上 下
95 / 145
透ルート 2章

籠の鳥 1

しおりを挟む
 ゴールデンウィークが終われば学校がある。カレンダーが黒で日付を書いてここは休日ではないと主張するので仕方ない。

 帰ってきたら、門扉のところに男の子がスマホをいじりなから座っていた。

「あ、帰ってきた」

 こちらを振り向いた彼は、私たちと同じくらいか、少し年下に見えた。気の強そうな大きな瞳が印象的だ。立ち上がると、ジーンズのポケットにスマホを入れる。
 身長は裕翔くんより少し小さかった。

「何でまじめに学校行ってるんだよ。高校生だろ」
「高校生だからちゃんと学校へ行くんだよ、中学生」

 呆れたように眞澄くんが彼に言う。ふん、と鼻を鳴らした少年は中学生のところを否定しなかった。

「ずっと待っててお腹すいたから、何か食べさせてよ」

 初対面の相手に対して、この無敵感はすごい。私はあっけにとられてしまう。

「ずっと、って……」
「今何時だっけ?」

 そう言って彼はポケットに無造作に押し込んだスマホを再び引き出す。

「んー、30分くらい?」

 確かに待っているには長い時間ではあるけれど。

「どうしたの?早く中に入れてよ」

 当然のことのように言われて困惑してしまう。

「僕たちは君が何者なのかわからないから、家に上げるわけにはいかないよ」

 淳くんが穏やかに諭すように伝える。

「聞いたらびっくりすると思うけど」

 口調は淡々としていた。無表情にこちらを見つめて、私たちが彼の素性を知りたがっていると確認したみたいだ。

真宮まみや彰太しょうただよ」
「マミヤ……」

 つい最近、その響きを聞いた。
 みんなはすぐさま彰太くんから私を隠すように立つ。

「何の用だ?」

 眞澄くんの口調は詰問するように強い。彰太くんは小さくため息をついた。

「そーなるから言いたくなかったのに。ケンカしに来たわけじゃないから、入れてよ」
「なんや?家の前でケンカか?」

 透さんがのんびりと私たちの後ろに現れる。

真壁まかべとおる……」

 心なしか、彰太くんの目が輝いたように見えた。

「オレ、あんたのファンなんだ」
「そりゃおおきに」

 ちょっと困ったような微笑みを透さんは見せる。意外な反応だった。

「ここで何してんの?」

 彰太くんは本当に透さんが好きみたいで、遊んでほしい子犬みたいになっている。

「婚約者に会いに来たんや」
「こん……やくしゃ?」

 ここにいる女性は私だけだから、彰太くんの視線が私を捉える。そして再び透さんに向いた。

「ホントにこの女子高生と結婚するの?政略結婚?」

 中学生男子の口から政略結婚という単語が出てくることに驚いてしまう。

「好きおうて結婚するんや」

 しゃあしゃあと語っているけれど、婚約者のフリという話だったはずだ。私だけじゃなくて、眞澄くんや裕翔くんもだんだん呆れた顔になっていく。

 透さんの思い通りにはならないと宣戦布告したつもりだったのだけど、全く通用していなかった。
 ホントのことを言えば、透さんにこんな風に言ってもらえるのは嬉しいけれど。だけど悔しくもある。

「婚約者の家なら入れてもらえるよね?こいつらケチなんだ」

 彰太くんはちらりと私たちを振り返る。透さんは苦笑いで男子中学生の横顔を見ていた。

「ケチやのうて、しゃーないんや」
「何で!?」

 彰太くんは心底驚いたみたいで大きな声を出す。私はそれにびっくりしてしまった。

「こないだ真宮さんとこの事情にちょっと立ち入ってしもたからなぁ」

 透さんに彰太くんは真宮家のひとだという話が聞こえていたみたいだ。
 少し背伸びをしていた少年は、肩を落としてうつむき、踵も地面につけた。

「やっぱりそうだったんだ。彩音あやねさんはあんたたちが助けたのか……」

 成り行きでそうなっただけだから、どう答えるべきか考えてしまう。彩音さんは今どうしているのだろう。少しでも元気になってくれていると良いのだけど。

 だけど真宮家のひとが、助けた・・・という言葉を使ったことに少し驚いてしまった。

「少年の目的はなんや?みさきちゃんは諦めとき」
「こんな色気のないオンナ、興味ない」

 彰太くんは仏頂面で答える。
 中学生に色気がないと言われるなんて。ちょっと、ううん、かなり落ち込む。

「これから俺がいろいろ教えたるさかい、嫌でも色っぽうなる」

 妖艶に細められた双眸が意味ありげにこちらを見つめる。
 透さん、それは私が色気がないと言ってるのと同じです。苦情を言いたかったけれど、いろいろの部分を想像してしまって恥ずかしくなる。

 またあんな、何もかも奪い去るような激しいキスをされるのだろうか。

「何しにひとりでここまで来たんや?ことによったら、相談に乗るくらいはできると思うで」

 透さんは腰に手を当てて少し首を傾ける。
 憧れの術者にそう言われた彰太くんは、きゅっと拳を握りしめる。
 真一文字に唇を結ぶと、意を決したような表情で口を開いた。

「……オレ、真宮家をやめたいんだ」

 これまでの不遜な態度からは想像もつかない相談だった。
 淳くんと眞澄くんも顔を思わず見合わせている。

「だからしばらくここに住ませてよ」

 はいそうですか、とお泊めすることはできない。彰太くんは中学生だと思われるから、ひとつ間違えれば法律に触れてしまう。

「ここに来てること、家族は知ってるんか?」

 透さんの質問に、彰太くんは視線を逸らす。それでみんな答えを察した。

「家出して来たんやな」

 透さんは小さくため息をつく。彰太くんはばつの悪そうな表情になった。

「それなら尚更、君をうちに入れるわけにはいかないんだ」

 困った表情の淳くんが柔らかく伝える。彰太くんは驚いていた。

「どうして?」
「君がいくら自らの意思だと言っても、僕たちが誘拐したと罪に問われるかもしれない」

 真宮家には彩音さんの件で恨みを買っている恐れもあるので、彰太くんには悪いけれど慎重にならざるを得ない。

「……結局みんな、保身ばっかだな」

 彰太くんは怒っているような、悲しんでいるような、複雑な顔になった。

「ここで立ち話もなんや。飲み物ぐらいは奢ったるから、ちょっと出かけよか」

 透さんが形の良いあごで、彰太くんについてくるように合図する。彼は不服そうだけど透さんの背中についていく。

「私も……!」
「え!じゃあオレも!」

 裕翔くんも一緒に来てくれようとしたけれど、透さんに止められる。

「残念ながら、先着2名までや。みさきちゃんと少年、行くで」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

離縁してほしいというので出て行きますけど、多分大変ですよ。

日向はび
恋愛
「離縁してほしい」その言葉にウィネアは呆然とした。この浮気をし、散財し、借金まみれで働かない男から、そんなことを言われるとは思ってなかったのだ。彼の生活は今までウィネアによってなんとか補われてきたもの。なのに離縁していいのだろうか。「彼女との間に子供ができた」なんて言ってますけど、育てるのも大変なのに……。まぁいいか。私は私で幸せにならせていただきますね。

理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ
恋愛
※以前短編で投稿したものを、長編に書き直したものです。  それは、突然のことだった。少なくともエミリアには、そう思えた。 「手、随分と荒れてるね。ちゃんとケアしてる?」  ある夕食の日。夫のアンガスが、エミリアの手をじっと見ていたかと思うと、そんなことを口にした。心配そうな声音ではなく、不快そうに眉を歪めていたので、エミリアは数秒、固まってしまった。 「えと……そう、ね。家事は水仕事も多いし、どうしたって荒れてしまうから。気をつけないといけないわね」 「なんだいそれ、言い訳? 女としての自覚、少し足りないんじゃない?」  エミリアは目を見張った。こんな嫌味なことを面と向かってアンガスに言われたのははじめてだったから。  どうしたらいいのかわからず、ただ哀しくて、エミリアは、ごめんなさいと謝ることしかできなかった。  それがいけなかったのか。アンガスの嫌味や小言は、日を追うごとに増していった。 「化粧してるの? いくらここが家だからって、ぼくがいること忘れてない?」 「お弁当、手抜きすぎじゃない? あまりに貧相で、みんなの前で食べられなかったよ」 「髪も肌も艶がないし、きみ、いくつ? まだ二十歳前だよね?」  などなど。  あまりに哀しく、腹が立ったので「わたしなりに頑張っているのに、どうしてそんな酷いこと言うの?」と、反論したエミリアに、アンガスは。 「ぼくを愛しているなら、もっと頑張れるはずだろ?」  と、呆れたように言い捨てた。

姉上が学園でのダンスパーティーの席で将来この国を担う方々をボロクソに言っています

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有り。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】婚約者と幼馴染があまりにも仲良しなので喜んで身を引きます。

天歌
恋愛
「あーーん!ダンテェ!ちょっと聞いてよっ!」 甘えた声でそう言いながら来たかと思えば、私の婚約者ダンテに寄り添うこの女性は、ダンテの幼馴染アリエラ様。 「ちょ、ちょっとアリエラ…。シャティアが見ているぞ」 ダンテはアリエラ様を軽く手で制止しつつも、私の方をチラチラと見ながら満更でも無いようだ。 「あ、シャティア様もいたんですね〜。そんな事よりもダンテッ…あのね…」 この距離で私が見えなければ医者を全力でお勧めしたい。 そして完全に2人の世界に入っていく婚約者とその幼馴染…。 いつもこうなのだ。 いつも私がダンテと過ごしていると必ずと言って良いほどアリエラ様が現れ2人の世界へ旅立たれる。 私も想い合う2人を引き離すような悪女ではありませんよ? 喜んで、身を引かせていただきます! 短編予定です。 設定緩いかもしれません。お許しください。 感想欄、返す自信が無く閉じています

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

(完)あなたの瞳に私は映っていなかったー妹に騙されていた私

青空一夏
恋愛
 私には一歳年下の妹がいる。彼女はとても男性にもてた。容姿は私とさほど変わらないのに、自分を可愛く引き立てるのが上手なのよ。お洒落をするのが大好きで身を飾りたてては、男性に流し目をおくるような子だった。  妹は男爵家に嫁ぎ玉の輿にのった。私も画廊を経営する男性と結婚する。私達姉妹はお互いの結婚を機に仲良くなっていく。ところがある日、夫と妹の会話が聞こえた。その会話は・・・・・・  これは妹と夫に裏切られたヒロインの物語。貴族のいる異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。 ※表紙は青空作成AIイラストです。ヒロインのマリアンです。 ※ショートショートから短編に変えました。

処理中です...