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第三章 家事はふたりでするものです

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一緒に朝食を取り、出社の準備を済ませる。

「うん、やっぱり似合ってる」

私の胸もとに下がるアクアマリンのネックレスを、眼鏡の奥で眩しそうに目を細めて矢崎くんは見た。

「俺の奥さんって印だから、絶対に外すなよ?」

アクアマリンを手に取り、身をかがめた彼がそこに口付けを落とす。

「わかってるよ」

「俺のは今日、帰りに受け取ってくる」

「一緒に行けるように、できるだけ頑張って仕事終わらせるよ」

「無理はするなよ」

ちゅっと今度は、つむじに口付けが落とされた。
お揃いとはいかないが、似たようなデザインのネクタイピンを探してくれるよう、矢崎くんの付き合いのある百貨店に依頼してある。
そんなことができるなんて、住む世界の違う人なんだなーって思う。

一緒に出勤しながらふと思う。
……会社では結婚したのは秘密と言いながら、これではバレバレなのでは?

「ねえ」

「なんだ?」

声をかけられ、矢崎くんが私を見下ろす。

「一緒に出勤したら、結婚はあれとして付き合ってるってバレない?」

「……はぁーっ」

足を止めた彼が呆れたようにため息をつき、さすがにムッとした。

「今まで毎日一緒に通勤してたのに、いまさらだろ?」

「……ソウデシタ」

衝撃……ではないが、当たり前の事実を告げられ、身を小さく縮ませる。

「会社で変な意識、しないでいいからな。
俺が純華にかまうのはいつものことだし、純華が俺と気さくに話すのもいつものことだろ?
まわりは仲のいい同期と思っているんだから、特に問題ない」

「う、うん」

矢崎くんは平然としているけれど、それでも意識しちゃうよー。

仕事はいつもどおり進んでいく。

「おはようございまーす。
すみません、金曜日は急に休んで」

始業時間ギリギリに出勤してきた加古川さんが声をかけてくる。

「おはようございます。
お子さん、大丈夫でした?」

「ええ。
今日は元気に保育園に行きました」

元気になったんならよかったと、連絡簿を差し出す。

「伝達事項、まとめておきました。
請求書は下書きまでしてあるので、確認してください」

「ありがとうございます、助かります」

ノートを受け取り、加古川さんは自分の席へと行った。
すぐに始業時間になり、仕事を始める。
今日は何事もなく、一日が終わればいいなと思っていたけれど……。

気分転換にコーヒーを淹れようと席を立つ。
休憩コーナーに近づいたら、話し声が聞こえてきた。

「週末、ランドに行ってきたの。
これ、お土産」

「えっ、ありがとう!
でも子供、具合悪いんじゃなかったの?」

話しているのは加古川さんと同僚女性みたいだ。
なんとなく、私は聞いてはいけない会話な気がして、隠れた。

「あー。
木曜の夜にちょっと熱出てさ。
金曜には下がってたんだけど、大事取って休ませたんだ。
ホテルの予約してたしさー」

「それは仕方ないかー」

彼女たちは楽しそうに笑っていて、そっとその場をあとにした。
子供が夜に熱を出したのなら、翌日大事を取って休ませたいのもわかる。
ホテルだって当日のキャンセル料は100%だし、もったいないのもわかる。
でも、モヤってしまうのって、私の心が狭いからなのかな……。

お昼はいつものように社食へ行った。
隅っこで、チキン南蛮セットをもそもそと食べる。

「すーみか」

声をかけられて顔を上げると、矢崎くんが目の前に座るところだった。

「出遅れたからローストビーフ丼売り切れててさー。
残念」

そういう彼のトレーの上にはカツカレーがのっている。

「あれは人気だから仕方ないよ」

一日限定十食のローストビーフ丼は大人気で、いつも争奪戦だ。
数を増やすように要望はいくつも出ているらしいが、なにせすぐにはご飯にお箸が届かないほどたっぷりお肉がのせられているのに五百円という激安なため、なかなか難しいらしい。
ちなみに私が食べているチキン南蛮セットは四百円だ。
我が社の社食は安い・美味しい・カフェみたいにお洒落なので、人気が高い。

「てか純華、なんか元気ない?」

「あー……」

長く発して少しのあいだ宙を見たあと、お皿の上のプチトマトに視線を落とす。

「……なんか私、心が狭いのかなって」

自嘲して箸でプチトマトを摘まみ、ぽいっと口に放り込んだ。

「純華の心が狭いんなら、俺なんて針の先どころかないに等しいが?」

カツの一切れを器用にスプーンで半分に切り、それごとカレーを大きな口を開けて矢崎くんが食べる。

「いや、矢崎くんは私なんかよりもずっと広いよ」

「俺が寛大なのは純華にだけだ。
他のヤツには優しくないぞ?」

そう……なのか?
私の目には分け隔てなく優しく見えるけれど。
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