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第4章 ハードル

2.ミニチュアダックスVS黒ラブ?

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衣更えの時期も終わり、このあいだ池松さんに選んでもらったセットで出勤してみる。

「おっ。
それ、この前の服か」

「……はい」

すぐに気づいた池松さんがにやにや笑っている。

今日はオレンジのスカートのセットにしてみた。
派手かなとは思ったけれど、池松さんの言うとおり、上に羽織った黒のジャケットが落ち着かせてみせる。

「似合ってるじゃないか」

「……ありがとうございます」

池松さんに褒められると嬉しくて、頬に熱があがっていく。
それにそういう池松さんも濃紺のスラックスに細かいストライプの、ワイドカラーのボタンダウンシャツをあわせていて、おしゃれだ。

「あー、池松係長と羽坂ちゃんが仲良くしてるー。
オレも混ぜてくださいよー」

私と池松さんが話しているのを見つけた宗正さんがすぐに寄ってくる。
こっちは黒チェックのボタンダウンシャツで、相変わらずの可愛さアピールのようだ。

ちなみにふたりとも長袖を袖まくり派で、ポイント高し。

「なんの話してたんですか?
あ、今日の羽坂ちゃん、いつもと雰囲気違って可愛いね」

へらっと笑う宗正さんは計算だとわかっていても可愛い。
そういうところが女性に人気なのはわかる。

――けど。

同じ年くらいかと思ったら、三つも年上なのは驚いたけど。

「ありがとうございます」

宗正さんには愛想笑いを返しておく。
それくらい、この人の可愛いは軽いから。

あれから、宗正さんはちょくちょく絡んでくるようになった。
その意図がわからないほど、私だって鈍くない。
けれどこんな地味な私のどこがいいのか理解できなかった。

「羽坂ちゃん、今度デートしようよ、デート。
前に森迫のオバサンに襲われてここ怪我したの、オレのせいなのにお詫びしてないし」

ちょんちょん、うっすらと痕の残る私の左頬と同じ自分の左頬をつつき、目尻を下げてにっこりと宗正さんは笑った。

「……考えて、おきます」

ちらちらと池松さんをうかがってしまう。
所在なさげに立っていた池松さんだけど、目があうとよかったなとでもいうのかにこっと笑った。

ふたりがいなくなり、はぁっと小さくため息をつく。

池松さんにヤキモチを妬いてほししいとはいわない。

でも少しくらい宗正さんに迫られている私に不快になってくれると嬉しい、とか思うのは高望みなんだろうか。
せめて、デートを勧めるようなことはやめてほしい。
それに宗正さんにかまわれるのはそれはそれで問題があるのだ。

「悪いんだけどぉ、これの値札はずし手伝ってくれなぁーい?」

隣のあいている机に持ってきたパッキンをドン!と置き、その不快なしゃべり方と同じ顔でにたりと布浦さんは笑った。

今日は経費の締めで事務作業が忙しい。
できれば、余分な仕事は断りたい。

「あの……」

「暇でしょぅ?
男に媚び売ってる時間があるくらいなんだからぁ。
あ、それ、今日中だからぁ。
よろしくぅー」

にやぁっといやらしい笑みを布浦さんが浮かべ、心の中でため息をついた。
置かれた箱の中を見るとブラウスやスカートなんかならまだしも、キャミソールがパンパンに詰まっている。

……子供みたい。

宗正さんを狙っていたのは森迫さんひとりだけじゃない。
しかも彼女たちは森迫さんが異動という脱落をしたことによって、競争率が下がったと喜んですらいる。

……残業にならないようにきびきびやらないと。

私は猛然と、経費の処理からはじめた。



お昼休み返上でキーを叩いていたら、ガサゴソとコンビニの袋の音とともに誰かが私の傍で足を止めた。

「羽坂ちゃん、お昼行かないの?」

「ちょっと立て込んでいるので無理です」

画面から視線を逸らさず、声をかけてきた宗正さんに返す。

「んー、聞くけどさ。
おにぎりだったら食べながらできる?」

宗正さんはどういうつもりなのか、隣の席に座ってきた。

「まあ、できなくもないですけど」

いったい、なにが言いたいのだろう。
私としては一分一秒が惜しいので、さっさとどこかに行ってほししい。

「羽坂ちゃん、弁当だよね。
オレのおにぎりと交換しない?」

「……はい?」

キーボードの上で手が止まる。
思わず宗正さんを見ると、どうしてか星が飛びそうなほどきらきらした顔で私を見ていた。

「オレのおにぎりあげるからさ。
羽坂ちゃんのお弁当、オレにちょうだい?」

可愛く小首を傾げられても困る。
それでなくてもさっきから、じみーに刺さる視線を感じているのだ。
そんなことをしたらそこにおいてあるパッキンにさらにもう一箱か二箱、追加されかねない。

「あのー」

「どうでもいいけどさ。
オレ、人に無理な仕事を押しつける人間、嫌いなんだよねー」

わざとらしく宗正さんが大きな声を出した途端、集中していた視線が動揺した。
そのままぱらぱらと散っていき、すぐに私たちの方を見ている人間はいなくなった。

「ね、いいよね」

押し切るようににぱっと笑われたら断りきれない。
それに、いまのは助けてくれたんだと思うとなおさら。

「……はい」

引き出しからお弁当の入ったバックを出して渡す。
宗正さんは引き替えにコンビニの袋を渡してくれた。

ぱりぱりとパッケージを破っておにぎりを囓りながら作業を再開する。
宗正さんは机の上のパッキンをよけて、その場で私のお弁当を開けた。

「羽坂ちゃんのお弁当って美味しそうだね」

嬉しそうににこにこ笑いながらお弁当を食べられると恥ずかしくなってくる。

昨日、買って帰った、お総菜の唐揚げの残りを酢豚風にアレンジしたのと玉子焼き、小松菜の炒め物に彩りのミニトマト。
そんなに手の込んだものは作っていない。

「……褒めたってなにも出ないですよ」

「んー、オレは羽坂ちゃんの作った弁当が食べられるってだけで満足だけど?」

ぱたぱた振られている見えないしっぽが可愛すぎる。
池松さんを好きになっていなければ、よろめいたかもしれない。

「ごちそうさまでした」

宗正さんは完食して、行儀よく手を合わせた。

「羽坂ちゃん、美味しかった。
弁当箱は洗って返した方がいい?」

小首を傾げてくるのは計算なんだろうか。
あざとすぎる。

「別にそのままで……」

「羽坂ー、君、お昼……」

コンビニの袋を掲げた池松さんだったけれど、私の隣に座る宗正さんと、机の上に載ったままになっていたコンビニの袋に、言葉を途切れさせた。

「……昼メシは食ったみたいだな」

「……はい」

コンビニの袋を下ろして曖昧に池松さんが笑い、ひんやりと汗が出てくる。

「池松係長、遅いですよー。
オレがしっかり、羽坂ちゃんに昼メシ食べさせました」

宗正さんは笑っているけれど、目が笑っていない気がするのは気のせいだろうか。

「そうか。
よけいなお世話だったな」

違うんです、そう言いたいのに声にならない。
それに説明したところでそれは、私が池松さんが好きだと告白しているのにほかならない。

「……気を遣っていただいてありがとうございました」

ぎゅっと拳を強く握り、表情を見られたくなくて俯いた。
池松さんに誤解された、けれど説明できない自分が恨めしい。

「いや、よかったな」

そんな淋しげな顔で笑わないでください。
私と宗正さんはなんでもないんですから。

けれどいくら心の中で叫んだところで、池松さんには聞こえない。

――聞こえてはいけない。
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