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第八章 それでもあなたに会えてよかった

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「それで。
正俊からなにを言われた?」

改めてソファーに座り直し、紘希が切り出してくる。

「……その前に、紘希に話しておかなきゃいけないことがあって」

きっと、紘希ならわかってくれる。
そう信じているが、怖くて顔は見られなくて、俯いて袖を摘まむ。

「鏑木社長となんかあったって話か?」

黙って頷いたあと、小さく深呼吸して気持ちを整え、口を開く。

「紘希も知ってるかもしれないけど。
十年前、鏑木社長を刺したのは、私の父、なの」

それで父は、殺人未遂犯として捕まった。
私たちにまで罪を背負わせるわけにはいかないと父が申し出、離婚を母が受け入れたので今は母方の姓の瑞木を名乗っているが、それまでは西木だった。

紘希がどう思うか戦々恐々として待つが、彼はいつまで経ってもなにも言わない。
もしかしてやはり、犯罪者の娘と私を蔑んでいる?
そう、悲しくなった。
しかし。

「あーっ!」

いきなり彼が大声を上げ、顔を上げる。
紘希はまとまらない考えをどうにかするように、髪を掻き回していた。

「それってあれだろ?
アイツが取引先の人間に無理難題ばっかり押しつけて、追い詰められて狂った取引先の人間がアイツを刺したってあれだろ?
あれって、純華の父親だったのか!」

「あ、……うん」

紘希が、裁判でねつ造された事実ではなく、真実を知っているのに驚いた。
もっとも、これも本当の真実ではないのだが。

「……って、驚いてみせたけど、嘘」

「へ?」

私は深刻な告白をしたというのに、彼がふざけるように舌を出してみせる。
おかげで、変な声が出た。

「実は、知ってた。
正確には薄々気づいていた?」

気づいていたって、入社して六年、今まで誰からも指摘されなかった。
正俊だって調べて知ったと言っていたくらいだ。

「あの件で会長……あの当時は社長だったけど、カンカンだったんだ」

「……そう」

そうだよね、自分の息子が刺されて殺されそうになったら怒るのは当たり前だよね。
会長はきっと、その犯人の娘と可愛い孫息子との結婚なんて反対だろう。

「違う違う!」

私がへこんでいるのに気づき、慌てて紘希が否定してくる。

「あれだけ注意したのに聞かなかったオマエが悪い、自業自得だって。
これで懲りて反省しろ! って滅茶苦茶怒鳴ったって聞いてる」

「……そうなんだ」

私は裁判でしか、鏑木社長側の対応を知らない。
実はそんなことがあったなんて驚きだ。
それにそれは、いかにも曲がったことが嫌いな会長らしい。

「会長としては、反対にそこまで追い詰めた謝罪と最大限のフォロー、慰謝料も払うべきだって思ってたんだよ」

「なら、なんで」

父の裁判は散々だった。
アイツは都合のいい事実ばかりをねつ造し、父が横柄な取引先で自分がいかに困窮していたか訴えた。
父は反論しなかったのでそれが通り、重い罰と多額の賠償金を背負わされたのだ。

「アイツがオレをこんな目に遭わせたヤツは絶対に許さんって、暴れたんだよ。
会長の言うことを聞かずに、自分の希望を叶えてくれる弁護士連れてきてさ。
それで会長、ぶち切れたおかげで血圧上がりすぎていろいろヤバくなって、入院してるあいだにさらに好き放題。
会長は今でも、純華の父親に申し訳なく思ってるよ」

「そう、なんだ」

これで今までの違和感がかなり拭えた。
あんなヤツが野放しな会社なんて超ブラックに違いないと入ったのに、会社としてはホワイトなんだもの。
あの当時は本部で部長をしていたアイツが子会社に行ったからというのはあるかもしれないが。

「それで、さ。
父さんからバカのやることを見て反面教師にしろって言われて、アイツの裁判に通ってた。
そこで、純華を見かけた」

私も父の裁判には傍聴に通っていた。
まさか、あそこに紘希もいたなんて思わない。

「怒りと悲しみをぐっと飲み込んだような顔で、真っ直ぐに前を見つめている純華が、綺麗だと思った。
不謹慎だけど、一目惚れだったんだ」

「あ、うん」

照れたように彼が、人差し指で頬を掻く。
おかげで私の頬も熱くなっていった。

「でも、あんな最低野郎の身内だろ?
恥ずかしくて声はかけられなかった。
それに毎回、裁判に来てるし、きっと被告の身内なんだろうな、って」

「……そっか」

「うん。
それで、研修のときにすぐにあのときの子だって、気づいた。
再会が嬉しすぎて、なんであんなことがあったのにこの会社に入ったのかなんて、考えるの忘れていたな……」

ははっと自嘲するように彼が小さく笑う。

「……きっとあんな男がいるような会社だから、不正とかいっぱいやってるはず、私が暴いて潰してやる!って思ってたんだよ」

「ヤバっ、純華に俺の会社、潰されるところだった」

引かれるか嫌がられるかだと思ったのに、紘希はおかしそうに笑っている。

「そんなわけで。
俺の親類は大方、純華の父親に同情的だし、俺もそうだ。
だから、気にしなくていい」

優しく微笑み、安心させるように彼は私の頭をぽんぽんしてきた。
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