上 下
78 / 129
第12話 尚一郎と元カノ

2.療養所

しおりを挟む
着いたところは山の上の病院のようだった。

受付をすませると、案内もなしに迷わず尚一郎は進んでいく。
もう何度も、来ているのかもしれない。

目的の病室と思わしき前で足を止めると、尚一郎は一度、目を閉じて大きく深呼吸をした。
再び目を開けるとコンコンコンとドアをノックする。

「万理奈。
ひさしぶ……」

「いやーっ!」

云い終わらないうちに、悲鳴と共に飛んできた枕が尚一郎の顔にヒットし、眼鏡をずらす。

「いやっ、こないで!
いやーっ!」

悲鳴を上げながらベッドの隅で小さくなっている女性の病衣からのぞく、手足の大半はケロイドに覆われている。

「こないで、お願い、こないで……」

膝を抱えてガタガタと震えている女性に小さくはぁっとため息を落とすと、尚一郎は朋香を振り返った。

「行こうか」

「えっ、はい」

病室を出ていく尚一郎に、慌てて一応、女性にあたまを下げて続く。
女性は一度も、朋香の方を見ることがなかった。

「あの、いまのって」

「あれが万理奈。
もう自分のことすらわからないのに、僕だけは認識してる」

尚一郎を認識してあれだけ怯えるなどと、彼女と尚一郎の過去になにがあったのか気になった。
そのまま、尚一郎に連れられて食堂のようなところにきたが、閑散としていて人ひとりいない。

「ここはいつも、こんな感じなんだよ。
療養所で外来はないし、見舞いに来る人も少ないからね」

「そうなんですか」

座ってて、そう云われて手近なテーブルに着くと、尚一郎が自動販売機からコーヒーを買ってきて目の前に座る。

「さて。
僕と万理奈が付き合うまでの話はしたよね。今度は、僕と万理奈が別れて、万理奈が壊れるまでの話をするよ」

悲しそうに笑う尚一郎に、胸にナイフが刺さったかと思うほどに痛みが走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長、嫌いになってもいいですか?

和泉杏咲
恋愛
ずっと連絡が取れなかった恋人が、女と二人きりで楽そうに話していた……!? 浮気なの? 私のことは捨てるの? 私は出会った頃のこと、付き合い始めた頃のことを思い出しながら走り出す。 「あなたのことを嫌いになりたい…!」 そうすれば、こんな苦しい思いをしなくて済むのに。 そんな時、思い出の紫陽花が目の前に現れる。 美しいグラデーションに隠された、花言葉が私の心を蝕んでいく……。

ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした

瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。 家も取り押さえられ、帰る場所もない。 まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。 …そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。 ヤクザの若頭でした。 *この話はフィクションです 現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます ツッコミたくてイラつく人はお帰りください またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

義父の借金でやくざに売られそうになりましたが、幼馴染みの若衆頭が助けてくれました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

あなたを失いたくない〜離婚してから気づく溢れる想い

ラヴ KAZU
恋愛
間宮ちづる 冴えないアラフォー  人気のない路地に連れ込まれ、襲われそうになったところを助けてくれたのが海堂コーポレーション社長。慎に契約結婚を申し込まれたちづるには、実は誰にも言えない秘密があった。 海堂 慎 海堂コーポレーション社長  彼女を自殺に追いやったと辛い過去を引きずり、人との関わりを避けて生きてきた。 しかし間宮ちづるを放っておけず、「海堂ちづるになれ」と命令する。俺様気質が強い御曹司。 仙道 充 仙道ホールディングス社長  八年前ちづると結婚の約束をしたにも関わらず、連絡を取らずにアメリカに渡米し、日本に戻って来た時にはちづるは姿を消していた。慎の良き相談相手である充はちづると再会を果たすも慎の妻になっていたことに動揺する。 間宮ちづるは襲われそうになったところを、俺様御曹司海堂慎に助けられた。 ちづるを放っておけない慎は契約結婚を申し出る。ちづるを襲った相手によって会社が倒産の危機に追い込まれる。それを救ってくれたのが仙道充。慎の良き相談相手。 実はちづるが八年前結婚を約束して騙されたと思い込み姿を消した恋人。そしてちづるには誰にも言えない秘密があった。

処理中です...