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第4章 ハードル

3.言われなくてもわかってる

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宗正さんが私にかまうようになってから気を遣ってか、池松さんはあまり私にかまわなくなった。
そういうのは私を悲しくさせる。

「羽坂ちゃん最近、元気ない?」

お昼ごはんを食べていたら、心配そうに宗正さんに顔をのぞき込まれた。

「え?
そんなこと、ないですよ」

無理に笑って笑顔を作る。

最近お昼は宗正さんと食べるようになっていた。
私のお弁当に合わせていつも、コンビニでおにぎりやなんかを買ってくる。

「そう?
羽坂ちゃんが元気ないと、オレ、悲しくなるんだよね。
そうだ今日、飲みに行かない?」

いつもにこにこ笑っている宗正さんは、本当はいい人だっていまは知っている。

「……考えておきます」

「羽坂ちゃんはいつもそれだよね」

少しだけ悲しそうに笑った宗正さんに針が刺さったように胸がチクリと痛んだ。

何度か食事やデートに誘われたが、一度だって応えたことはない。
それは宗正さんにとても失礼だと思うから。

「羽坂ちゃん」

食べ終わって休憩室の席を立つと、ぐいっと宗正さんの顔が寄ってきた。
なにをされるのか怖くて目を閉じたけれど。

「ストッキング、伝線してるよ」

こそっと耳元で呟かれ、目を開けたらいたずらっ子のように宗正さんが笑っていた。
慌てて足を見ると、右足の膝下から確かに伝線していた。

「あ、ありがとうございます」

一気に顔が熱を持つ。
こんなことを男性に指摘されるなんて恥ずかしい。

「いえいえ」

「ちょっとコンビニ、行ってきます」

「あ、オレも行くよ」

さっきコンビニに行ってきたばかりだというのに、宗正さんもついてくる。

「食後のコーヒー、飲みたくなってさ」

器用にぱちんとウィンクされ、社内の自販機でいいんじゃないかって言葉は飲み込んでおいた。


コンビニでストッキングを買うついでに小腹が空いたとき用のお菓子を見る。
アメのコーナーでパインアメと同じ会社から出ている、ラムネのアメを見つけた。

……もしかして、期間限定なのかな。

前にスモモのアメが期間限定なのだと池松さんは嬉しそうだった。
教えてあげたら喜んでくれる……?

「こんなの好きなんだ」

いつの間にか後ろに立っていた宗正さんにひょいっとラムネアメの袋を奪われた。

「ええ、まあ」

「へぇ、そうなんだ。
そういえば知ってる?
池松係長、しょっちゅうパインアメ舐めてるの」

知っているに決まっている。
池松さんはよく、私にパインアメをくれるんだから。

「なんかこう、おっさん臭いよね。
昭和って感じで。
いや、実際、おっさんなんだけど」

次の瞬間、持っていたストッキングで宗正さんを叩いていた。
唖然としている宗正さんを無視してその手からラムネアメを奪い、レジへと向かう。

「なに怒ってんの」

「……」

「ねえ!」

会計をすませ足早に店を出た私を宗正さんが追ってきて、肩を掴んで振り向かせた。

「……確かに池松さんはおじさんですけど。
そういう言い方は失礼だと思います」

池松さんを莫迦にする宗正さんに酷く腹が立っていた。
だいたい、ここの職場の人はみんな、池松さんを軽く見過ぎなのだ。

「池松さんだけですよ、社員さんに当たられてへこんでる私を励ましてくれたの。
いつもいつも気遣ってくださって。
池松さんを悪く言わないでください」

「その、……悪かったよ」

怒られたわんこのようにうなだれると、宗正さんは上目遣いで私をうかがってきた。
そういうのはなんか、言い過ぎたかなって気になってくる。

「わかったならいいんですよ」

「うん、ごめん。
それで。
……羽坂ちゃんは池松係長が好きなの?」

「……は?」

気を取り直して一歩踏み出した足が止まる。

緊張で震える身体でゆっくりと振り返ると、じっと宗正さんが私を見ていた。

「す、好きとかそんなんじゃなくて、ただ尊敬してるっていうか、そんな感じですよ」

声がみっともなく上擦る。
コンビニの袋を握る手はじっとりと汗ばんでいた。

「なら、いいんだ。
ほかの恋なら応援してあげられるけど、池松係長は無理だから。
だって、あの人は結婚してるからね」

目尻を下げてにっこりと宗正さんが笑い、ドスッと胸にナイフが刺さったような衝撃を感じた。

……宗正さんは知っていて、釘を刺した。

自分でもわかっているのだ、相手は好きになってはいけない相手だと。
けれど人から指摘されると、さらに悪いことをしている気持ちになった。
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