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第5章 誤解と打算

2.名前呼びの関係

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お昼休みになって池松さんがこっちに向かってくるのが見えたから、その前に立ち上がる。

「宗正さん、コンビニ行きますよね?
私も一緒に行きます」

昨日の花火大会で疲れたのもあって、今朝はお弁当を作る気力がなかった。
当然、お弁当バッグは持ってきていないので、池松さんは気づいているはず。

「なに?
詩乃、今日、お弁当持ってきてないの?
なら外ランチ行こうよ」

「……!」

「……!」

宗正さんが私を詩乃と呼び、あたりがざわめいた。

「……大河」

代表するように立ち上がった、布浦さんの地を這うような声が怖い。

「前から気にはなってたけど、羽坂さんと付き合ってるの?」

笑顔の布浦さんの、口端がぴくぴくとひきつっている。

「なんでそんなこと答えなきゃいけないの?
オレが誰と付き合おうと、布浦には関係ないよね」

にっこりと笑顔を作って正論を吐く宗正さんは……はっきり言って怖すぎます!

「関係あるよ!
私は大河のこと、す」

「す?」

自分がなにを言おうとしているのか気づいたのか、布浦さんが言葉を途切れさせる。
さらに意地悪く宗正さんに笑われ、悔しさからか俯いてしまった。

「まあ、誰が誰と付き合おうと勝手だからな。
それに人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえともいうし。
……ほら、みんなさっさと昼休み行かないと、メシ食いっぱぐれるぞ!」

あたりを支配していた重たい空気が池松さんの明るい声で晴れていく。
きっかけを作るかのようにパンパンと手を叩かれ、完全に日常に戻っていた。

「詩乃、いこ」

「あ、はい」

手を引っ張られて俯いていた顔をあげる。
宗正さんは小さく頷いてくれた。


宗正さんにつれられてきたのは蔦の絡まる雑居ビルの二階にある、洋食屋さんだった。

「なんかごめんね、さっき」

「いいえ」

すまなそうに宗正さんは私に詫びてくれるけど、別に悪いのは宗正さんじゃ……あれ?

もしかして池松さんが間に入ってくれたからあれで収まったけど、あのままだったら前みたいな騒ぎになっていた……?

「お詫びに今日はおごるね」

「あの……」

「なに?」

真剣にメニューを見ていた宗正さんだけど、私の声で顔をあげる。

「その、さっきみたいなのはやめた方がいいかと……」

「あー……。
食べながら話そうよ。
時間、なくなっちゃうし」

「……はい」

誤魔化すようににっこりと笑われるとそれ以上なにも言えなくなって、私もメニューに視線を落とした。

「決まった?」

「はい」

「すみませーん」

少しして声をかけられ頷くと、宗正さんは店員を呼んだ。

「大人のお子さまランチのハンバーグと」

視線で促され、メニューから顔をあげる。

「本日のパスタで」

「かしこまり……」

「ちょっと待って!」

店員の声を遮る宗正さんの声に、私も店員もびくっと小さく、身体を跳ねさせてしまう。

「大人のお子さまランチ、ふたつ。
以上で」

「大人のお子さまランチふたつですね。
少々お待ちください」

店員がメニューを下げていなくなり、宗正さんはぶーっと唇を尖らせた。

「詩乃、遠慮しただろ。
オレは遠慮して欲しくなーい」

なんでわかってしまうんだろう。
ほんとは宗正さんの頼んだ、大人のお子さまランチが食べたかった。
でも普通の日のランチには少しお高くて、しかも宗正さんのおごりとなると遠慮した。

「でも、悪いですし」

「あー、池松係長が詩乃にかまいたがる気持ち、わかるー。
詩乃めっちゃ、可愛いもん」

身体をくねくね悶えられても、困る。

「それでさっきの話だけど」

急に話題を変え、宗正さんは姿勢を正して座り直した。

「オレ、嫌いなんだよね。
女に色目使ってこられるの。
森迫のオバサンの一件から愛想笑いやめてきっぱりとした態度とってるのに、そこがまたいいとかべたべたしてこられて迷惑してるの」

森迫さんの一件から態度を変えた宗正さんに、離れた女性も多い。
けれど熱狂的な信者としか呼べないような人間もいまだにいる。

「ほんとは付き合ってないんだからそう言ったほうがいいのはわかってるんだけど。
詩乃と付き合ってるって誤解してくれた方が諦めてくれるかなって。
……ほんと、ごめん」

真摯にあたまを下げられ、ううんと首を横に振った。

私が池松さんを好きだと知っても、泣きたいときは慰めてくれると言ってくれたのは宗正さんだ。
そんな宗正さんの役に立てるならばいい。

――けれど問題は。

「けど酷くない、あの人。
完全にオレたちが付き合ってるって誤解してさ。
少しは詩乃の気持ちを考えろってーの」

すぐに頼んだ大人のお子様ランチが出てきた。
ハンバーグにスパゲティ、エビフライにタコさんウィンナーと懐かしいものがおしゃれにのっていって、美味しそう。

宗正さんはがつっと目の前に置かれた、お子様ランチのプレートのハンバーグに、思いっきりフォークを突き立てた。

「で、でも。
池松さんは私の気持ちを知らないんですし……」

ほんとは池松さんは知っている、私の気持ち。
だからこそ、池松さんの中で私と宗正さんが付き合っているって確定されて、ほっとした顔をしていた。

「それも酷いって!
オレだってすぐ、詩乃が池松係長が好きだって気づいたのに。
ああいう無自覚が一番罪が重いんだよ。
今日だって詩乃をランチに誘おうとしてさ!」

ざくっ、いい音をさせて乱暴にエビフライに噛みついた宗正さんだけど、失礼ながらミニチュアダックスが黒ラブに歯を剥き出しにして威嚇しているようにしか見えなくて、かえって微笑ましい。

「……ぷっ」

「なーに笑ってんの?」

ジト目で睨まれ一瞬笑いも引っ込むが、やっぱりミニチュアダックスにしか見えないから無理。

「ふふふっ、だって私じゃなくて、ふふっ、宗正さんが真剣に、ふふふっ、怒ってくれるから」

笑っている私に宗正さんははぁーっと大きなため息を落とした。

「詩乃が元気になったんならいいけど。
あと宗正さん禁止、大河。
敬語も禁止」

この、頬を膨らませてぶーって唇を尖らせるの、癖なんだろうか。

「えー、でもいまは仕事中ですし」

「いまは昼休みだろ。
あ、でも、仕事中とプライベートのギャップも捨てがたい……」

真面目に悩んでいる宗正さんがおかしくてくすくす笑ってしまう。
おかげで会社を出るときの沈んだ気持ちは完全に浮上していた。
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