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第3章 ……好き。

2.お礼のネクタイ

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がさがさとプリントを折りながら考える。

……お礼って、なにがいいんだろ。

手作りクッキー……とか一瞬考えたけど、高校生じゃないんだしと打ち消した。

無難なのはハンカチ、靴下、ネクタイあたり。

ネクタイとかいいなって思ったけど、ほかの女性からもらったネクタイを旦那さんが締めるのは、奥さんはよく思わないかな。
それに、ネクタイを送るってなにか意味があったような……。

「……さか。
羽坂」

「あっ、はい!」

ぼーっと考え込んでいたところに突然、声をかけられ、焦って返事をしてしまう。

「なにぼーっとしてるんだ?」

声のした方に視線を向けると、池松さんがにやにや笑いながら立っていた。

「……別に」

呼ばれているのに気づかないほど、考えていたなんて恥ずかしくて頬が熱くなる。

「それ、もう終わりそうだな」

私の机の上には先日、封筒詰めを頼まれたプリントが載っていた。
残りはもうさほどなく、今日中には終わりそうだ。

「そうですね。
もしかして、急ぎましたか?」

急がないから暇なときにやってくれとは言われていたけれど、本当は期限があったんだろうか。

「いや、助かった。
ありがとう。
それでだな、明日、お礼に一緒に昼メシ食いに行かないか」

そういえば封筒詰めを頼まれたとき、お礼にステーキのおいしいお店に連れて行ってくれるとか言っていたような。
でもほんとにいいのかな。

「遠慮するなっていつも言ってるだろ」

「いっ、たー……」

返事を迷っていたら、池松さんにデコピンされた。
痛むおでこを押さえて涙目で見上げると、八重歯を見せてにやりと笑う。

「明日は弁当、持ってくんなよ。
あとこれは今日のお駄賃」

突き出される拳に手を差し出す。
そこにいつものようにパインアメが乗せられた。

「ありがとうございます」

「うん」

くいっと眼鏡をあげる池松さんに、お礼はネクタイにしようと決めていた。



仕事が終わり、紳士服フロアに上がる。
アパレル商社なので当然、紳士服だってあるし、意外なところでは呉服部だってある。

「どれがいいのかな……」

お礼を社割りで買おうとしているのに若干の罪悪感は覚えるが、金額を押さえていいものが買えるのならそれに越したことはない。
それに池松さんはスーツやなんか一式、社販ですませていると言っていたので、趣味も合うはずだ。

「あれ、羽坂さんじゃん。
なにやってんの?」

ひょこっと棚の後ろから顔を出したのは、同じレディースファッション部で数少ない男性社員、宗正さんだった。

「……えっと」

人なつっこく笑う宗正さんに口ごもってしまう。

私はこの、宗正さんが苦手なのだ。

長めの前髪でマッシュヘア?にした宗正さんはちょっと幼く、可愛く見える。
だからか、部署の女性にはすごーく可愛がられているけれど。

――私にはそれが、計算に思えてならないのだ。

「なに?
彼氏に選んでるの?」

棚を回って私の隣に立った宗正さんはすごーく近かった。
肩なんかふれてしまうほどに。

「ええ、まあ……」

適当に返事をして口を濁す。
いっておくが私には現在、彼氏なんて存在しない。

「ええーっ、羽坂ちゃん、彼氏いるのー!?」

へなへなとわざとらしく崩れられても困る。
それに、私に彼氏がいようといまいと、宗正さんには関係ないのでは?

「ショックー。
羽坂ちゃん、うちの鬼婆たちと違って、可愛いのに」

やっぱりいつも、にこにこ笑って返しているのは計算なんですね。
それにさっきから、羽坂ちゃんって馴れ馴れしすぎます。
肩に置いた手も離してほしいです。

「あの、宗正さんはなにか用事があってここにきたのでは?」

どっかに行って欲しくて話を変えるけど、宗正さんが私の肩から手を離す気配はない。

「シャツ、買いに来ただけだし、もう用は済んだから」

そういえば宗正さんの脇にはシャツが一枚、挟まれている。
しかし、用が済んでいるとなれば、追い払うことができない……。

「ねえねえ、ネクタイ、オレに選ばせてよ」

後ろから顔を回してのぞき込まれ、思わず身体が仰け反った。
だって、唇がふれそうなほど近かったから。

「その、……自分で選びますので」

「いいじゃん、ほら。
どんな人?
年上、年下、それとも同い年?」

私を無視して宗正さんはうきうきとネクタイを選び出した。

そういうのは困る。
非常に困るけど、このままうだうだ悩んでいても自分で決められたとは思えない。

「……年上、です」

選ぶことで宗正さんが満足してこれ以上絡まれないのならいいし、決まらないのなら選んでもらうのもいいかもと諦めた。

「どれくらい年上?
ふたつくらい?
まさか、三十代とかないよね」

なんで彼氏が三十代だとまさかになるんだろうか。
よくわからない。

「……三十代後半です」

「えっ。
まさかの羽坂ちゃん、おじさん好き?」

「……」

ネクタイを選んでいた宗正さんの手が一瞬止まる。

さっきからまさか、まさかってちょっと失礼じゃないだろうか。
いや、別に私の彼氏が本当に三十代後半、という訳じゃないからいいけれど、本当にそうだったらさすがにムッとしていただろう。

「ま、まあ、好みは人それぞれだもんね。
それで、どんな感じの人?」

無言の私にまずいことを言ったと思ったのか、取り繕うように言うと宗正さんは再びネクタイを選び出した。

「……サーモントブローの眼鏡がよく似合う、笑うと可愛いおじさんです」

「……えっ」

また手を止めると、宗正さんはおそるおそるといった感じで振り返った。

「……それってもしかして、池松係長?
まずくない、あの人、結婚してんだよ?」

聞かなきゃよかった、そんな顔の宗正さんにはぁーっ、ため息が落ちる。

「別になにかある訳じゃないですよ。
日頃、いろいろお世話になってるので、たまにはお礼したいなって思っただけで」

「あー、そーゆー」

うんうんと頷いてひとり納得して、宗正さんはネクタイ選びを再開した。

私が彼氏のネクタイを選んでいると勝手に勘違いしたのは宗正さんだ。

――私も否定しなかったけど。

すぐに宗正さんが選び出したのは、黒地にグレーのストライプのネクタイだった。

「あの人が着てるスーツの感じだと、このあたりがいいと思う。
ストライプは外れもないし」

確かに、池松さんに似合いそうな感じがする。
人間的には問題ありそうでも、宗正さんはアパレル業界の人間なんだな。

「ありがとうございます。
これにしたいと思います」

「役に立てたんならよかった。
それでさ。
お礼は今度、デートでいいから」

「……はい?」

屈託なくにこにこ笑う宗正さんに、……ネクタイを選んでもらったのを激しく後悔した。
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