料理音痴

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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料理音痴

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……朝起きたら。
知らないベッドの中だった。

……というか、ここどこ?

起き上がって服を着ていないことを確認。

……あー、これってやっちまったパターン?

えっと昨日は……。

補佐についている営業社員と、取引先に振り回されて噴火寸前で。

そんな私を見かねた同期の真理まりが飲みに誘ってくれて、ついでにその辺にいたやっぱり同期の坂下さかしたも一緒に飲みに行って。

あーなんかすっごい、ぐちぐち悪いお酒だったな。
無口であんま喋んない、坂下にも絡んで。
悪いことしたなー。

……で。
ここはどこなわけ?

ホテルじゃないのは理解できる。
誰かの部屋、だ。

しかも男。

隣で寝ていてくれれば誰か確認のしようもあるのに、もうすでに起きているのかも抜けのからで。

とりあえず、その辺に散らばっている自分の服を着て、寝室を出た。

「あ。
……おはよ」

「……」
 
誰もいなかったら、そのまま帰ってしらばっくれてやろうと思ったのに、キッチンに立っていた坂下と目が合った。

……ここ、坂下の部屋なんだ。
いやいや、そんなことじゃなくて。

なにかいってほしいところなのに、坂下はなにもいわない。
彼はコンロの方に向き直り調理を再開した。

……いい匂い。
お味噌汁、かな。

さっさと帰ってしまえばいいのに、なぜかその匂いに後ろ髪を引かれて帰ることができなかった。

間抜けにもつったまま、坂下が料理しているのを見ていた。

手際よく、坂下はテーブルの上に料理を並べていく。

……焼き鮭。
温泉玉子。
ほうれん草のおひたし。
具のたくさん入ったお味噌汁。
つやつやのごはん。

「……」
 
テーブルについた坂下が、つったままの私を見つめる。

目の前には二人分の食事。

座れ、そういわれた気がしてその前に座った。

「……」
 
手を合わせ、坂下は無言で食べはじめた。
一瞬、悩んだけど、食べていいのだろうと箸を掴んで私も食べはじめる。

「……おいしい」
 
お味噌汁はインスタントじゃなくて、ちゃんとだしから取ってあった。
普段食べないお野菜がいっぱい。
ごはんは買ってきたのと違って、炊きたてでほかほか。

……こんな、誰かの作ったごはん、久しぶり。

料理音痴とめんどくさがりが災いして、私の普段の食事はコンビニ弁当だ。
実家にも滅多に帰らないから、手料理なんて食べる機会はほとんどない。

「……おい、しい」
 
気が付いたら、涙がぽろぽろ零れていた。

……ああそうか。
私ずっと、ひとりで張り詰めていたんだ。

泣いている私に坂下はなにもいわない。
部屋の中は食事をする音と、私が時々鼻を啜る音だけ。

「……ごちそうさま」
 
結局、全部完食してしまった。
やっぱり坂下は黙ったままだ。

「ごめんね、ほんと。
迷惑掛けて。
朝ごはんまでほんと。
……ありがとう」
 
玄関で靴を履き、笑顔で坂下を見上げる。
こんなふうに笑えるのは、たぶん坂下が朝ごはんを食べさせてくれたからだ。

「……いつでも、メシ、食いにこい」

「えっ?
……あ、うん」
 
なぜか視線を逸らした坂下の真意はわからなかったけど……。
そういってくれたことが嬉しかった。



それから。
坂下の言葉に甘えて、時々ごはんを食べに行った。

嫌いなものだけ聞かれて、あとはいつもおまかせ、だ。
なにが出てくるかはその日のお楽しみ。

一度、いつも作ってもらうのは悪いので手伝ってみたのだけれど……。

「……二度と料理するな」
 
珍しく口を開いた坂下に、そういい渡された。
 

今日も坂下のうちで、ごろごろソファーで雑誌を読みながら、ごはんができるのを待っている。

……捲られた袖から覗く、たくましい腕。
長身の坂下によく似合う、黒のエプロン。
料理している、真剣な顔。

毎度のことながら、ドキドキする。

……もう誤魔化しようがないけれど、私は坂下のことが好きになっていた。

奴は無口だけど、それは決して嫌じゃない。
むしろ、居心地がいい。
ずっと一緒にいたい、とか思ってしまう。

まあ、胃袋をがっちり握られてるからというのもあるけど。

……しかし。
坂下にとって私はなんなんだろう。

ベッドの中で目覚めてしまったあの日以降、そういうことはない。
部屋に行っても、ごはんを食べさせてくれて、デザートまでそのあと食べて。

極々たまに、借りてきたDVDなんか見て。

はい、さようなら、だ。

坂下から見ると私は、その、……女じゃないんだろうか。

料理すら、できないし。

そんなことを考えると悲しくなってくる。

「……いただきます」

「……」
 
ちょっとだけいじけた気分でテーブルにつくと、坂下が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「なんでもない、から。
ほら、たべよ?
やっぱ夏はそうめんだよね」

「……」
 
まだ不審そうな坂下を無視して料理に箸をつける。

……ごはんを食べるときくらい、こんなことは考えちゃダメ。

「ごちそうさまでしたー」

「……」
 
食事が終わり、一緒に片付けをする。

坂下が洗って私がすすぐ。
料理はできないけど、片付けくらいはできるから。
ふたり並んでいるこの時間は結構好きだ。

「ずっとこうしていたいな」

「……」

「えっ、あ、ごめん。なんでもない」

「……おまえにだったら一生メシ、
作ってやる」

「……!」
 
思わず見上げると、坂下の顔は真っ赤になっていた。

「それってそういう意味?」

「……」

「好きってことでいいの?」

「……」

「しかも、結婚してくれるって」

「……」

「ねえってば!」

「……返事」
 
……一切否定されなかったってことは。
いいんだよね、そういうことで?

「うん。
よろしくお願いします」

「……」
 
返事はない。
けど、坂下の顔は嬉しそうに笑っていた。


【終】
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