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2章

相談 1

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 ニ件目の打ち合わせはつつがなく終わらせることができた。
 それだけでホッとしてしまう。

 間違いのないようにチェックして、必要な手配を済ませる。
 就業時間が終わりに近づいているのに係長は戻ってこない。

 何度も席を確認していると、斜め向かいのデスクで資料整理をしていたはずの坂本さんがニヤニヤと私を見ていた。

 完全に勘違いされていると思う。けれど何だか恥ずかしくなる。

「ち、違うんです。お客様のことで係長に相談したいことがあって……」

 あわてて坂本さんに弁解しようとしたけれど、美女は微笑みをたたえたままだ。

「どんな相談かしら?」

 頭上から降ってきた渋い声。だけど口調はオネェ。

「課長……!」

 謎多きイケメン、原田課長。長身でガタイが良い。だけど動きはたおやか。
 梅原係長とは大学の先輩後輩の間柄らしい。随分顔面偏差値の高い大学だ。

「あのですね、本日の打ち合わせに同席された新郎のお母様から、これまで決めたことのほぼ全てにおいてダメ出しが入りまして……」
「まぁ、時々あることね。残念ながら」
「私は初めてだったので、どのような対応を取るべきか教えていただきたいです」
「こちらにできることは、待つことだけよ。ご家族の問題だもの」

 課長の言葉に頷く。多分原田課長は何度も経験しているのだろう。説得力がある。

「これは私の考えだから、梅原はどんな対応してきたのか聞いてみるのも悪くないと思うわ」

 原田課長がウインクしたのと同時に、梅原係長が帰ってきた。

「だから、今日はふたりで飲みに行っちゃいなさい! 残業もなーし!」

 私のところへ強引に連れてこられた係長は、訳がわからず目を白黒させている。

「是枝さんの仕事の話、しっかりアドバイスしてあげてね」

 強引に課長に送り出されてしまった。
 係長とふたり並んでぽかんと立ち尽くす。

「……行こうか」

 半分困惑しつつ、係長が優しく声をかけてくれる。

「は、はい」

 私がうなずくと梅原係長は歩き始めた。だけど私が出遅れたことに気づいて立ち止まって振り向いてくれる。
 あわてて追いかけると、秀麗な面にそっと微笑みを浮かべてくれた。

 それだけで気持ちが少し軽くなる。我ながら単純だ。

 このまままたお泊り、なんて展開はあるのだろうか。だけどさすがに今日は帰って着替えたい。それは係長も同じだろう。
 でもちょっとでも長く一緒にいたい、なんて考えてしまっている。

 こういう時、親にいちいち報告やお伺いをたてなくて良い一人暮らしで良かったと思う。会社の家賃補助制度ありがとう。

 こんな爛れたお付き合いで良いのだろうか。だけど梅原係長と離れがたい、と悶々としていると不意に手を握られた。

 会社からまだそんなに離れていないのに、もしも会社の誰かに見られてしまったら大丈夫だろうか。

「実梨の最寄り駅はどこだ?」
「あ、ええと……」

 最寄り駅を伝えると係長は何か思案する表情になった。

「往復で一時間か……」
「こ、この辺りでごはん食べて帰れば」
「帰るのか?」

 係長は寂しげに私を見つめる。その顔はずるい。

「……俺の部屋に来ないか?」

 私の手を包む係長の指に力が込められる。どんな返事でも帰す気はないと言わんばかりに。

「……っ!」

 ドクンドクンと心臓が大きな音を立てて、全身に響く。どこか潤んだような係長の瞳に浮かされるまま、私は頷いていた。

「着替えをどこかで買わせてください」
「わかった」

 昨日まではどちらかと言えば無表情だと思っていた。でも今は係長が喜んでいるのが何となくわかる。周りに小さいお花がほわほわ飛んでいるように見える。

「いや、わがままを言ってすまない」

 買い物もできて食べ物屋さんも多い、ここから十五分ほどで行ける一番近いターミナル駅へ移動することにした。
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