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第四章 素敵な旦那様

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片付けも矢崎くんがしてくれ、そのあいだに仕事を再開する。

「今日仕事終わらせたら、明日は完全に休みなんだよなー?」

「そーだけど」

視線を向けたら彼は、携帯片手になにやらやっていた。

「じゃあ、明日、不動産屋に予約入れられないか聞いてみて、ダメ元で指環のほうも聞いてみるよ」

「え、そんな無理しなくていいよ」

「俺が。
早くしたいの。
……あ、矢崎と申しますが担当の……」

もうすでに矢崎くんは電話をかけていて、苦笑いしてしまう。
そんなに楽しみなんだ。
だったら早めに予定、教えておけばよかったな。

「不動産屋は明日、宝飾店は今日の夕方予約取れた」

「わかった、じゃあ早く仕事、終わらせないとね」

「だな」

持ってきたパソコンを矢崎くんが向かいあって広げる。
なんか家で、こうやって一緒に仕事をしているなんて変な気分。
でも、なんかいいな。

矢崎くんのおかげもあって、思ったよりも早く仕事は片付いた。

「じゃあ、着替えて準備するねー」

「俺も着替えるなー」

服を選びながらふと思う。

……この地味服ではマズいのでは?

今まで矢崎くんと会うのは仕事の日で、休日はなかった。
しかも今日は、デートなのだ。
なのにデニムパンツとカットソーとか許されるはずがない。
しかしそれしか持ってきていないわけで。
かといって一度マンションに寄ってもらったところで、似たり寄ったりの服しかない。

「……はぁーっ」

「どうした?」

ウォークインクローゼットで暗鬱なため息をついた私に、先に服を選び終わっていた矢崎くんが心配そうに声をかけてくる。

「あ、いや」

服がないなんて言えず、慌てて笑って取り繕う。

……これは今後の課題ってことで。

あ、今日できたら、矢崎くんと一緒に選ぶとかもありかな。
彼の好みもわかるしね。

諦めていつもどおりの服にし、メイクも済ませてしまう。
髪はひっつめお団子ではなくひとつ結びにしたけれど、全体的にいつもの会社スタイルと大差ない。

「準備できたかー?」

「あー、うん」

矢崎くんは白のチノパンにボーダーのカットソー、それに紺のジャケットを羽織っていた。
シンプルだけれどスタイルがいいからそれだけで格好いい。
なんかそれが、羨ましかった。

一緒に街に出て、適当なカフェで少し遅い昼食を摂る。

「今から映画だと速攻でここ出るか、宝飾店の予約時間にちょい間に合わないかだな……」

料理が出てくるまでの時間で、矢崎くんは上映時間を確認していた。

「ごめんね、仕事の時間がかかって」

もう少し早く終わらせられていれば、ゆっくり映画も観られたのだ。
せっかく楽しみにしていたようなのに、申し訳ない。

「いや。
俺も無理矢理、宝飾店の予約を夕方に入れたし」

なんでもないように笑って矢崎くんは水を飲んでいる。
そういう気遣いの仕方、素敵だな。

「それでどうする?」

「そうだねー。
矢崎くんが絶対にこれが観たい!
とかじゃなきゃ、無理して観なくてもいいかな」

映画が目的じゃないし、絶対に観たい作品があるわけでもない。
矢崎くんが観たいのがあるっていうのなら付き合うけれど。

「じゃ、映画はまた今度にするか。
俺も観たいのがあるわけじゃないしな」

これで決まりだと彼は携帯をポケットにしまった。

「それで、ここ出たあとなにしようか」

料理が届き、食べながら話す。

「そーだね……」

さっきから、こちらに向かう視線が鬱陶しい。
まあ、これだけのイケメンがいたら、気になるよね。
「モデルかな」なんて声も聞こえるし。
でも、一緒にいる私が似ていない姉妹と思われているのはいい。
しかし。

「……結婚詐欺でカモられてるんじゃない?
じゃなきゃあんな女、相手しないって」

すぐ後ろで聞こえてきた声にぴくりと反応する。
反射的に立ち上がり、声の主を引っ叩きたくなったが、かろうじて抑えた。

「……矢崎くんを詐欺師呼ばわりとか許せない」

矢崎くんほど誠実な人間を私は知らない。
なのに、私が彼と釣りあわないからって、こんな評価をするなんて。

「んー?
俺は純華が怒ってくれてるだけで満足かなー?」

しかし当の本人は、ゆるゆるふわふわ笑っていて、なんか気が抜けた。

「なんか……ごめん」

しかしそれもこれも、私が地味で男から相手にされなさそうな見た目なのがいけないのだ。
後ろに座っている子の半分でいいから可愛らしければ、矢崎くんにこんな思いをさせずに済んだ。

「なんで純華が謝るんだよ。
悪いのはあの女だろ」

淡々と彼は料理を食べている。
それはそうなんだけれど、そう言わせている自分が情けなかった。

なんか空気が悪くなって、食事が終わって速攻で席を立つ。
しかし私に一万円札を渡して会計に向かわせ、矢崎くんは後ろの席へと行った。
なにをするのか心配で、会計をしながらチラチラと店の奥へ視線を送る。

「結婚詐欺じゃなく俺たち、正真正銘夫婦なんですよね」

テーブルに手をつき、彼が彼女たちを冷たい目で見下ろす。

「憶測で適当なこと言ってると、名誉毀損で訴えますよ」

にっこりと綺麗に口角をつり上げてゆっくりと手を離し、矢崎くんがこちらに向かってくる。
彼女たちだけじゃなく、店全体が凍りついていた。

「あっ」

お冷やを注いでいる最中だった店員が溢れているのに気づき、声を上げる。
それで一気に喧噪が戻ってきた。

「いこ、純華」

私の手を掴み、矢崎くんは店を出た。

「もしかして、怒ってた?」

やっぱり、詐欺師呼ばわりされたのが嫌だったんだろうか。
なんて思ったものの。

「当たり前だろ。
俺の可愛い奥さんを結婚詐欺の被害に遭ってる女とか馬鹿にされて、許せるかっていうの」

ぎゅっと私の手を握る彼の手に力が入る。
そうか、矢崎くんは自分だって馬鹿にされていたのに、私が馬鹿にされたことに怒ってくれるんだ。
というか、彼女たちの自分に対する評価は当たり前で、私は私自身が馬鹿にされているとすら感じていなかった。

「ありがと、矢崎くん」

甘えるように肩を軽くぶつける。

「お、俺は別に」

照れたように彼が人差し指でぽりぽりと頬を掻く。
こんな素敵な旦那様で、本当によかった。
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