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二.元彼の結婚式――押し倒されていた
1.スーツ、貸してほしい
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しばらくの間は、何事もなく日々は進んでいった。
気が付いたら、年度も替わり、まわりは異動やなんかあったけど、課長が替わることもなく、我が班員にも変更はなく、いいのか悪いのか裕紀の奴も引き続き同じ班の班長をしていた。
……ただ。
当人たちにはおめでたいニュースなんだろうけど。
私には面白くないニュースが一つ。
裕紀が、夏に結婚することになった。
相手は取引先の女子社員らしい。
同じ社内の人じゃない、全く知らない人でなぜか少しだけほっとした。
『友達としてきてほしい』
にやけ面でそう、招待状を差し出されて、引きつった顔で私が受け取ったことに、裕紀は気付いていない。
……いまだに裕紀のことは。
割り切れないでいた。
あんな酷い振られ方しても、一度は結婚も考えた相手だ。
早々簡単には忘れられない。
それに、ほとぼりが冷めた頃になると、向こうの方から友達面して絡んできた。
……というか。
裕紀の中では。
私はもう完璧に、「男友達」に分類されているのだろう。
誘われればあとでつらい思いをするのがわかっていて、ふたりで飲みに行った。
飲んでいる間は付き合う前のふたりのようで、少し楽しかった。
でも、ひとり帰って苦しくて、何度泣いたかわからない。
それでも誘われると嬉しくて、まだ縋れる何かがある気がして、ついていった。
……莫迦な女だと思う。
愚かだとも。
でもそれも、もう断ち切らなければいけない。
なにも考えたくなくて、仕事に没あたましているうちに、あっという間に夏になった。
もう来週末は裕紀の結婚式だ。
「加久田。
お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
昼休み、加久田をランチに連れ出し、ちょっと無理なことを頼んでみた。
「スーツ、貸して欲しい」
「はあ。
……って俺のですか!?」
加久田は鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔して、私のことみている。
「そう。
おまえの。
身長大体同じだし、問題ないだろ」
「いやいやいやいや。
そういう問題じゃないですって」
「じゃあどういう問題なんだ?」
「だからー、……まあいいや。
大体、なんに使うんですか?」
私の顔を少し見つめたあと小さくため息をついて、なにかを諦めて聞いてきた。
「ああ。
ひ……高城の結婚式に着ていこうかと思って」
「わざわざ?
男物のスーツを?」
「……だって、『男友達』として招待されたから」
「……はぁーっ。
わかりました。
週末、うちに取りに来てください」
仕方ないな、ってふうにちょっと笑い、加久田は了承してくれた。
持つべきは理解の早い部下だとつくづく思う。
「恩に着る。
今日のランチ代は持つから」
「いいですよ!」
「スーツのレンタル賃とでも思ってくれ」
「……わかりました。
ごちそうになります」
加久田と並んで店を出る。
戻って午後からの仕事に打ち込んだ。
週末。
私は加久田に指定された、駅前に立っていた。
ちなみに今日の服装は仕事用のシャツにジーンズ、靴はスニーカー。
……仕事用のシャツなのは理由がある。
髪も化粧もいつも通りだけど、眼鏡はプライベート用の黒セル眼鏡。
「お待たせしました」
「いや、用があるのはこっちだし。
休みの日に悪かったな」
「いえ、いきましょうか」
促されて並んで歩き出す。
今日の加久田はTシャツにジーンズ、上から半袖シャツを羽織って、靴はスニーカー。
いつものスーツよりも少し、幼く見える。
「ここです」
五分ほど歩いて、こぢんまりとした三階建てのアパートを示された。
階段を上がり二階へ。
招かれた部屋の中へ入る。
「どうぞ」
「おじゃまします」
1DKのその部屋の中は、うちなんかと違ってきれいに片付けてあった。
たぶんきっと、私みたいに「人が来るっ」って慌てて片付けたんじゃなくて。
普段からそうなんだろうと思わせる感じ。
「適当に座っててください。
いま、コーヒー淹れますから」
「気、遣わなくていいぞ。
あ、これ、おまえが好きだっていってた、
アルファリアのワッフル。
よかったら」
「先輩こそ、気、遣わなくてよかったのに。
じゃあ、あとで一緒に食べましょう」
「ああ」
なにげに本棚を見ると、男性がよく読む雑誌に混じって業界誌が数冊。
……ちゃんと勉強しているんだな。
そう思うと上司としては嬉しくなる。
淹れてくれたアイスコーヒーを飲んで、加久田が出してくれたスーツを洗面所で試着した。
……仕事用のシャツを着てきたのはこのため。
ワイシャツまで借りる訳にはいかない。
「どーですかー?」
「んー?
裄が若干、長い。
ウェストも緩いけど……まあベルトで締めれば何とかなるだろ。
どうだ?」
「どうだっていわれても……。
先輩はそういうのでも、着こなしちゃうんですね……」
「……どういう意味だ?」
洗面所から出ると、ため息混じりの加久田の言葉が待っていた。
「それ、俺が持ってるなかで、一番細身のスーツなんです。
それでも先輩細いから……。
まあ、それでよければお貸ししますよ」
「……加久田だって、十分細いだろ」
「……俺は一応、男なんで。
……あ、失礼しました」
睨み付けると、失言、とばかりに謝ってきた。
確かに加久田は男で、私は女だ。
身長に差はなくても、どうしても体格差は出てしまう。
「まあいい。
これ、借りてくな」
「わかりました。
ネクタイはこの辺りでどうですか?」
「ああ、任せる。
おまえ、センスいいから」
……そう。
加久田はいつも、いい感じにスーツを着こなしている。
「そうですか?
というか先輩、結べますか?」
「莫迦にするな。
高校はネクタイだった」
「ならいいです。
あ、シャツはもしあれだったら、白シャツ買ってください。
千円ぐらいので十分ですから」
「わかった」
「あと、靴はどうするんですか?」
「ああ。
なんか知らんが、おあつらえ向きの靴が一足、げた箱の中で眠ってた。
……いつ買ったんだろうな?
あの靴?」
「知りませんよ。
まあ、ならよかったです」
スーツも決まり、加久田とふたりでワッフルを食べる。
会話は美咲ちゃんのこと。
加久田のことをなめきっているので、どうにかならないか、と。
……ほんと美咲ちゃんの加久田に対する態度はどうかと思うんだけど。
でも、他の人には礼儀正しいし。
加久田にだけ、ってのがなー。
もしかして、加久田のことが、好き、とか?
気が付いたら、年度も替わり、まわりは異動やなんかあったけど、課長が替わることもなく、我が班員にも変更はなく、いいのか悪いのか裕紀の奴も引き続き同じ班の班長をしていた。
……ただ。
当人たちにはおめでたいニュースなんだろうけど。
私には面白くないニュースが一つ。
裕紀が、夏に結婚することになった。
相手は取引先の女子社員らしい。
同じ社内の人じゃない、全く知らない人でなぜか少しだけほっとした。
『友達としてきてほしい』
にやけ面でそう、招待状を差し出されて、引きつった顔で私が受け取ったことに、裕紀は気付いていない。
……いまだに裕紀のことは。
割り切れないでいた。
あんな酷い振られ方しても、一度は結婚も考えた相手だ。
早々簡単には忘れられない。
それに、ほとぼりが冷めた頃になると、向こうの方から友達面して絡んできた。
……というか。
裕紀の中では。
私はもう完璧に、「男友達」に分類されているのだろう。
誘われればあとでつらい思いをするのがわかっていて、ふたりで飲みに行った。
飲んでいる間は付き合う前のふたりのようで、少し楽しかった。
でも、ひとり帰って苦しくて、何度泣いたかわからない。
それでも誘われると嬉しくて、まだ縋れる何かがある気がして、ついていった。
……莫迦な女だと思う。
愚かだとも。
でもそれも、もう断ち切らなければいけない。
なにも考えたくなくて、仕事に没あたましているうちに、あっという間に夏になった。
もう来週末は裕紀の結婚式だ。
「加久田。
お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
昼休み、加久田をランチに連れ出し、ちょっと無理なことを頼んでみた。
「スーツ、貸して欲しい」
「はあ。
……って俺のですか!?」
加久田は鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔して、私のことみている。
「そう。
おまえの。
身長大体同じだし、問題ないだろ」
「いやいやいやいや。
そういう問題じゃないですって」
「じゃあどういう問題なんだ?」
「だからー、……まあいいや。
大体、なんに使うんですか?」
私の顔を少し見つめたあと小さくため息をついて、なにかを諦めて聞いてきた。
「ああ。
ひ……高城の結婚式に着ていこうかと思って」
「わざわざ?
男物のスーツを?」
「……だって、『男友達』として招待されたから」
「……はぁーっ。
わかりました。
週末、うちに取りに来てください」
仕方ないな、ってふうにちょっと笑い、加久田は了承してくれた。
持つべきは理解の早い部下だとつくづく思う。
「恩に着る。
今日のランチ代は持つから」
「いいですよ!」
「スーツのレンタル賃とでも思ってくれ」
「……わかりました。
ごちそうになります」
加久田と並んで店を出る。
戻って午後からの仕事に打ち込んだ。
週末。
私は加久田に指定された、駅前に立っていた。
ちなみに今日の服装は仕事用のシャツにジーンズ、靴はスニーカー。
……仕事用のシャツなのは理由がある。
髪も化粧もいつも通りだけど、眼鏡はプライベート用の黒セル眼鏡。
「お待たせしました」
「いや、用があるのはこっちだし。
休みの日に悪かったな」
「いえ、いきましょうか」
促されて並んで歩き出す。
今日の加久田はTシャツにジーンズ、上から半袖シャツを羽織って、靴はスニーカー。
いつものスーツよりも少し、幼く見える。
「ここです」
五分ほど歩いて、こぢんまりとした三階建てのアパートを示された。
階段を上がり二階へ。
招かれた部屋の中へ入る。
「どうぞ」
「おじゃまします」
1DKのその部屋の中は、うちなんかと違ってきれいに片付けてあった。
たぶんきっと、私みたいに「人が来るっ」って慌てて片付けたんじゃなくて。
普段からそうなんだろうと思わせる感じ。
「適当に座っててください。
いま、コーヒー淹れますから」
「気、遣わなくていいぞ。
あ、これ、おまえが好きだっていってた、
アルファリアのワッフル。
よかったら」
「先輩こそ、気、遣わなくてよかったのに。
じゃあ、あとで一緒に食べましょう」
「ああ」
なにげに本棚を見ると、男性がよく読む雑誌に混じって業界誌が数冊。
……ちゃんと勉強しているんだな。
そう思うと上司としては嬉しくなる。
淹れてくれたアイスコーヒーを飲んで、加久田が出してくれたスーツを洗面所で試着した。
……仕事用のシャツを着てきたのはこのため。
ワイシャツまで借りる訳にはいかない。
「どーですかー?」
「んー?
裄が若干、長い。
ウェストも緩いけど……まあベルトで締めれば何とかなるだろ。
どうだ?」
「どうだっていわれても……。
先輩はそういうのでも、着こなしちゃうんですね……」
「……どういう意味だ?」
洗面所から出ると、ため息混じりの加久田の言葉が待っていた。
「それ、俺が持ってるなかで、一番細身のスーツなんです。
それでも先輩細いから……。
まあ、それでよければお貸ししますよ」
「……加久田だって、十分細いだろ」
「……俺は一応、男なんで。
……あ、失礼しました」
睨み付けると、失言、とばかりに謝ってきた。
確かに加久田は男で、私は女だ。
身長に差はなくても、どうしても体格差は出てしまう。
「まあいい。
これ、借りてくな」
「わかりました。
ネクタイはこの辺りでどうですか?」
「ああ、任せる。
おまえ、センスいいから」
……そう。
加久田はいつも、いい感じにスーツを着こなしている。
「そうですか?
というか先輩、結べますか?」
「莫迦にするな。
高校はネクタイだった」
「ならいいです。
あ、シャツはもしあれだったら、白シャツ買ってください。
千円ぐらいので十分ですから」
「わかった」
「あと、靴はどうするんですか?」
「ああ。
なんか知らんが、おあつらえ向きの靴が一足、げた箱の中で眠ってた。
……いつ買ったんだろうな?
あの靴?」
「知りませんよ。
まあ、ならよかったです」
スーツも決まり、加久田とふたりでワッフルを食べる。
会話は美咲ちゃんのこと。
加久田のことをなめきっているので、どうにかならないか、と。
……ほんと美咲ちゃんの加久田に対する態度はどうかと思うんだけど。
でも、他の人には礼儀正しいし。
加久田にだけ、ってのがなー。
もしかして、加久田のことが、好き、とか?
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