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1章
はじまりの日
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制服に着替え、2階の部屋から出て階段を降りるとパンの焼ける良い香りがした。
今日から私は学年がひとつ上がって、高校2年生。
「おはよう」
ダイニングテーブルにお皿とマグカップを並べながら、優しく微笑んで挨拶をしてくれたのは、水谷淳くん。
「おはよう」
私も小さくあくびをしながら返事を返す。
淳くんは小さい頃にお祖父ちゃんの遠縁だって言われて家で初めて会ったのだけど、私はこんなに美しい男の子がいるのかと幼いながら衝撃を受けた。
陶器のような白い肌にミルクティーのような色の細くサラサラした髪と、同じく色素の薄い瞳。
背が高くて手足も長く、初めて会った時から物腰が穏やかで大人びていた。
同じ高校の3年生で、淳くんに憧れたり好意を持っている女の子は学校の内外問わずたくさんいるけれど、彼女はいない。
学校1の王子様だから、みんながお互い抜け駆けしないように見張りあってると言う事情もあると思う。
淳くんは私のお兄ちゃん代わり。小さい頃はずっと一緒に遊んでくれている。
私が中学生の時にお祖父ちゃんが亡くなって、それからはこの家で一緒に暮らしている。
高校入学と同時に両親が仕事で海外へ行ってしまったから、ありがたい限り。
「よう。やっとお目覚めか」
そう言って少し意地悪に笑ったのは、淳くんの親友で、我が家に住んでいる武藤眞澄くん。
彼は私が中学生のときに淳くんが我が家に連れて来て、それからの知り合い。
「だって眠いんだもん」
特に夜更かししているワケではないのだけれど、私は朝に弱い。
眞澄くんと淳くんはクラスメイト。ちょっと意地悪だけど、時々優しい。黙っていれば淳くんと並んでも引けを取らない男前。
運動神経が抜群で、明るい性格だけど、こちらも彼女なし。
このふたりに恋人がいないことをみんな不思議がっているけれど、事情がある。
彼らには、他人には言えない秘密がある。
そしてそれには私も、私の家族も関わっている。
朝食を済ませて、学校へ行く支度を整えて家を出たところで、お隣さんに偶然出くわした。
「おはようございます」
こちらが挨拶をすると、お隣の亘理さんも出勤するところだったみたいで会釈してくれた。
「おはようございます」
挨拶もそこそこに、私たちは学校へ向かった。
通っている高校は徒歩20分ぐらいで行ける場所にある。
今日は始業式だけだから午前中に帰れるので、昼食の相談をしながら歩いていた。
そこへ突然、後ろから声が割り込んできた。
「おはよーさん」
知らない声の主が私の肩に手を置いたことに驚いて振り返る。
背の高い、端正な顔立ちの若い男の人だった。軽薄な笑みを唇の端にたたえているけれど、纏う雰囲気は鋭い。
「真堂みさきちゃん」
「ええと……どちら様ですか? どうして、私の名前……」
首を傾げた私と男の人の間に、淳くんが無言で割って入る。眞澄くんもその男性から私を隠すように立った。
「心配せんでも、俺はみさきちゃんの『同類』や」
ふたりがとても警戒するのを意に介さず、彼は私に視線を投げてくる。
「初めまして。俺は真壁透」
「は……ハジメマシテ」
少し緊張して、片言みたいな言い方になってしまった。
「みさき」
制止する淳くんの声が珍しく冷たく張り詰めている。
「親切で声かけただけやから、そんな怖い顔せんといてや。せっかくのイケメンが台無しやで」
「親切?」
淳くんの整った眉がぴくりと反応すると、真壁さんはわずかに口角を上げる。
「せや。野良犬が1匹、この辺にまぎれこんだらしい。俺はそいつを狩りに来たんやけど、ついでやから噂の真堂さんに挨拶しとこうと思てな」
どんな噂なのか聞いてみたいと思ったけれど、淳くんたちに咎められそうなので黙っておく。
「みさきちゃんとやり合おうなんて思てへんから、安心してな。まあ、違うことやりた…」
「野良犬よりお前を狩った方がいいんじゃないか?」
割り込んだ眞澄くんは口元をひくひくさせながら青筋を立てている。
「真壁さん、ご忠告ありがとうございます。ですが、手出しは無用です」
淳くんの口元はにっこり笑っているけれど、目が笑っていない。
「僕たちがみさきを守ります」
「……という訳で、今日からはしばらくうちに来てほしいんだ、誠史郎」
「学校では先生と呼んでくださいと言っているでしょう」
誠史郎さん、もとい西山先生はこの学校の保健室の先生。
スーツにメガネに白衣という出で立ちでいつも保健室にいる。私たちが入学する前に、誠史郎さん目当てで体調の悪くない女子生徒がたくさんここに集まるから保健室で休むためのルールができてしまったといううわさがあるほど人気のある先生だけど、余りの塩対応ぶりに『氷の王』なんて二つ名も。
登校してすぐここに来たけれど、誠史郎さんと淳くんと眞澄くんが集まって話していると知られてしまうと、おそらくここに人集りができるから心配で少しそわそわする。
私は高校生になる前に、淳くんたちに誠史郎さんと引き合わせてもらっていたのだけど、3人はお祖父ちゃんの関係者。
「みさきさんも、厄介な方に目をつけられてしまいましたね」
誠史郎さんはいつでも、誰に対しても丁寧な口調で話す。
「わかりました。今日からはそちらで寝泊まりします」
お仕事があって自宅もあるのに、迷惑をかけて申し訳ない気持ちになる。
「あの……」
私は気になっていたことがあって、みんなに聞きたかったからおずおずと手を上げて口を開いた。
「真壁さんが動いているってことはやっぱり、倒されてしまうんですか?」
「まあ……そうなるだろうな……」
眞澄くんが小さくため息をついて、複雑な表情を浮かべる。
「真壁さんより先に見つけて、お話をすることってできませんか?」
「できなくはないでしょうが、真壁さんを敵に回してしまうかもしれません。もっとも、我々が偶然先に出会ってしまったのなら仕方がないですが」
「誠史郎……!」
淳くんが長いまつ毛に縁取られた双眸を大きく見開いた。
「なるほどね」
眞澄くんがにやにやと笑う。
「みさきを危険に晒すつもりかい?」
淳くんはふたりに抗議するように言ったけれど、誠史郎さんも眞澄くんも涼しい顔だ。
「私はみさきさんの希望を叶える為に手段を提示しただけですよ」
「淳は過保護すぎるんだよ」
「眞澄まで……」
学校一の王子様がとても渋い顔をした。
今日から私は学年がひとつ上がって、高校2年生。
「おはよう」
ダイニングテーブルにお皿とマグカップを並べながら、優しく微笑んで挨拶をしてくれたのは、水谷淳くん。
「おはよう」
私も小さくあくびをしながら返事を返す。
淳くんは小さい頃にお祖父ちゃんの遠縁だって言われて家で初めて会ったのだけど、私はこんなに美しい男の子がいるのかと幼いながら衝撃を受けた。
陶器のような白い肌にミルクティーのような色の細くサラサラした髪と、同じく色素の薄い瞳。
背が高くて手足も長く、初めて会った時から物腰が穏やかで大人びていた。
同じ高校の3年生で、淳くんに憧れたり好意を持っている女の子は学校の内外問わずたくさんいるけれど、彼女はいない。
学校1の王子様だから、みんながお互い抜け駆けしないように見張りあってると言う事情もあると思う。
淳くんは私のお兄ちゃん代わり。小さい頃はずっと一緒に遊んでくれている。
私が中学生の時にお祖父ちゃんが亡くなって、それからはこの家で一緒に暮らしている。
高校入学と同時に両親が仕事で海外へ行ってしまったから、ありがたい限り。
「よう。やっとお目覚めか」
そう言って少し意地悪に笑ったのは、淳くんの親友で、我が家に住んでいる武藤眞澄くん。
彼は私が中学生のときに淳くんが我が家に連れて来て、それからの知り合い。
「だって眠いんだもん」
特に夜更かししているワケではないのだけれど、私は朝に弱い。
眞澄くんと淳くんはクラスメイト。ちょっと意地悪だけど、時々優しい。黙っていれば淳くんと並んでも引けを取らない男前。
運動神経が抜群で、明るい性格だけど、こちらも彼女なし。
このふたりに恋人がいないことをみんな不思議がっているけれど、事情がある。
彼らには、他人には言えない秘密がある。
そしてそれには私も、私の家族も関わっている。
朝食を済ませて、学校へ行く支度を整えて家を出たところで、お隣さんに偶然出くわした。
「おはようございます」
こちらが挨拶をすると、お隣の亘理さんも出勤するところだったみたいで会釈してくれた。
「おはようございます」
挨拶もそこそこに、私たちは学校へ向かった。
通っている高校は徒歩20分ぐらいで行ける場所にある。
今日は始業式だけだから午前中に帰れるので、昼食の相談をしながら歩いていた。
そこへ突然、後ろから声が割り込んできた。
「おはよーさん」
知らない声の主が私の肩に手を置いたことに驚いて振り返る。
背の高い、端正な顔立ちの若い男の人だった。軽薄な笑みを唇の端にたたえているけれど、纏う雰囲気は鋭い。
「真堂みさきちゃん」
「ええと……どちら様ですか? どうして、私の名前……」
首を傾げた私と男の人の間に、淳くんが無言で割って入る。眞澄くんもその男性から私を隠すように立った。
「心配せんでも、俺はみさきちゃんの『同類』や」
ふたりがとても警戒するのを意に介さず、彼は私に視線を投げてくる。
「初めまして。俺は真壁透」
「は……ハジメマシテ」
少し緊張して、片言みたいな言い方になってしまった。
「みさき」
制止する淳くんの声が珍しく冷たく張り詰めている。
「親切で声かけただけやから、そんな怖い顔せんといてや。せっかくのイケメンが台無しやで」
「親切?」
淳くんの整った眉がぴくりと反応すると、真壁さんはわずかに口角を上げる。
「せや。野良犬が1匹、この辺にまぎれこんだらしい。俺はそいつを狩りに来たんやけど、ついでやから噂の真堂さんに挨拶しとこうと思てな」
どんな噂なのか聞いてみたいと思ったけれど、淳くんたちに咎められそうなので黙っておく。
「みさきちゃんとやり合おうなんて思てへんから、安心してな。まあ、違うことやりた…」
「野良犬よりお前を狩った方がいいんじゃないか?」
割り込んだ眞澄くんは口元をひくひくさせながら青筋を立てている。
「真壁さん、ご忠告ありがとうございます。ですが、手出しは無用です」
淳くんの口元はにっこり笑っているけれど、目が笑っていない。
「僕たちがみさきを守ります」
「……という訳で、今日からはしばらくうちに来てほしいんだ、誠史郎」
「学校では先生と呼んでくださいと言っているでしょう」
誠史郎さん、もとい西山先生はこの学校の保健室の先生。
スーツにメガネに白衣という出で立ちでいつも保健室にいる。私たちが入学する前に、誠史郎さん目当てで体調の悪くない女子生徒がたくさんここに集まるから保健室で休むためのルールができてしまったといううわさがあるほど人気のある先生だけど、余りの塩対応ぶりに『氷の王』なんて二つ名も。
登校してすぐここに来たけれど、誠史郎さんと淳くんと眞澄くんが集まって話していると知られてしまうと、おそらくここに人集りができるから心配で少しそわそわする。
私は高校生になる前に、淳くんたちに誠史郎さんと引き合わせてもらっていたのだけど、3人はお祖父ちゃんの関係者。
「みさきさんも、厄介な方に目をつけられてしまいましたね」
誠史郎さんはいつでも、誰に対しても丁寧な口調で話す。
「わかりました。今日からはそちらで寝泊まりします」
お仕事があって自宅もあるのに、迷惑をかけて申し訳ない気持ちになる。
「あの……」
私は気になっていたことがあって、みんなに聞きたかったからおずおずと手を上げて口を開いた。
「真壁さんが動いているってことはやっぱり、倒されてしまうんですか?」
「まあ……そうなるだろうな……」
眞澄くんが小さくため息をついて、複雑な表情を浮かべる。
「真壁さんより先に見つけて、お話をすることってできませんか?」
「できなくはないでしょうが、真壁さんを敵に回してしまうかもしれません。もっとも、我々が偶然先に出会ってしまったのなら仕方がないですが」
「誠史郎……!」
淳くんが長いまつ毛に縁取られた双眸を大きく見開いた。
「なるほどね」
眞澄くんがにやにやと笑う。
「みさきを危険に晒すつもりかい?」
淳くんはふたりに抗議するように言ったけれど、誠史郎さんも眞澄くんも涼しい顔だ。
「私はみさきさんの希望を叶える為に手段を提示しただけですよ」
「淳は過保護すぎるんだよ」
「眞澄まで……」
学校一の王子様がとても渋い顔をした。
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