてごめんなさ……」

 ドアの一番近くの席に堺さんは座ろうとした。それと同時に扉がかなり勢い良く開いて、ゴンと鈍い音がした。堺さんが後頭部を押さえてしゃがみこんでいる。

「アラ、失礼」

 先ほど案内してくれた女性がお茶を淹れて持ってきてくれていた。

 彼女は無表情で、本当に悪いとは思っていなさそうな声音だった。眞澄くんへのアピールとはまるで違う。

 しれっと堺さんの脇を通り過ぎ、みんなにお茶の入った紙コップを配ってくれる。

「ありがとうございます」

 小さく会釈したけど、女性はするりと行ってしまう。眞澄くんにもさっきまでみたいなくねくねはしなかった。

 そして堺さんのことなど眼中にないように扉側の席に座る。

「改めまして。堺の補佐の大島ですぅ」
「よろしくお願いします……」

 私はこの女性はちょっと怖いと思いながら、一度小さくお辞儀をした。

 よろよろしながら椅子に座り直している堺さんと、つまらなさそうにしている大島さん。見比べると、どちらがメインなのかわからなくなる。

「堺さん、ひとつよろしいですか?」

 淳くんが穏やかに微笑んで切り出した。

「は、はい!」

 堺さんの反応が期待に満ちている。

「先日お会いしたときですが……」

 淳くんが言い終える前に、堺さんがわたわたと両手を大きく振った。

「あ! いえ、僕もちゃんと確かめてから伺えば良かったのに、申し訳ありません!」

 堺さんは座ったまま、机に額がくっつきそうなほど頭を下げる。

「僕こそ貴方に嘘をついて申し訳ありません」

 翡翠くんのこだわる琥珀は淳くんの昔の名前だと、研究所はそこまで掴んでいる。その情報網はどうやっているのだろう。

「僕が……」

 遥さんに仕事を頼んでいるように、他にも外部の協力者がいるのか。それとも堺さんのような研究員がいるのだから、情報を集める役目の人もいるのだろうか。

「とんでもない!」

 頭を下げる淳くんを見たとたんに、堺さんは勢い良く立ち上がった。

「もし僕が同じ立場だったら、やっぱり警戒しますよ!仕方ないです!」

 熱弁する堺さんの左隣で、大島さんはきれいに彩られた爪を眺めている。全く興味がないみたいだ。

「……ありがとうございます」

 ふわりと微笑む淳くんに、堺さんは骨抜きにされている。

 気持ちはものすごくわかる。淳くんの笑顔は儚げで麗しく、一目で心臓を鷲掴みにされてしまう。

「翡翠はどうしていますか?」
「今は眠っていま……」

 言い終わらないうちに、堺さんの表情が苦悶に変わる。椅子から滑り落ちるようにして、右足の甲を擦っていた。

 堺さんがうっかり口を滑らさないように見張っているというところだろうか。
 どうやら大島さんのあのヒールで、堺さんは足の甲をグリグリ踏まれたみたいだ。気の毒になる。

 淳くんは気づいていないみたいで、堺さんを心配して立ち上がる。

「どうされましたか?」
「あ、い、いえ……!大したこと……ありませんから……」

 目が隠れていても痛そうなのが伝わってくるのに、やせ我慢した堺さんは席に戻る。

「お身体の具合が良くないのでしたら、また日を改めますが……」
「本当に大丈夫なので……お気遣いなく……」

 まだ痛いみたいでかわいそうだ。

 淳くんの隣に座っていた眞澄くんが、何か耳打ちした。たぶん堺さんは大島さんに足を踏まれて発言を止められたと教えているのだと思う。

 透き通りそうに白い頬に赤みが差す。

「その……申し訳ありません……」
「いえ、こちらこそ……」

 ふたりで何度もペコペコ頭を下げあっている。話が進まなくなりそうだな、と眺めているうちに、淳くんがすっと姿勢を正した。纏う空気が急に凛としたものになる。

「僕が研究に協力すれば、翡翠の身の安全は確保されますか?」

 長い睫毛に縁取られた瞳に真っ直ぐ見つめられた堺さんは言葉に詰まる。

「それは……僕の一存では何とも言えませんし、研究の内容によっては翡翠くんの身体に危険がある場合も……」

 こんな言い方はおかしいけれど、堺さんはずいぶん誠実に答えてくれているように私は感じた。

「そう、ですよね……」

 淳くんが双眸をわずかに伏せると、長い睫毛が頬に影を落とした。
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