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第6章 ペアリング

3.ペアリング

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ランチがすんでファッションビルをうろうろ。
買う気はないが洋服店を覗いて回る。

「あ、こんなの似合うんじゃないかな」

ラックから選び出した服をとっかえひっかえ私に当てては宗正さんはご満悦だ。

洋服店まわりは宗正さんにとって市場調査を兼ねていて仕事の一環でもある。
やはり仕事外にひとりでレディースファッションのお店に入るのはハードルが高いらしい。

「詩乃と一緒だと気兼ねなく見て回れるから助かるー」

嬉しそうに宗正さんが笑い、私も笑ってしまう。
仕事だからって言ってるけど、本当は好きなんじゃないかなーって思う。

「アクセサリーも見ようよ」

軽く引きずられるように、目に付いたアクセサリー店に連れて行かれた。

「詩乃ってピアス?」

「イヤリング。
その、……穴をあけるの怖くて」

意味もなく耳のイヤリングをさわりながら答えてしまう。

イヤリングよりピアスの方が安くて可愛いのが多いから、一度はピアッサーを買ってチャレンジしようとしたのだ。
けれど耳には当てたものの恐怖には勝てず、そのまま家のどこかに眠っている。

「……ぷっ。
そういうの、詩乃らしい」

いま吹き出しかけましたよね?

そういうのはちょっとムッとする。

「……大河もやってみればいいんだよ」

ぷーっと頬を膨らませてジト目で睨んだら、宗正さんはわたわたと慌てだした。

「ごめんごめん。
イヤリング、気に入るのあったら買ってあげるから、許して?」

急いで拝まれると悪い気はしない。

「……許す」

「よかったー」

ぱーっとみるみるうちに顔が輝き、見えないしっぽがふりふりしている宗正さんは可愛い。
というか私、宗正さんに甘くない?

お店の中を見ていると指環のコーナーが目に入ってきた。

ペアの指環につい、池松さんの指環を思い出してしまう。
なんの飾りもないシンプルなプラチナの指環は、奥さんの趣味なんだろうか。

「指環かー。
女除けにつけてみるかな」

冗談めかして笑う、宗正さんの瞳の奥は全く笑っていない。

「……冗談だよ」

ぼそっと私の耳元で囁いた宗正さんを見上げると、もうすでになんでもない顔で別のところを見ていた。
宗正さんがひとりで指環をつけたって、社外はいいが社内では意味がないのだ。

――付き合っていることになっている、私が一緒につけないと。

宗正さんと一緒にイヤリングを見ながら考えてしまう。

もし、もしも。

私が宗正さんとペアの指環をつけたなら。

――池松さんはどうするんだろう。

少しくらい、嫌な気持ちになって欲しい……というのは私の希望だ。
きっと池松さんは私たちがそこまでの関係なんだってさらに安心するだろう。
そうなればたぶん、いまよりももっと前の関係に戻れる……はず。

でもそれは宗正さんの気持ちを利用した、最低の行為だ。
いまだって宗正さんの気持ちを知っていながら、甘えている。
これ以上の甘えは許されないのはわかっている。

しかし私とペアの指環をつければ宗正さんは、無駄に媚びを売ってくる女性を相手にしなくてよくなるのだ。
私は池松さんの安心を得られ、宗正さんも女除けになるんだったら、ウィンウィンでいいんじゃないのか。

「これとか似合うんじゃないかな?」

私の気持ちなんか知らずにイヤリングを私の耳元に当ててみながら、宗正さんは無邪気に笑っている。

「……大河」

「詩乃?
どうしたの?」

イヤリングを棚に戻し、宗正さんは心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「指環、買お?
お揃いの」

「……自分がなに言ってるかわかってる?」

いつもはほやほや軽いのに、宗正さんの声はずっしりと重い。

「わかってるよ。
でも大河は女除けになるし、私にだってメリットはある。
……だから」

都合のいい詭弁だってわかっている。
けれど私はその保険が欲しかったのだ。

「……わかった」

宗正さんは私の手を掴んで店を出ていく。

「大河!
指環買うんじゃないの!?」

「買うよ?
でもペアの指環を買うってことがオレにとってどういう意味か、詩乃にわかって欲しい」

ビルも出て宗正さんが私を連れていったのは、ハイブランドまではいかないが、ブライダルジュエリーも展開しているブランドショップだった。

「どれがいい?」

ショーケースの中には、片方だけでさっきのお店のペアを買っても優にお釣りがくるリングが並んでいる。

「やっぱり……」

「詩乃はどんなのが好き?
……あ、これ、見せてもらえますか」

宗正さんは私の話なんか聞かずに指環を選びはじめた。

笑っている、けど確実に宗正さんは怒っている。
ここまできてやっと、自分の軽率な考えを反省した。

宗正さんにとってペアの指環をつけるというのは女除け以上に大切な意味がある。

なんでそれを考えなかったのか、自分が情けなくなる。
ほんとに私は……最低な女だ。

「……大河。
私みたいな最低な女に、そんな指環買うことないから」

俯いた視界に宗正さんに握られた右手が滲んで見えた。

「もう遅いよ、買うって決めたから。
詩乃には俺の気持ち、しっかり受け取ってほししい」

離そうとした右手は指を絡めて逃げられないように、ぎゅっと握り直された。
涙がこぼれ落ちそうになって、慌てて鼻を啜って顔をあげる。

「……わかった」

目の合った宗正さんはいつもの可愛い顔じゃなく、凛とした顔をしていた。
その顔に心臓が切なげにぎゅっと締まる。

……どうして私は、この人を愛せないんだろう。

「ほら、これちょっとはめてみて。
あ、でも、それよりこっちがいい?」

気持ちを切り替えるようにぱっと宗正さんが笑い、担当についていた女性店員がすんと軽く鼻を啜った。
もしかして一連の流れで、恋愛ドラマなんかでよくあるいい話と勘違いされたんだろうか。

「ありがとうございましたー」

見送る店員の顔にはあきらかにお幸せにって書いてあって大変申し訳ない。


店を出て近くのカフェに入った。

「アイスティで」

店員を呼んだというのに宗正さんはまだ、メニューを睨んでいる。

「アイスコーヒーと……このレアチーズベリーパンケーキと、シトラスヨーグルトパンケーキ。
以上で」

「かしこまりました」

店員がメニューを下げていなくなり、宗正さんはぶーっと唇を尖らせた。

「詩乃また遠慮したー。
遠慮禁止ー。
……でもそういうところが好きなんだけど」

眩しそうに目を細めてうっとりと見られると、頬に熱があがっていく。
なにも言えなくなって俯く。
すっと、目の前にさっき買った指環のケースを置かれた。

「手、貸して?」

「あ、うん」

テーブルの上に差し出した右手はプルプルと震えている。
それなのに。

「違うよ、左手」

「え?」

「早く」

戸惑っている私を無視して宗正さんに急かされ、こわごわ右手と左手を交換する。

「オレはそれだけ、本気だってことだから」

ケースからダイヤの付いている方の指環を出し、宗正さんは私の左手の薬指にはめた。

「詩乃にはこの指環を見るたび、思い出してほししい」

残りの指環は宗正さんが自分で同じく左手薬指につけた。

左手が妙に重い。

――自分の犯してしまった過ちが。

「さ、まじめ話はここまでにしよ?
ほら、パンケーキ、おいしそうだよ」

宗正さんが話を切り上げ、ちょうど店員がパンケーキを運んできた。
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