33 / 34
最終章 私の一番は……
6-5
しおりを挟む
事件は一応解決し、部長と一緒に家に帰る。
食事のあと、今日はお祝いだからと少しだけふたりでワインを飲んだ。
「……これで婚約解消ですね」
花恋さんが諦めたのなら、もう婚約の意味はない。
それに、報われないこの気持ちを抱えたまま部長の傍にいるのはつらかった。
だから、この件が解決したら、婚約を破棄してもらおうと考えていた。
「それだけどな。
婚約はこのまま続行だ」
「……ハイ?」
グラスを置き、意味がわからなくてまじまじと彼の顔を見つめた。
「明日美と婚約しておけば、見合いさせられないだろ?
だから婚約は継続だ」
軽く言って、グラスを口に運ぶ。
人の気持ちも考えない部長に、ふつふつの腹の中が沸騰した。
「……私の気持ちも」
私の口から出た声は、恐ろしく低かった。
「私の気持ちも知らないで!
私の気持ち、少しは考えたことありますか!?
なんで私ばかり、こんなにつらい思いしないといけないんですか!
富士野部長なんか、好きになんかならなきゃよかった……!」
出てくる涙に気づかれたくなくて、ぐいぐい顔を拭う。
こんなつらい思いをするなら、富士野部長なんて好きにならなきゃよかった。
後悔ばかりが思い浮かぶ。
「……わるい」
気づいたら。
部長の腕の中にいた。
逃れようと暴れるが彼の力は強く、離してくれない。
「そろそろ俺も、自分の気持ちに正直にならないといけないな」
つらそうな部長の声で、身体が止まる。
「俺は明日美が……好き、だ」
証明するかのように、きゅっと彼の腕に力が入った。
とくん、とくん、と心細そうな心臓の鼓動が聞こえる。
それが酷く、私の胸を締め付けた。
「前に言っただろ、目標を達成するまでは恋なんかしないって決めているって。
……でも」
腕の力を緩め、部長が私に視線をあわせさせる。
「こんなにも明日美を好きになっていた――」
眼鏡の向こうの瞳が泣きだしそうに歪み、私まで泣きたくなった。
「明日美は俺の、家族へのコンプレックスをわかってくれた」
私の涙を拭うかのごとく、部長の手が私の頬を撫でる。
「明日美も俺と同じ気持ちを抱えて生きてきたんだと思ったら、これ以上ないほど愛おしくなった」
赤子のように無垢な目からは少しも視線を逸らせない。
ただじっとその目を見つめ、彼の言葉を聞いた。
「でも、明日美を好きだと認めてしまったら、夢が叶わなくなるんじゃないかと怖くて認められなかったんだ」
両手を伸ばし、その顔に触れる。
「叶いますよ、きっと。
だって私が、絶対に叶えさせてみせますから」
少しだけ背を伸ばし、彼の唇に自分の唇を重ねた。
顔を離し、にっこりと部長に微笑みかける。
「……そうだな」
今度は目尻を下げた彼が唇を重ねてきた。
何度も重なるそれは、次第に熱を帯びたものへと変わっていく。
そしてとうとう、私が甘い吐息を落としたタイミングで侵入してきた。
「……ん、……んん」
部長が私に触れるたび、身体が歓喜で震える。
今日のキスは今までしたどのキスよりも甘く、――熱かった。
「……富士野、部長」
熱で浮かされた目で彼を見上がる。
「バカ、煽んな」
右の口端を持ち上げ、ニヤリと彼が笑う。
眼鏡を外した下からは熱く蕩けた瞳が出てきて、ドキリとした。
ベッドまで待てないらしく、そのままソファーに押し倒される。
「好き、富士野部長が好き」
彼に翻弄され、うわごとのように好きだと繰り返す。
「バカ、こういうときは名前で呼べ」
「でも……」
そうしたいのはやまやまだが、前に部長は自分の名前が嫌いだと言っていた。
ならば名前で呼ぶのは躊躇われる。
「いいんだ、明日美に呼ばれるなら受け入れられる」
「ああーっ」
彼に貫かれ、小さく悲鳴が漏れた。
そのまま余裕なく、ガツガツと身体を揺らされる。
「じゅん、いち、ろう、さん」
「ん?」
「準一朗さんを、愛してる」
あの日と違い、ちゃんと彼に愛を告げる。
「俺も明日美を愛してる」
その瞬間、深い幸福感が私を襲ってきた。
……ああ。
本当に好きな人に抱かれるのって、こんなに幸せなんだ。
食事のあと、今日はお祝いだからと少しだけふたりでワインを飲んだ。
「……これで婚約解消ですね」
花恋さんが諦めたのなら、もう婚約の意味はない。
それに、報われないこの気持ちを抱えたまま部長の傍にいるのはつらかった。
だから、この件が解決したら、婚約を破棄してもらおうと考えていた。
「それだけどな。
婚約はこのまま続行だ」
「……ハイ?」
グラスを置き、意味がわからなくてまじまじと彼の顔を見つめた。
「明日美と婚約しておけば、見合いさせられないだろ?
だから婚約は継続だ」
軽く言って、グラスを口に運ぶ。
人の気持ちも考えない部長に、ふつふつの腹の中が沸騰した。
「……私の気持ちも」
私の口から出た声は、恐ろしく低かった。
「私の気持ちも知らないで!
私の気持ち、少しは考えたことありますか!?
なんで私ばかり、こんなにつらい思いしないといけないんですか!
富士野部長なんか、好きになんかならなきゃよかった……!」
出てくる涙に気づかれたくなくて、ぐいぐい顔を拭う。
こんなつらい思いをするなら、富士野部長なんて好きにならなきゃよかった。
後悔ばかりが思い浮かぶ。
「……わるい」
気づいたら。
部長の腕の中にいた。
逃れようと暴れるが彼の力は強く、離してくれない。
「そろそろ俺も、自分の気持ちに正直にならないといけないな」
つらそうな部長の声で、身体が止まる。
「俺は明日美が……好き、だ」
証明するかのように、きゅっと彼の腕に力が入った。
とくん、とくん、と心細そうな心臓の鼓動が聞こえる。
それが酷く、私の胸を締め付けた。
「前に言っただろ、目標を達成するまでは恋なんかしないって決めているって。
……でも」
腕の力を緩め、部長が私に視線をあわせさせる。
「こんなにも明日美を好きになっていた――」
眼鏡の向こうの瞳が泣きだしそうに歪み、私まで泣きたくなった。
「明日美は俺の、家族へのコンプレックスをわかってくれた」
私の涙を拭うかのごとく、部長の手が私の頬を撫でる。
「明日美も俺と同じ気持ちを抱えて生きてきたんだと思ったら、これ以上ないほど愛おしくなった」
赤子のように無垢な目からは少しも視線を逸らせない。
ただじっとその目を見つめ、彼の言葉を聞いた。
「でも、明日美を好きだと認めてしまったら、夢が叶わなくなるんじゃないかと怖くて認められなかったんだ」
両手を伸ばし、その顔に触れる。
「叶いますよ、きっと。
だって私が、絶対に叶えさせてみせますから」
少しだけ背を伸ばし、彼の唇に自分の唇を重ねた。
顔を離し、にっこりと部長に微笑みかける。
「……そうだな」
今度は目尻を下げた彼が唇を重ねてきた。
何度も重なるそれは、次第に熱を帯びたものへと変わっていく。
そしてとうとう、私が甘い吐息を落としたタイミングで侵入してきた。
「……ん、……んん」
部長が私に触れるたび、身体が歓喜で震える。
今日のキスは今までしたどのキスよりも甘く、――熱かった。
「……富士野、部長」
熱で浮かされた目で彼を見上がる。
「バカ、煽んな」
右の口端を持ち上げ、ニヤリと彼が笑う。
眼鏡を外した下からは熱く蕩けた瞳が出てきて、ドキリとした。
ベッドまで待てないらしく、そのままソファーに押し倒される。
「好き、富士野部長が好き」
彼に翻弄され、うわごとのように好きだと繰り返す。
「バカ、こういうときは名前で呼べ」
「でも……」
そうしたいのはやまやまだが、前に部長は自分の名前が嫌いだと言っていた。
ならば名前で呼ぶのは躊躇われる。
「いいんだ、明日美に呼ばれるなら受け入れられる」
「ああーっ」
彼に貫かれ、小さく悲鳴が漏れた。
そのまま余裕なく、ガツガツと身体を揺らされる。
「じゅん、いち、ろう、さん」
「ん?」
「準一朗さんを、愛してる」
あの日と違い、ちゃんと彼に愛を告げる。
「俺も明日美を愛してる」
その瞬間、深い幸福感が私を襲ってきた。
……ああ。
本当に好きな人に抱かれるのって、こんなに幸せなんだ。
1
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
あなたを失いたくない〜離婚してから気づく溢れる想い
ラヴ KAZU
恋愛
間宮ちづる 冴えないアラフォー
人気のない路地に連れ込まれ、襲われそうになったところを助けてくれたのが海堂コーポレーション社長。慎に契約結婚を申し込まれたちづるには、実は誰にも言えない秘密があった。
海堂 慎 海堂コーポレーション社長
彼女を自殺に追いやったと辛い過去を引きずり、人との関わりを避けて生きてきた。
しかし間宮ちづるを放っておけず、「海堂ちづるになれ」と命令する。俺様気質が強い御曹司。
仙道 充 仙道ホールディングス社長
八年前ちづると結婚の約束をしたにも関わらず、連絡を取らずにアメリカに渡米し、日本に戻って来た時にはちづるは姿を消していた。慎の良き相談相手である充はちづると再会を果たすも慎の妻になっていたことに動揺する。
間宮ちづるは襲われそうになったところを、俺様御曹司海堂慎に助けられた。
ちづるを放っておけない慎は契約結婚を申し出る。ちづるを襲った相手によって会社が倒産の危機に追い込まれる。それを救ってくれたのが仙道充。慎の良き相談相手。
実はちづるが八年前結婚を約束して騙されたと思い込み姿を消した恋人。そしてちづるには誰にも言えない秘密があった。
優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法
栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「キ、キスなんてしくさってー!!
セ、セクハラで訴えてやるー!!」
残業中。
なぜか突然、上司にキスされた。
「おかしいな。
これでだいたい、女は落ちるはずなのに。
……お前、もしかして女じゃない?」
怒り狂っている私と違い、上司は盛んに首を捻っているが……。
いったい、なにを言っているんだ、こいつは?
がしかし。
上司が、隣の家で飼っていた犬そっくりの顔をするもんでついつい情にほだされて。
付き合うことになりました……。
八木原千重 23歳
チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部勤務
褒められるほどきれいな資料を作る、仕事できる子
ただし、つい感情的になりすぎ
さらには男女間のことに鈍い……?
×
京屋佑司 32歳
チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部長
俺様京屋様
上層部にすら我が儘通しちゃう人
TLヒーローを地でいくスパダリ様
ただし、そこから外れると対応できない……?
TLヒロインからほど遠い、恋愛赤点の私と、
スパダリ恋愛ベタ上司の付き合いは、うまくいくのか……!?
*****
2019/09/11 連載開始
Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺が君を守ってやる。
相手が父親だろうが婚約者だろうが」
そう言って私に自由を与えてくれたのは、父の敵の強引部長でした――。
香芝愛乃(かしば よしの)
24歳
家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部勤務
専務の娘
で
IoT本部長で社長の息子である東藤の婚約者
父と東藤に溺愛され、なに不自由なく育ってきた反面、
なにひとつ自由が許されなかった
全てにおいて、諦めることになれてしまった人
×
高鷹征史(こうたか まさふみ)
35歳
家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部部長
銀縁ボストン眼鏡をかける、人形のようにきれいな人
ただし、中身は俺様
革新的で社内の改革をもくろむ
保守的な愛乃の父とは敵対している
口、悪い
態度、でかい
でも自分に正直な、真っ直ぐな男
×
東藤春熙(とうどう はるき)
28歳
家電メーカー『SMOOTH』IoT本部長
社長の息子で次期社長
愛乃の婚約者
親の七光りもあるが、仕事は基本、できる人
優しい。
優しすぎて、親のプレッシャーが重荷
愛乃を過剰なまでに溺愛している
実は……??
スイートな婚約者とビターな上司。
愛乃が選ぶのは、どっち……?
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる