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第8章 ピアス
2.外泊
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「んー……。
いま、何時……?」
枕元を探り、携帯を掴む。
時間を確認したら、起きるにはまだ早かった。
二度寝を決めこもうとして……違和感に、気づいた。
「……?」
もそもそと起き上がり、辺りを見渡す。
あきらかにそこは、私の部屋ではなかった。
寝ていたのはいつもの狭いシングルベッドじゃなく、広いクイーンサイズのベッド。
白を基調にした清潔な部屋は、おしゃれな映画にでも出てきそうだ。
というか、ここ、どこ!?
慌ててベッドを抜け出て、部屋を出る。
着ていた服は昨日のままで、ただしそのまま寝ていたのでしわしわだ。
「おー、羽坂、起きたのか」
ソファーから起き上がった池松さんがボリボリとあたまを掻いている。
彼の方はTシャツにハーフパンツと、家着のようだった。
「お、おはようござい、……ます」
なんだかばつが悪く、きょときょとと視線が泳ぐ。
「んー、シャワー浴びてこい?
着替えは……」
立ち上がった池松さんは私が出てきた部屋へ消えていった。
少しして服を抱えて戻ってくる。
「妻のだが、未使用だからいいだろ。
風呂はそこ、だから」
「ありがとう、ござい、……ます」
渡された服を持って、示された浴室へ急ぐ。
戸を閉めるとはぁーっとため息が落ちた。
……ここ、池松さんの家なんだ。
なんで自分が、池松さんの家にいるのかわからない。
いやきっと昨晩、酔い潰れてしまって迷惑かけたというところか。
「……最悪」
服を脱ぎながら、ふと手が止まる。
「私、昨日、池松さんと……キス、した?」
自分からあの薄い唇に自分の唇を重ねたのはかろうじて覚えている。
思い出すとあまりにも大胆な行動に、顔から火を噴いた。
「でも、池松さん……」
そっと、自分の唇に触れてみる。
応えてくれたあれ、は夢だったんだろうか。
「とにかく。
これ以上、迷惑なんてかけられないから」
慌てて現実に戻り、シャワーを浴びる。
昨晩のことなど洗い流すかのように、ごしごし身体をこすった。
「シャワー、ありがとうございました……」
池松さんの出してくれた服は、奥さんのだと言っていたが私にぴったりだった。
「おう。
化粧もするだろ?
鏡台の上に適当に並べておいたから、使ってくれ」
「ありがとう、ございます……」
寝室の鏡台の上には、未使用の化粧品がいくつも並べてあった。
「これ、けっこうお高い奴だけどいいのかな……」
いいもなにもすっぴんで会社へ行くわけにはいかないし、仕方ない。
化粧品を借りてメイクを済ませる。
私が再び寝室から出る頃には、いい匂いが漂っていた。
「化粧品、ありがとうございました。
その、あれ……」
「ああ、いいんだ。
妻はいつも、買うだけ買って使わないから。
気に入ったのがあるなら、持って帰っていいぞ」
「はぁ……」
本人の了承なく持って帰っていいのだろうか。
いや、よくない。
「朝メシ、食うだろ」
「……はい」
勧められてダイニングの椅子に座る。
テーブルの上にはごはんにお味噌汁、それに焼き鮭と玉子焼き、ほうれん草のおひたしと、まるで旅館の朝ごはんのような食事が並んでいた。
「いただきます」
お味噌汁は出汁がよくきいていて、飲み過ぎた翌朝の身体に染みる。
「その。
……昨日」
「ああ。
住所聞く前に君が酔い潰れて寝落ちしてしまったから」
「でも、あの」
あの、キスは?
聞きたいけれど口からは出てこない。
「君が寝落ちしたから仕方なく、うちに連れてきた。
それだけ、だ」
真っ直ぐに池松さんが私を見つめる。
それ以上、なにもなかったんだと私に認めさせるように。
「……はい」
「うん」
私が頷き、池松さんもそれでいいんだと短く頷いた。
沈黙が辺りを支配する。
それに耐えられなくて、口を開いた。
「あの。
奥さん、は」
「さあな。
どっかの男のところにでも泊まってるんじゃないか」
なんでもないかのように池松さんはずっ、とお味噌汁を啜った。
「あ……。
すみま、せん」
「別に羽坂があやまるようなことじゃないから」
再び、沈黙が訪れる。
ただひたすら黙って、食事を口に運んだ。
「ごちそうさまでした」
「ん。
おそまつさん」
朝食が終わり、池松さんは後片付けをはじめた。
「あの、手伝います」
「いいから、座っとけ。
それより二日酔いは大丈夫か。
って、あんだけ食えたら平気か」
「ご迷惑をおかけしました」
苦笑いの池松さんへ私も苦笑いで返し、お言葉に甘えてソファーに座る。
携帯にはいくつも大河からメッセージが入っていた。
【ごめん、ちょっと布浦うっとうしくて外出てた】
【池松係長が送っていったらしいけど、ちゃんと帰り着いた?】
【もしかしてもう、寝てる?】
【詩乃いま、どこいるの?】
【まさか池松係長と一緒だなんてないよね】
【大丈夫だって信じてるけど】
【詩乃いま、どこにいるの?】
心配している大河へ、返信を打ちかけて指が止まる。
昨晩、私は池松さんの家に泊まった。
それだけならまだいい。
池松さんはなかったことにしようとしたけれど、キスしたのは事実だ。
そんなの――大河に説明できない。
いま、何時……?」
枕元を探り、携帯を掴む。
時間を確認したら、起きるにはまだ早かった。
二度寝を決めこもうとして……違和感に、気づいた。
「……?」
もそもそと起き上がり、辺りを見渡す。
あきらかにそこは、私の部屋ではなかった。
寝ていたのはいつもの狭いシングルベッドじゃなく、広いクイーンサイズのベッド。
白を基調にした清潔な部屋は、おしゃれな映画にでも出てきそうだ。
というか、ここ、どこ!?
慌ててベッドを抜け出て、部屋を出る。
着ていた服は昨日のままで、ただしそのまま寝ていたのでしわしわだ。
「おー、羽坂、起きたのか」
ソファーから起き上がった池松さんがボリボリとあたまを掻いている。
彼の方はTシャツにハーフパンツと、家着のようだった。
「お、おはようござい、……ます」
なんだかばつが悪く、きょときょとと視線が泳ぐ。
「んー、シャワー浴びてこい?
着替えは……」
立ち上がった池松さんは私が出てきた部屋へ消えていった。
少しして服を抱えて戻ってくる。
「妻のだが、未使用だからいいだろ。
風呂はそこ、だから」
「ありがとう、ござい、……ます」
渡された服を持って、示された浴室へ急ぐ。
戸を閉めるとはぁーっとため息が落ちた。
……ここ、池松さんの家なんだ。
なんで自分が、池松さんの家にいるのかわからない。
いやきっと昨晩、酔い潰れてしまって迷惑かけたというところか。
「……最悪」
服を脱ぎながら、ふと手が止まる。
「私、昨日、池松さんと……キス、した?」
自分からあの薄い唇に自分の唇を重ねたのはかろうじて覚えている。
思い出すとあまりにも大胆な行動に、顔から火を噴いた。
「でも、池松さん……」
そっと、自分の唇に触れてみる。
応えてくれたあれ、は夢だったんだろうか。
「とにかく。
これ以上、迷惑なんてかけられないから」
慌てて現実に戻り、シャワーを浴びる。
昨晩のことなど洗い流すかのように、ごしごし身体をこすった。
「シャワー、ありがとうございました……」
池松さんの出してくれた服は、奥さんのだと言っていたが私にぴったりだった。
「おう。
化粧もするだろ?
鏡台の上に適当に並べておいたから、使ってくれ」
「ありがとう、ございます……」
寝室の鏡台の上には、未使用の化粧品がいくつも並べてあった。
「これ、けっこうお高い奴だけどいいのかな……」
いいもなにもすっぴんで会社へ行くわけにはいかないし、仕方ない。
化粧品を借りてメイクを済ませる。
私が再び寝室から出る頃には、いい匂いが漂っていた。
「化粧品、ありがとうございました。
その、あれ……」
「ああ、いいんだ。
妻はいつも、買うだけ買って使わないから。
気に入ったのがあるなら、持って帰っていいぞ」
「はぁ……」
本人の了承なく持って帰っていいのだろうか。
いや、よくない。
「朝メシ、食うだろ」
「……はい」
勧められてダイニングの椅子に座る。
テーブルの上にはごはんにお味噌汁、それに焼き鮭と玉子焼き、ほうれん草のおひたしと、まるで旅館の朝ごはんのような食事が並んでいた。
「いただきます」
お味噌汁は出汁がよくきいていて、飲み過ぎた翌朝の身体に染みる。
「その。
……昨日」
「ああ。
住所聞く前に君が酔い潰れて寝落ちしてしまったから」
「でも、あの」
あの、キスは?
聞きたいけれど口からは出てこない。
「君が寝落ちしたから仕方なく、うちに連れてきた。
それだけ、だ」
真っ直ぐに池松さんが私を見つめる。
それ以上、なにもなかったんだと私に認めさせるように。
「……はい」
「うん」
私が頷き、池松さんもそれでいいんだと短く頷いた。
沈黙が辺りを支配する。
それに耐えられなくて、口を開いた。
「あの。
奥さん、は」
「さあな。
どっかの男のところにでも泊まってるんじゃないか」
なんでもないかのように池松さんはずっ、とお味噌汁を啜った。
「あ……。
すみま、せん」
「別に羽坂があやまるようなことじゃないから」
再び、沈黙が訪れる。
ただひたすら黙って、食事を口に運んだ。
「ごちそうさまでした」
「ん。
おそまつさん」
朝食が終わり、池松さんは後片付けをはじめた。
「あの、手伝います」
「いいから、座っとけ。
それより二日酔いは大丈夫か。
って、あんだけ食えたら平気か」
「ご迷惑をおかけしました」
苦笑いの池松さんへ私も苦笑いで返し、お言葉に甘えてソファーに座る。
携帯にはいくつも大河からメッセージが入っていた。
【ごめん、ちょっと布浦うっとうしくて外出てた】
【池松係長が送っていったらしいけど、ちゃんと帰り着いた?】
【もしかしてもう、寝てる?】
【詩乃いま、どこいるの?】
【まさか池松係長と一緒だなんてないよね】
【大丈夫だって信じてるけど】
【詩乃いま、どこにいるの?】
心配している大河へ、返信を打ちかけて指が止まる。
昨晩、私は池松さんの家に泊まった。
それだけならまだいい。
池松さんはなかったことにしようとしたけれど、キスしたのは事実だ。
そんなの――大河に説明できない。
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