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最終章 私の一番は……

6-4

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次の日、富士野部長は急に日帰り出張へ行かされた。
いつもは電話でしかやりとりしていない、小さな取引先なので、嫌がらせに他ならない。

「証拠……」

今日もお昼は誰もいない、備品倉庫で食べる。
社内はどこにいても空気が悪かった。
せめてランチくらい人目のないところ、と探してきたのがここだった。

「いつもお世話になっております」

話し声が聞こえ来て、びくりと箸が止まる。

「はい。
上手くいっております。
もうまもなくかと」

……まさか。

そう思いつつ、そろりと棚の陰から声の主を確認する。
そこでは生野課長が、携帯で誰かと話していた。

「はい、はい。
わかりました」

誰もいないと思っているのか、彼は話し続けている。
息を殺し、それに耳をそばだてた。

「では、今日。
それでは」

電話を切り、彼が倉庫を出ていく。
かなり経ってから緊張を解くように、はぁーっと息を吐き出した。

……あれってきっと、花恋さんと会う約束だよね?

携帯を出し、部長に報告のメッセージを送る。
しかし、部長が今日、帰ってくるのはかなり遅いはずだ。
なら。

「……私がやるしかないんだよね」

生野課長のあとをつけて、現場を押さえる。
それしかない。

「よしっ!」

拳をぎゅっと握り、気合いを入れた。

終業後、会社を出る生野課長のあとをつける。
出てすぐにタクシーに乗られたが、幸いすぐあとのタクシーが拾えたし、運転手さんが大変理解のある方で、ノリノリで追いかけてくださった。
十五分ほどで生野課長の乗ったタクシーが止まり、私も慌てて降りる。
彼はすぐ前にあるカフェに入っていくので、部長に報告してから私も店に入った。

中に入り、店内を見渡す。

……やっぱり。

一番奥の席に座っている、花恋さんの姿が見えた。
さらに、その前の椅子に座る生野課長も。
店員に断り、バレないように少し離れた席に座って、メニューも見ずにアイスコーヒーを注文した。

……なに、話しているんだろ?

ここからはなにを話しているのか聞こえないが、ふたりが会っているのがわかっただけで十分だ。
こっそり携帯をかまえてふたりの姿を写真に収め、念のために部長にも送る。
出てきたアイスコーヒーを一気飲みし、席を立った。

……あとは、バレないようにここを去るだけ。

会計をしながらどくん、どくんと心臓が大きく鼓動する。
決済し終わり、出口を向こうとした瞬間。

――誰かに肩を、叩かれた。

「……!」

思わず、出そうになった悲鳴を必死に飲み込む。
おそるおそる振り返るとそこには、富士野部長が立っていた。

「わるい、遅くなった」

「富士野部長……!」

彼だとわかり、ほっと息をつく。

「話してくるからちょっと待ってろ」

私の肩をぽんぽんと叩き、部長は店の奥へと向かっていく。
私も慌ててそのあとを追った。

「おまたせ」

部長の姿を見て、みるみる生野課長が顔色を失っていく。
花恋さんはコーヒーをひとくち飲み、目を逸らしただけだった。

「こ、これは別に」

あちこちに視線を彷徨わせながらコーヒーを口に運ぶ生野課長の手は、動揺しているのか震えていた。

「もう調べはついているんですよ、生野課長」

逃がさないように彼の隣に座り、部長がこれ以上ないほどいい顔で笑う。

「今日一日、あなたの身辺の調査をさせてもらいました。
情報のリークと私の失脚で、他社への部長待遇での採用を約束されていたみたいですが」

「そ、そんな話、オレは知らない」

などと言いつつも、課長の視点は定まらない。

「残念ながらそんな話はないんですよ、なあ、花恋?」

部長から視線を送られ、びくりと花恋さんの身体が大きく震える。

「それこそ、なんの話?
だいたい私、こんな人知らないし」

それでも彼女は強がってみせた。
それに、呆れるようにはぁーっと部長がため息をつく。

「生野課長。
上層部もあなたを疑っています。
今日、出張という名目で私に調査を許可したのもそういう理由です。
でも、今考え直すなら、私はこの調査結果を握り潰します。
……どう、しますか?」

生野課長へ向き直り、部長が真っ直ぐに彼を見つめる。
うっすらと笑う顔は美しいが、私でも背筋がすっと冷えるほど恐ろしかった。

「オ、オレはなにも知らないんだー!」

怯えるように言い放ち、課長が部長を押しのける。
そのまま、一目散に逃げていった。

「いいんですか、あれ……?」

「いいんだ」

部長が頷き、隣をぽんぽんするからそこに腰掛ける。

「さて、花恋」

改めて部長が、花恋さんを見据える。

「な、なによ」

「お前は俺の地雷を踏んだ。
タダで終われると思うなよ?」

眼鏡の奥ですっと部長の目が細くなる。
さすがに花恋さんも気圧されているみたいで、黙ってしまった。
その場の空気が凍りつく。
先に破ったほうが――負けだ。

「だ、だいたい、準一朗が忘れてるから悪いんじゃない!」

「え……」

緊張に耐えかねたのか、まるで小さな子供のように花恋さんが泣きだし、店内の視線が痛い。

「忘れたって、……なにを?」

「昔、一緒に遊んだとき、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃない!」

「えっと……」

彼女に糾弾されて部長は必死で思い出そうとしているようだが、心当たりはなさそうだ。

「父に着いて準一朗の家に行ったとき、『大きくなったらお嫁さんにしてくれる?』って聞いたら、うんって頷いてくれたでしょ!」

「それって、何歳のときだ?」

「三つ!」

花恋さんは主張しているが、それは覚えてないかもな……。

「わるい、覚えてない。
……すまない」

真摯に部長が花恋さんへ頭を下げる。

「それに小さい頃、『お嫁さんにしてくれる?』って聞かれて頷けばみんな喜んでくれたから、なにも考えずに頷いていた。
それが誤解を与えたのなら、本当にすまないと思っている」

再び部長は花恋さんへ向かって頭を下げた。

「本当に悪いと思ってるなら、私を準一朗のお嫁さんにして」

軽く鼻を啜りながら、まだ目尻に残る涙を花恋さんが拭う。

「悪いがそれはできない。
俺は真剣に明日美を愛している」

強い決意の目で、部長が真っ直ぐに花恋さんを見つめる。
これは、彼女との結婚を断るための口実だってわかっていた。
なのに本気に聞こえて、心臓が一回、大きく鼓動した。

「そんなにその女がいいの?」

「ああ」

「そっか。
とうとう私、失恋しちゃった」

笑った花恋さんは淋しそうだったが、どこか晴れ晴れしているようにも見えた。
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