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第7章 家政夫執事の独占欲
7-4 エスカレート
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アフタヌーンティのあとはいつも通り、仕事部屋にこもる。
「セバスチャン。
どうしてあなたはおいたばかりするのですか」
「にゃー」
仕事部屋に引っ込む際、台所でなにかが割れる派手な音がしていたら、きっとセバスチャンの仕業だろう。
しかし、相変わらず猫に対して松岡くんが丁寧口調で説教していて、吹き出しそうになる。
「紅夏、すみません」
すぐに松岡くんがすまなそうに顔を出した。
「セバスチャンがグラスを割ってしまいまして……」
彼の手には割れた中で大きかったであろう破片がふたつ。
「いいよ、別に。
セバスチャンが割るのかもしれないのがわかっているのに、置いといた私も悪いんだし」
それに、それは別になんのこだわりもないグラスだから、割れても問題ないし。
「本当にすみません」
しょぼんと肩を落としてしまった松岡執事が可愛く見える。
そもそも割ったのはセバスチャンで、松岡くんが気に病むことはないと思うんだけど?
「ほら、気にしないで。
それよりも片付けは済んだ?
セバスチャンが踏んで怪我をする方が大変だよ」
「はい、もう済ませてあります。
……本当にすみません、代わりのグラスを……」
まだ詫び続ける彼にはぁっと小さくため息が出た。
「だ、か、ら。
セバスチャンの飼い主は私だよ?
なんで松岡くんがお詫びしないといけないの?
セバスチャンに怪我がないならそれでいい!」
「……はい」
いつまでたっても松岡くんの顔は晴れない。
もしかして自分が頼んで飼ってもらった猫だから、気にしているんだろうか。
そんなの、関係ないんだけどな。
私もセバスチャン、大好きだし。
でもこのままだと松岡くんは、落ち込んだままかもしれない。
はぁっ、また小さくため息をついて、ちょいちょいと手招きした。
「……はい?」
怪訝そうな顔のまま、彼が近づいてくる。
「もうちょい」
「……?」
さらに彼の顔が近づき……その頬へ唇を付ける。
「……気にしてないって言ってるよね?」
我ながら大胆な行動に、身体が熱を持つ。
「……かしこまりました」
ふふっ、小さく笑って松岡くんが離れる。
ようやく反省はやめてくれたみたいだ。
早速、立川さんからゴーサインが出た作品に手を付けたいところだけど……TLノベルの初稿締め切りが迫っている。
後ろ髪を引かれつつも、しばらくはそちらにかかりっきりになりそうだ。
「郵便が届いております」
松岡くんの声でキーを叩いていた手が止まる。
時計を確認したらもう五時を過ぎていた。
「……あれ、きてる?」
自分で確認するもの嫌で、松岡くんにこわごわ聞いた。
「……はい」
彼が重く頷き、思わずはぁーっとため息が漏れる。
「その、中を確認しても?」
受け取ってそのまま溜めているファイルに挟もうとしたが、止められた。
「なんで?」
中なんて見たくないのだ、私としては。
それにどうせ、死ねだの殺すだの書いてあるに決まっている。
「この間、内容が変わっていたじゃありませんか。
一応、確認した方がいいかと」
「……そうだね」
封筒の上に鋏をのせて松岡くんに渡した。
あれがこれ以上酷くなるって、どう変わるんだろう?
知りたくないが確認はした方がいいかもしれない。
封を切って中身を彼が引っ張りだす。
相変わらずのA4用紙。
でも……今日は裏から透けて見えるのが、妙に黒い。
「今回はなんて?」
彼の持つ紙をのぞき込もうとしたら、さっと後ろに隠された。
「ご覧にならない方がよろしいかと」
「ねえ、見せてよ」
奪おうとするが、松岡くんは必死に死守している。
そこまでされるとさらに気になって、さらに必死に奪おうとした。
「あっ」
揉みあっているうちに彼の手からひらひらと紙が落ちていく。
表向きに床の上に落ちたそれには……私が、写っていた。
「……え?」
モノクロの写真自体は、シェイクスの記事をコピーしたものだと思う。
ただ、その写真でぎこちなく笑っている私の首には……真っ赤な線が一本、横切るように引いてあった。
「なに、これ……」
別になにかされたわけでもないのに、知らず知らず首に触れてしまう。
「だから、見ねー方がいいって」
はぁっ、短くため息をついてそれを拾った、松岡くんの手の中で、ぐしゃりと音がした。
「大丈夫か。
……って大丈夫なわけねーよな。
こんなん、もらって」
目の前が真っ暗になった。
けれど、とくんとくんと優しい音が耳に響く。
――松岡くんの、腕の中にいた。
「大丈夫だ、俺が絶対に紅夏を守る」
「……うん」
あやすように、とん、とんと背中を叩く松岡くんの手が心地いい。
「紅夏に危害を加える奴は、俺が絶対に許さねー」
「……うん」
ゆっくり、ゆっくりと気持ちが落ち着いていく。
頃合いを見計らって、松岡くんは私の身体を離した。
「だから紅夏は、安心していい」
そっと、少しだけ出ていた涙を拭う、松岡くんの指がくすぐったい。
「うん、お願い、するね」
「うん」
力強く彼が頷き、ぎこちないまでも笑えた。
「セバスチャン。
どうしてあなたはおいたばかりするのですか」
「にゃー」
仕事部屋に引っ込む際、台所でなにかが割れる派手な音がしていたら、きっとセバスチャンの仕業だろう。
しかし、相変わらず猫に対して松岡くんが丁寧口調で説教していて、吹き出しそうになる。
「紅夏、すみません」
すぐに松岡くんがすまなそうに顔を出した。
「セバスチャンがグラスを割ってしまいまして……」
彼の手には割れた中で大きかったであろう破片がふたつ。
「いいよ、別に。
セバスチャンが割るのかもしれないのがわかっているのに、置いといた私も悪いんだし」
それに、それは別になんのこだわりもないグラスだから、割れても問題ないし。
「本当にすみません」
しょぼんと肩を落としてしまった松岡執事が可愛く見える。
そもそも割ったのはセバスチャンで、松岡くんが気に病むことはないと思うんだけど?
「ほら、気にしないで。
それよりも片付けは済んだ?
セバスチャンが踏んで怪我をする方が大変だよ」
「はい、もう済ませてあります。
……本当にすみません、代わりのグラスを……」
まだ詫び続ける彼にはぁっと小さくため息が出た。
「だ、か、ら。
セバスチャンの飼い主は私だよ?
なんで松岡くんがお詫びしないといけないの?
セバスチャンに怪我がないならそれでいい!」
「……はい」
いつまでたっても松岡くんの顔は晴れない。
もしかして自分が頼んで飼ってもらった猫だから、気にしているんだろうか。
そんなの、関係ないんだけどな。
私もセバスチャン、大好きだし。
でもこのままだと松岡くんは、落ち込んだままかもしれない。
はぁっ、また小さくため息をついて、ちょいちょいと手招きした。
「……はい?」
怪訝そうな顔のまま、彼が近づいてくる。
「もうちょい」
「……?」
さらに彼の顔が近づき……その頬へ唇を付ける。
「……気にしてないって言ってるよね?」
我ながら大胆な行動に、身体が熱を持つ。
「……かしこまりました」
ふふっ、小さく笑って松岡くんが離れる。
ようやく反省はやめてくれたみたいだ。
早速、立川さんからゴーサインが出た作品に手を付けたいところだけど……TLノベルの初稿締め切りが迫っている。
後ろ髪を引かれつつも、しばらくはそちらにかかりっきりになりそうだ。
「郵便が届いております」
松岡くんの声でキーを叩いていた手が止まる。
時計を確認したらもう五時を過ぎていた。
「……あれ、きてる?」
自分で確認するもの嫌で、松岡くんにこわごわ聞いた。
「……はい」
彼が重く頷き、思わずはぁーっとため息が漏れる。
「その、中を確認しても?」
受け取ってそのまま溜めているファイルに挟もうとしたが、止められた。
「なんで?」
中なんて見たくないのだ、私としては。
それにどうせ、死ねだの殺すだの書いてあるに決まっている。
「この間、内容が変わっていたじゃありませんか。
一応、確認した方がいいかと」
「……そうだね」
封筒の上に鋏をのせて松岡くんに渡した。
あれがこれ以上酷くなるって、どう変わるんだろう?
知りたくないが確認はした方がいいかもしれない。
封を切って中身を彼が引っ張りだす。
相変わらずのA4用紙。
でも……今日は裏から透けて見えるのが、妙に黒い。
「今回はなんて?」
彼の持つ紙をのぞき込もうとしたら、さっと後ろに隠された。
「ご覧にならない方がよろしいかと」
「ねえ、見せてよ」
奪おうとするが、松岡くんは必死に死守している。
そこまでされるとさらに気になって、さらに必死に奪おうとした。
「あっ」
揉みあっているうちに彼の手からひらひらと紙が落ちていく。
表向きに床の上に落ちたそれには……私が、写っていた。
「……え?」
モノクロの写真自体は、シェイクスの記事をコピーしたものだと思う。
ただ、その写真でぎこちなく笑っている私の首には……真っ赤な線が一本、横切るように引いてあった。
「なに、これ……」
別になにかされたわけでもないのに、知らず知らず首に触れてしまう。
「だから、見ねー方がいいって」
はぁっ、短くため息をついてそれを拾った、松岡くんの手の中で、ぐしゃりと音がした。
「大丈夫か。
……って大丈夫なわけねーよな。
こんなん、もらって」
目の前が真っ暗になった。
けれど、とくんとくんと優しい音が耳に響く。
――松岡くんの、腕の中にいた。
「大丈夫だ、俺が絶対に紅夏を守る」
「……うん」
あやすように、とん、とんと背中を叩く松岡くんの手が心地いい。
「紅夏に危害を加える奴は、俺が絶対に許さねー」
「……うん」
ゆっくり、ゆっくりと気持ちが落ち着いていく。
頃合いを見計らって、松岡くんは私の身体を離した。
「だから紅夏は、安心していい」
そっと、少しだけ出ていた涙を拭う、松岡くんの指がくすぐったい。
「うん、お願い、するね」
「うん」
力強く彼が頷き、ぎこちないまでも笑えた。
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