上 下
9 / 45
2章

相談 2

しおりを挟む
 スーツと下着がまとめて買えて、それなりの品物だけど値段はそこまで高くない某量販店で購入することにした。
 スーツは一応試着させてもらう。打ち合わせだけの日ならこれで大丈夫そうだ。

 レジ待ちに並んでいると、係長が横にやって来てすっと私から買い物カゴを奪う。なぜか私用と思われる部屋着まで追加された。

「俺が払う」
「私のものですから、自分で買います」
「俺のワガママだから」

 もう次に順番が回ってくる。後ろに並んでいる人もいるし、押し問答で周囲に迷惑をかけたくない。

「……ありがとうございます」

 ありがたく厚意に甘えることにした。係長の頬がホッとしたように緩む。

 乙女ゲームの最愛キャラ、凛空なら多分、何食わぬ顔で全部高級品で揃えてくれるところ。だけど係長はどこか不器用な感じなのが良い。現実的だ。

 会計を済ませて、食事をするために移動する。
 この近くにあるおいしいピザ屋さんに行ってみたかったので素直に伝えた。

 おいしいお酒と、おいしいピザ。舌鼓を打ちながら、昼間の打ち合わせでのできごとを係長に話した。課長に言われたことも。

「課長の言うとおり、こちらからできることはない。残念だが、式がキャンセルされることも覚悟しておいた方が良い。キャンセル料金でまた苦情があるかもしれないが、何が起こっても実梨のせいではないから。気に病むな。少しでも迷うことがあれば俺に言え」

 私のせいではない。その一言がとても気持ちを楽にしてくれる。

「新郎新婦からの電話やメール攻撃があるかもしれないが、業務時間以外は対応しなくて良いから」

 係長の言葉に深く頷く。契約するときに伝えていることだけど、我が社は時間外の対応はしない。お客様に伝える携帯番号は会社支給のものだ。

「気になるのは理解できるが、一度応えると際限がなくなる」
「係長も経験が……?」
「その経験をする前に、何人も潰れていくのを見ていたから。無理な要求には応えないと決めている」

 やっぱりそんなことはたくさんあるのだと怖くなる。
 この先、上手く処理できるか心配だ。だけど係長の力を借りて試行錯誤するしかない。

「実梨も、仕事の域を超えるほどがんばらなくていいから」

 上司としてではなく、彼氏としての台詞だ。声音や視線で何となくそれを感じ取る。

「辛かったら俺を頼ってほしい……」

 頬を赤く染めて、うつむいて、だんだん弱くなっていく語尾。照れているのが手に取るようにわかる。

「ありがとうございます」

 つられて私も恥ずかしくなる。顔が熱い。
 互いにもじもじする。私は係長の様子を上目遣いに覗き見た。

「冷める前に食べてしまおう」

 係長がまだ赤い顔をしているのはアルコールのせいだけではないと思う。

「そうですね」

 トマトソースがさっきより甘く感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻の浮気

廣瀬純一
ファンタジー
下半身を夫と交換した妻が浮気をする話

【完結】8私だけ本当の家族じゃないと、妹の身代わりで、辺境伯に嫁ぐことになった

華蓮
恋愛
次期辺境伯は、妹アリーサに求婚した。 でも、アリーサは、辺境伯に嫁ぎたいと父に頼み込んで、代わりに姉サマリーを、嫁がせた。  辺境伯に行くと、、、、、

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

小説「R2」

有原野分
現代文学
2011年頃の作品です。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私は、全力で死亡フラグを回避したいのに、なぜか空回りしてしまうんです(涙)

藤原 柚月
恋愛
(週一更新になります。楽しみにしてくださる方々、申し訳ありません。) この物語の主人公、ソフィアは五歳の時にデメトリアス公爵家の養女として迎えられた。 両親の不幸で令嬢になったソフィアは、両親が亡くなった時の記憶と引き替えに前世の記憶を思い出してしまった。 この世界が乙女ゲームの世界だと気付くのに時間がかからなかった。 自分が悪役令嬢と知ったソフィア。 婚約者となるのはアレン・ミットライト王太子殿下。なんとしても婚約破棄、もしくは婚約しないように計画していた矢先、突然の訪問が! 驚いたソフィアは何も考えず、「婚約破棄したい!」と、言ってしまう。 死亡フラグが立ってしまったーー!!?  早速フラグを回収してしまって内心穏やかではいられなかった。 そんなソフィアに殿下から「婚約破棄はしない」と衝撃な言葉が……。 しかも、正式に求婚されてしまう!? これはどういうこと!? ソフィアは混乱しつつもストーリーは進んでいく。 なんとしてても、ゲーム本作の学園入学までには婚約を破棄したい。 攻略対象者ともできるなら関わりたくない。そう思っているのになぜか関わってしまう。 中世ヨーロッパのような世界。だけど、中世ヨーロッパとはわずかに違う。 ファンタジーのふんわりとした世界で、彼女は婚約破棄、そして死亡フラグを回避出来るのか!? ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体などに一切関係ありません。 誤字脱字、感想を受け付けております。 HOT ランキング 4位にランクイン 第1回 一二三書房WEB小説大賞 一次選考通過作品 この作品は、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

私の新しい人生

けんまま
ファンタジー
一見、幸せそうに見える夫婦が、何故、世知辛いこんな世の中で生きているのか。 それには、過去からの、腐れ縁が、ありました。過去には、どんな、辛い出来事が、あったのか。未来は、幸せになれるのか。 そんな、心切ない、お話です。

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

処理中です...