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第五章 仕事にトラブルはつきものです

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その後。
矢崎くんは上に話を通し、営業部の若手を三人ほど当日の手伝いに回す手はずを整えてくれた。
もちろん、彼も手伝ってくれる。

「えっと……」

「時間、いいのか?」

「えっ、ヤバっ!
もう出なきゃ!」

矢崎くんから声をかけられ、見ていたタブレットから顔を上げる。
イベント当日、朝食の時間すら惜しんで、最終確認をしていた。

マンションの地下駐車場で、彼の車の助手席に収まる。
今日は小回りが効くようにと、矢崎くんが車を出してくれた。
いつも乗っている高級外車ではなく国産コンパクトなのが、いかにも普段、一般社員に擬態している矢崎くんらしい。

「なんで純華が、そんなの見てるんだよ?」

「えーっと……」

私のタブレットの画面をちらっと見て、矢崎くんは怪訝そうだ。
私は全体の指揮なのに、司会進行の台本を念入りにチェックしていればそうなるだろう。

「一応、確認?」

曖昧な笑顔を彼に向ける。
私には今回のイベント、気にかかる心配があるのだ。
なので私の仕事外の、司会進行の台本を頭に叩き込んでいた。
心配が杞憂に終わり、これが無駄になるに越したことはない。
そう、願っているけれど。

「おはようございまーす!」

一度、会社に寄ってイベント会場に入る。

「おはようございまーす!」

会場に直入りしていた人たちがすぐに応えてくれた。

「あと少ししたら、ミーティング始めますねー」

「はーい」

元気のいい返事を聞き、早速今日の確認をしていく。
今回のイベントは金土日の三日間、郊外にできたショッピングモールのオープニングイベントだ。

「では、ミーティングを始めます」

今日、スタッフに欠席者はいない。
機材の準備も万端だ。
絶対に上手くやってみせる。

時間になり、イベントが始まる。

「それでは、ニャオンモール、オープンです!」

司会が、晴れやかにオープンを宣言する。
今日の司会は加古川さんが担当していた。
子供の都合でなかなか満足に打ち合わせができず心配しかないが、上手くいくように祈るしかない。
まあ、入社してから数多くの司会を担当してきた彼女だ、大丈夫だろう。

ドアが開き、待ちわびた人々が店内へと入っていく。

「ようこそ、ニャオンモールへ」

並んだスタッフたちが、お客へとノベルティの入った袋を配る。
混乱はないかその様子を見守った。
少しして落ち着いてきたのを確認し、次のイベント打ち合わせに移動する。

「今日は暑いから、しっかり水分摂ってね!」

バックヤードにいるスタッフたちに声をかけ、駆け回る。
とにかく今日の私は、忙しい。

「お疲れ様です!
これ……」

裏でモールのマスコットキャラ、ニャオンちゃんの着ぐるみを脱ぐスタッフに声をかけかけて固まった。

「おっ、サンキュー!」

中途半端に差し出されていたスポーツドリンクを受け取り、スタッフは蓋を開けてごくごくと一気に飲んだ。
のはいい。
のはいいが。

「なんで矢崎くんが入ってるのよ!?」

まさか、彼が中に入っていたなんて思わない。
だって、他の部の人間とはいえ、課長なんだよ?
いくら手伝いに来ているからといって、一緒に来ている彼の部下を指揮する立場にあるはず。
なのになんで、きぐるみの中に入っているのよ?

「あー、さっきまでうちの若いのが入ってたんだけど、軽い熱中症でへばったから俺が代わりに」

矢崎くんはへらへら笑っているが、だからといって彼が入る必要はない。

「その子、大丈夫なの?」

つい、眉間に力が入ってしまう。
病院に運ばれるなんて事態になったら、大変だ。

「経口補水液と一緒に冷房効いてる場所で休ませてるから、大丈夫だ。
ちょっとふらふらしてただけだしな」

「なら、いいけど……」

安心させるように彼が笑う。
それで少し、ほっとした。

「それより」

ちょっと厳しい顔になり、矢崎くんが座っているベンチの隣をバンバンと叩く。

「えっと……」

「座れって言ってんの」

「あっ」

強引に手を引っ張られ、渋々ながらもそこに腰を下ろした。

「働きすぎ。
少し休憩しろ」

「でも、そんな余裕、全然ないし」

今のところ上手く回っているが、いつ何時なにが起こるかわからない。
それにスタッフからもなにかと尋ねられていた。

「わかるけど。
でも、それで純華が倒れたら、困るだろ」

「うっ」

もっともすぎてなにも返せない。
指揮官の私が倒れれば、現場は混乱するだろう。

「スタッフにだけ声かけて、自分はちゃんと水分、摂ってるのか?」

「うっ」

言われればマンションを出てから、なにも口にしていなかった。

「そんなことだろうと思った」

矢崎くんは呆れるようにため息を落とし、休憩ブースの隅に置いてある冷蔵庫からスポーツドリンクを一本、掴んできてまた私の隣に座った。

「しっかり水分摂って、少しでもいいから休め」

「……そうする」

受け取ったスポーツドリンクに口をつける。
意識はしてなかったが身体は乾いていたみたいで、あっという間に一本が空になった。

「……ありがと、気遣ってくれて」

甘えるようにこつんと軽く、彼に自分の肩をぶつける。

「べ、別に。
俺は純華が、心配なだけだ」

ぽりぽりと頬を掻く、矢崎くんの耳は赤くなっていた。
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