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2章

先輩はお見通し

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 おいしい朝食のおかげでしっかりパワーチャージできた。

「クロワッサン、幸せでしたね……」

 バターの香りに溢れた、サクサクでパリパリでしっとりとしたクロワッサンを思い出してぽわんとする。

「また行きたいな」
「おいしい朝食が食べられるところ、他にも探しませんか? 最近流行ってるみたいですし」
「そうだな。朝から幸せそうな実梨が見られる」

 見ているこちらがうっとりするような笑顔で、さらりとこんなことを言ってしまう係長。天然タラシだ。

 昨夜はあんなに心が重かったはずなのに、もうすっかり係長に書き換えられていた。

 ふたりで並んで出勤した。
 私はとてもドキドキしているけれど、係長の整った横顔は平然としているように見える。

 会社の人にそれぞれ挨拶するけれど、特別な反応はないことに少しほっとする。

 午前中は昨日の報告書の作成と各所へのメールの返信で終わった。
 午後は打ち合わせが二件あるので、早めにお昼を済ませようと思った。近場のカフェに行こうと席を立つ。

「是枝さ……」

 係長に声をかけられてそちらを見たのと同時に、ポンと肩を叩かれた。

「是枝さん、お昼行こ」

 振り向くと満面の笑みのバリキャリ系美人。
 同じ二係の先輩の坂本さかもと絵茉えまさんだった。係長より年上の中途入社のプランナーだ。既婚者でもあるので、仕事のアドバイスをもらうことも多い。

 何か言いたげな係長の言葉を聞く余裕もなく、外に連れ出される。

 カフェの席に着くなり、正面で坂本さんはわくわくした様子で私の顔を覗き込む。

「係長に告白された?」

 一口含んだお水を吹き出しそうになった。

「是枝さん、入って四年ぐらい経つよね。やっとかー」

 坂本さんはやけに楽しそうだ。恋バナ好きとは知らなかった。

「あれ? 今日一緒に来てたよね?」

 私は顔が真っ赤になった。昨夜の係長の表情とか、体温とか、声とか、一気によみがえってくる。

「そっかそっか。係長の片想いが実って良かったわー」

 私の顔色ひとつで坂本さんはいろいろ察したらしい。

「な……、ど……」

 私はいろいろ情報が追い付かなくて言葉が出てこない。
 坂本さんは人生経験が豊富な分、察知する能力が高いのだろうか。

「係長、独り立ちの同級生の案件頑張ってる是枝さんのことずっと心配してたからね」
「あ、あの……」

 係長が私の心配をしてくれていたなんて、全然知らなかった。係長はそんなに私のことを見ていてくれたのか。

「係長は坂本さんに何か相談してたんですか?」
「まさかー! 係長と仕事以外の関わり全然ないもの。向こうだって、私に恋愛相談しようなんて思わないだろうし。だけど是枝さんへの恋心は駄々漏れだから、見てるこっちが甘酸っぱいったら。なのに是枝さんは全然気づかないから、観察してる分には味わい深ったわ」

 うんうんとうなずく坂本さんを前に、私は呆然としていた。
 本当に私は全然気づいていなかった。係長は私のどこを気に入ってくれたのだろう。ロリ巨乳が好きみたいだったから、そこだろうか。

 だけどただ見た目だけなら、係長なら私に拘らなくても見つけられる気がする。

 ……って、彼女になったからって、ちょっと自惚れてるな、私。

「同級生との打ち合わせ終わる度に、『是枝さん、大丈夫ですか? 辛そうじゃありませんか? 何か言っていませんでしたか?』って、私に聞くのよ! 何回本人に聞けって言おうと思ったか……」
「申し訳ありません……」

 坂本さんの係長モノマネはそれほどクオリティが高くなかった。
 それにしても、知らないところで坂本さんに迷惑をかけていたなんて。何だか心苦しい。

「是枝さんが謝ることじゃないし、おもしろかったから良いんだけど、係長はどうしてあんなに同級生のこと気にしてたの? いくら何でも心配し過ぎだと思ってたの」

 興味津々と言った感じで目をキラキラさせる坂本さんを前に、私は言葉に詰まる。

「……ずっと片想いしてた相手だったんです」
「えっ! 係長、何で知ってたの!?」
「私の様子から察してくれたんですかね?」

 目を丸くする坂本さんと、首を傾げる私。係長が過保護な理由はそれぐらいしか思いつかなかった。
 SNSにはそれとなく愚痴を書いていたけれど、本名ではしていないし、係長とつながっていない。

「係長、是枝さんのこと好き過ぎるでしょ!」

 身悶える坂本さんはとても楽しそうだ。

「これからもっとラブラブな話聞かせてねー」

 満面の笑顔の坂本さんを見つめる。恋愛話を聞いてくれる相手ができたことがくすぐったいけれど、嬉しくもあった。

 坂本さんなら結婚しているし、この先係長とのお付き合いで何か起こった時、良いアドバイスがもらえるかもしれない。
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