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第六章 俺がオマエを死なせない

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「大丈夫だ、あのばばぁは殺しても死なねぇ」

伶龍が呆れたような笑みを浮かべる。

「……そうだね」

そうやって彼が、私を元気づけてくれているのがわかった。
そうだ、祖母がこれくらいで死んだりするわけがない。

「伶龍。
私たちでやるよ」

じっと、目の前に壁のように立ち塞がっている穢れを見据える。

「光子は待たなくていいのかよ」

「うん」

落ちていた、祖母の矢を拾って立ち上がる。
曾祖母は確かに往年の英雄だが、現場に出なくなって久しい。
それに年も年だ、さっきよりも厳しい戦いになるはず。
なら、私がやればいい。
それに、なぜかできそうな気がしていた。

「私たちでやろう」

「了解」

にやりと不敵に笑い、伶龍が私の隣に立つ。

「オマエは矢を射るのだけに集中しろ。
足は全部、俺が防いでやる」

「任せた」

「よしっ、やるぞ!」

伶龍が跳躍し、迫ってくる足へと向かっていく。
私は弓に矢をつがえ、ぎりぎりと引き絞った。
だが、どこに打っていいのかわからない。
やみくもに打っても、矢を無駄にするだけだ。
その姿勢でじっと狙いを定めていると、穢れ本体の中になにかが見えた気がした。

「み、える……?」

蟲でできた分厚い壁の向こう、赤く輝く点が見える。
もしかしてあれが、核なんだろうか。
そう信じて、それめがけて矢を打った。
放たれた矢は目標に向かって蟲たちの中を勢いよく進んでいく、しかしそれはすぐに、失速して止まった。
進んだ分、蟲が散って穴があいたが、祖母よりは小さい。
やはり、私ではダメなんだろうか。

「翠、諦めんな!」

向かってきた足を、伶龍が刀ではじき返す。
そうだ、ここで弱気になってはダメだ。
なんとしても穢れを倒すんだ。

「ごめん!」

短く謝り、再び矢をつがえる。
威力が弱いのなら、蟲が戻るよりも早く、何度も射るだけだ。
それに速射なら、祖母から褒められている。

赤く光る一点に向かうよう、集中してできるだけ早く矢を射る。

「翠!」

そのうち、曾祖母と春光が私たちのもとへ辿り着いた。

「大ばあちゃん!」

返事をしながらも矢を射続ける。
もしかして変われと言われるだろうか。

「アンタがやんな!
わたしゃ援護するよ!」

少しのあいだ私の様子を見たあと、祖母は弓をかまえて向かってくる足の軌道を変えた。

「うん!」

それを視界の隅に収めながら、引き続き矢を射る。
たぶん曾祖母は、私が見えているのに気づいたのだろう。

少しずつ、しかし確実に、蟲の穴は大きくなっていく。
そのあいだ、伶龍が、曾祖母が、春光が私を守ってくれた。
けれど曾祖母はやはり、そろそろ限界が近い。
早く、核を壊さなければ。

「あとすこ……しっ!」

放った矢が蟲の中へめり込み、ようやく核が露出した。

「伶龍!」

「おう!」

私のかけ声とともに、伶龍が穢れに向かって跳躍する。
御符をセットした矢をつがえ、弓をかまえた。

――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーん!

矢を放った瞬間、ものすごい咆哮とともに穢れの足がこちらへと向かってくる。
伶龍が狼狽えた顔でこちらを見たが、黙って首を振った。
すぐに頷き、彼が引き締まった表情になる。

「ぐわっ!」

防ごうとしたが力が足らず、曾祖母と春光が足に吹っ飛ばされる。
足が私へと迫ってくるが、矢の射すぎで手からは血が流れ、もう弓を引く力すら残っていない。

……ああ。
今度こそ死ぬのかな。

遙か先にいる、伶龍へ視線を向ける。
そこでは泣き出しそうな表情で彼が、核を切るところだった。

……まさか、核が三つあるとかないよね。

静かに目を閉じ、そのときを待つ。
しかし、いくら待っても痛みはこない。
おそるおそる目を開けると、私に覆い被さる伶龍が見えた。

「絶対に俺が、翠を死なせねぇって言っただろ?」

右の口端をつり上げ、彼がにぃっと笑う。

「れい……りょう?」

彼の胸からは穢れの黒い足が、赤く濡れて光って生えていた。

「オマエが無事なら、それでいい」

私の頬を撫で、眼鏡の下で伶龍が目尻を下げて優しげに笑う。

「……ダメ。
ダメだよ、伶龍!」

穢れの足が、次第に消えていく。
すべて消え去ったとき、ぱきんと伶龍が折れる音がした。
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