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1章

遭遇

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 お昼過ぎ、のんびり本でも読もうと思って電車で一駅のところにある図書館に来ていた。
    ビルの中最上階にある施設で、下の階には服屋さんや雑貨屋さんもある。

「こんにちは」


 関西弁で挨拶をする男性は、整った面にニヒルな微笑みを浮かべて私の前に現れた。
 
 まさかそこで真壁さんに出会ってしまうとは思っていなかった。
    眞澄くんに絶対にひとりで会うなと言われたばかりだったので、余計におろおろしてしまう。

「こ、こんにちは……」

 悩んだ末、小さく会釈する。

「お勉強?」
「あ、特には……」
「ふーん。じゃあ俺に付き合う時間があるってことやね」

 失敗した、と思った。勉強しに来たと言うのが正解だったようだ。

「そしたら、行こか」

 私に拒否権はないと、強引に手を繋がれて出入り口へと引きずられる。
 せめて誰か来てもらおうと携帯電話をバッグから取り出した途端、真壁さんに取り上げられた。

「せっかくふたりっきりで会えたんや。デートしよ」

 そう言って軽薄な笑みを浮かべると、真壁さんは私の携帯電話をジーンズのポケットに入れてしまった。

「返してください」
「せやなー。キスでもしてくれたら考えようかなー」

 唇に指先を当てておどけた様子の真壁さんに、返す気はないのだと判断して小さくため息をついた。

「するかどうか悩んでもくれへんの?」
「だって……。しても考えるだけだって……」
「思ってたより賢いな」

 意外そうな表情をされて、私はそんなにぼんやりして見えるのかと少し落ち込んだ。
   どうしたものかと途方に暮れたけれど、まずは気にかかっていたことを謝罪することにしたの。

「あ、あの……。先日はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「先日?」

「公園の吸血種の……」
「あー、あれな。別に首取って持ってこい言われた訳やないから、みさきちゃんがやりたいように処理してくれて、こっちは報酬が入って、まあ良かったんちゃう」

 想像していたより怒りを買っていなかったことにほっとする。

 手を繋いだまま図書館を後にして、どこへ行くのかわからないけれど歩いている。
    真壁さんは駅へ向かっていた。

「で、野良吸血鬼はどうしたん?」

 答えて良いものか悩んで口ごもってしまう。この業界は同業者にも手の内を明かさない。

「言われへんっちゅーことは、仲間に入れたんか。真堂さんとこはもの好きやなあ」

 何も言わないのにどうしてわかってしまったのだろう。私の顔はそんなにわかりやすいのかと考え込んでいると、真壁さんがくすりと笑った。

「自信持ち。めっちゃ分かりやすい。考えてることぜーんぶ顔に書いてあるで」

 歯噛みする気持ちで顔を上げると、真壁さんは楽しそうに笑っていた。
    予想外の表情に戸惑ってしまう。

「俺はみさきちゃんみたいな子、好きやな」

 思っていたより柔和な人なのかもしれないと、どきりとした。

「こっちにしばらくおるし、来たばっかりやからちょっと案内してや。みさきちゃんの好きなお店とか教えて」

 そう言われて、バスで移動して向かったのは私のお気に入りのケーキ屋さん。イートインスペースも併設されている。

 それぞれにケーキを選んで、コーヒーと紅茶を注文して料金を支払おうとすると真壁さんに遮られた。

「歳上の働いてるおにーさんなんやから、素直に奢られとき」
「あ、ありがとうございます」

 町のケーキ屋さんなので飛び抜けておしゃれな訳ではないけれど、アットホームな雰囲気の店内で、良心的なお値段のおいしいケーキを食べられるので私は大好きだ。

 空いている席に向かい合って座る。いただきます、と季節の果物をふんだんに載せたケーキを一口食べるともう幸せな気分なる。

「ホンマにおいしそうに食べるなあ」
「おいしいです」
「良ければ俺のも一口どうぞ」

 そう言ってフォークに一口サイズのチーズケーキを刺して私に向ける。

「はい。あーん」

 少し躊躇いはあったが、食べさせていただいた。

「ありがとうございます。良ければ、こちらもどうぞ」

 私はお返しのつもりで自分のケーキのお皿を真壁さんに差し出した。

「俺にもあーんてしてや」

 艶のある軽薄な微笑を見せて、皿を私へ戻す。

「……どうぞ」

 おずおずと一口大のケーキを刺したフォークを真壁さんの口許へ運んだ。

「ありがと」

 真壁さんがぱくりとかじりつく。なぜかとても恥ずかしくなってしまった。

「初々しいなあ」

 真壁さんは柔和に双眸を細めながら悠然とコーヒーを口へ運んでいる。私はまだ顔が熱い。けれどケーキは食べ続ける。

「クリームついてるで」

 指摘されてテーブルの端に置かれた紙ナプキンに手を伸ばした。
    だけどそれより先に、真壁さんは私の口許を親指で拭って、指先についたクリームを舐めた。ぼっと顔に火が点いたみたいに熱くなる。

「かわいらしいなあ。王子サマたちが悪いムシがつかんように用心する訳や」

 頬杖をついてこちらを見つめる。その視線に私はどうしたら良いのかわからず、ケーキに集中することにした。

「真壁さん、ごちそうさまでした」

 お店を出てから真壁さんにお礼を言ってお辞儀をする。

「透でええよ。せっかくのデートなんやし、家まで送るわ」
「いえ、大丈夫です!」

 私は眞澄くんに叱られるのが嫌でそう言ったのだけど、真壁さんには当たり前だけど伝わらない。

「遠慮せんといて。返さなあかんもんもあるし」

 そう言われて、携帯電話を取り上げられていたことを思い出した。

「お家の近くで返すわ」

 真壁さんは器用に目を眇めて片頬を上げた。
 自宅までの道のりで、真壁さんを透さんと呼ぶことを約束させられ、連絡先の交換をした。

「また遊びに行こうな」

 無事に携帯電話を返却してもらって自宅に到着したけれど、何だかどっと疲れた。
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