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3章

不穏な空気

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「ホントに、本当に奏なの?」

 山根さんは半笑いの顔で奏を指差す。
 彼女の心理はわからないけれど、その態度で私は少し不快になった。

「……おひさしぶりです」

 奏のは小さく会釈をして、それで会話を打ち切ろうとしていた。だけど山根さんは気づかない。

「原田先輩、すごすぎない? 大学時代と全然違うんだけど!」

 大きな声でまくし立てる。談笑していた他のテーブルにいた異変に気づいた人が、何ごとかとこちらの様子をうかがっている。

 奏は相手にしないと決めているみたいで、山根さんを見ようとしない。店員さんが持ってきてくれたお酒と料理を受け取っていた。
 できればシーフードピザは温かいうちに食べたい。でも食べられる雰囲気ではない。

「山根さん、どうしました?」

 編集者の若い女性が後ろから山根さんに声をかけた。

「元カレがあんまりにも変わってたからびっくりしてるの」
「そうなんですか! いらした時からすごいカッコイイ人が来たねーって言ってたんです。紹介してくださいよー」
「梅原奏。大学が同じだったの。付き合ってたときは本当にダサくて、地味で」

 山根さんは同僚の人にはどこか得意げだった。元カレを貶めて楽しいそうなのが腑に落ちない。

「何があってそうなったの?」

 奏に対しては片目だけを器用に細めて、小バカにしたような言い方だ。
 隣の女性も何か不穏なものを感じ取ったみたいで、さっきまでのはしゃいだ表情が消えていた。

「山根さん、酔ってるのかな? お酒のペース早いのかも」

 桐生さんが場を収めようと穏やかに言ってくれる。だけど山根さんは奏から目を逸らさないし、奏は山根さんを見ようとしない。

 お互いに相当シコリというか、わだかまりの残る別れ方をしたのだろう。
 だからと言って、こんな絡み方は良くない。

「そ、そうですよ、山根さん。席に戻りましょう」

 桐生さんの助け舟のおかげで、不穏なままだけど何とか奏と山根さんを引き離すことができた。
 同僚の女性はこちらに小さく頭を下げてから、山根さんを席に連れ戻してくれる。

 私は全身の力を抜くために小さくため息をつく。ピザに手を伸ばすと、まだぬくもりが残っていて嬉しかった。

「奏も食べよう。仕事で疲れてるでしょ」

 半ば強引に奏の目の前のお皿にもピザを一切れ置いた。

「ありがとう……」

 奏は少し戸惑っているみたいだった。だけど私からの食べてほしいと言う無言の圧力と視線に負けて、ピザを頬張る。

「うまいな」

 いつもの穏やかな奏に戻ってくれた。嬉しくなって頬が緩む。

「やっぱり奏には、是枝さんがいてくれないとダメだな」

 うんうんと一人で納得している桐生さんを前に、私と奏は赤くなった。
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