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第三章 同じ時間を過ごしたふたり
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なんだかんだあって時間が経ってしまい、少し冷めたピザとパスタで夕食を取る。
「そういや富士野部長、いくら結婚を断るためとはいえ、私を結婚相手に仕立て上げるのはどうかと思います」
さきほど部長は彼女に私と結婚するからお前とは結婚でいるわけがないとか言っていたが、あれはない。
「んー?
そうか?」
「はい。
私ごときに負けたとなると、あの人も納得しないですよ」
うんうん、相手が姉くらいの女性ならあの人も諦めたかもしれないが、万年二番手のフツーな私なんて認められるわけがない。
「あのな」
はぁっと呆れたようにため息をつき、部長は手にしていたグラスをテーブルに置いた。
「その、〝私ごとき〟と自分を卑下するの、どうにかしろ。
さっきの俺の言葉に嘘偽りはない。
間違いなくあんな女なんかより、紀藤のほうがいい女、だ」
「あいたっ!」
愉しそうに笑いながらデコピンされて、額がヒリヒリと痛む。
「そう、ですかね……?」
部長はそう言うが、私にはそんな自信はまったくない。
それとも、これからついていくのかな……?
「俺が言うんだから間違いないの」
グラスにのったワインを、部長がくいっと一気に飲み干す。
耳が真っ赤になっているのは、もう酔っているからなんだろうか。
「そうだ。
いっそ、紀藤が俺と結婚すればいい」
「……は?」
さもいい考えなように部長が言う。
けれど私はなにを言っているのか少しも理解できず、ピザを持ち上げたまま彼の顔を凝視していた。
おかげで、重みに耐えられなくて、先端にのっていたエビがぽろりと落ちた。
「ええーっと。
……それ、本気で言ってます?」
なにしろ部長は、あの大企業の御曹司なのだ。
その結婚相手がこんな一般庶民であっていいわけがない。
いや、身分差が……というのがいまどき時代錯誤だったとしても、部長が私を好きだなんて絶対に、ない。
ならば結婚なんてありえないのだ。
「なんだ、紀藤は俺と結婚するのが嫌なのか」
不満げに部長が、自身のグラスにワインを注ぐ。
「それは……」
部長と私が結婚……?
そう考えると気分が高揚していくのはなんでだろう?
私、富士野部長と結婚したいとか思っている?
「……嫌ではないです、けど」
会社での優しいのは演技で、プライベートの俺様なのが地なのはもう知っている。
でも俺様な部長は私を気遣ってくれるし、優しい。
たまに、ときめいたりもするから、もしかしたら部長を好きになりはじめているのかもしれない。
けれど、部長は?
「けど、なんだ?」
じっとレンズの向こうから、琥珀のように綺麗な瞳が私を見ている。
なぜかそれに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「反対に聞きますけど。
富士野部長は結婚したいほど私が好き、ですか」
視線を逸らさず、真っ直ぐに部長の目を見る。
緊張しているのか、どくん、どくん、と心臓が大きく鼓動した。
「そうだな。
……秘密、だ」
ふっ、と彼が眼鏡の奥で目を細め、柔らかく笑う。
それで、その場の空気が緩んだ。
「ズルいです」
「んー?
まあ、明日美は可愛いと思ってるよ」
さりげなく名前を呼びし、部長が私のグラスにワインを注いでくる。
「……やっぱり富士野部長はズルいです」
すっかり熱くなってしまった顔で、それをちびちびと飲んだ。
「まあでも、明日美と俺が結婚するっていうのは悪くないよな。
そうなればアイツも今度こそ諦めるだろうし」
なんでもないように言い、部長がピザにかぶりつく。
「そんな理由で結婚を決められても困るんですが」
私も気を取り直し、ピザを口に入れた。
好きかと聞いて誤魔化されたのに、そんな理由で結婚の話をされるのは嫌だ。
「じゃあ、アイツが諦めるまで、明日美が俺の婚約者のフリをしてくれればいい」
「……は?」
もぐもぐとピザを一ピース食べきり、口をすすぐように部長がワインを飲む。
今までよりは若干理解はできるとはいえ、やはりわけのわからない提案にまた、私は部長の顔を間抜けにも見つめていた。
「待ってください。
婚約者のフリって……」
「フリだからいいだろ。
アイツが諦めたら、やはりあわなかったとかなんとか理由をつけって、婚約を破棄すればいい。
なんか問題あるか?」
ぐいっと顔を近づけ、真っ直ぐに部長が私を見据える。
レンズの向こうの瞳はまるで脅すようで、おかげで視線が定まらずあちこちを向く。
「な、ない。
……です」
それ以外の答えはどこを探しても見つからなかったので、結局そう答えるしかなかった。
「よし」
満足げに部長が頷く。
もしかして私を家に置いていたのって、あの自称婚約者の彼女を避けるためだったんだろうか。
ここにきて急に、今までの疑問が払拭されていく。
私なんか磨いて部長になんのメリットがあるのだろうかと思っていたが、こうなると納得だ。
「次の土曜は試験入ってなかっただろ?
両親に会わせるからそのつもりで」
「はぁ……」
なんか急に変な話になってきた。
フリとはいえ、私が富士野部長の婚約者なんて。
……でも。
ワインを飲むフリをして、ちらっと彼の顔をうかがう。
フリでも富士野部長の婚約者になれるのがちょっと嬉しい、なんて考えているのはなんでだろう?
「そういや富士野部長、いくら結婚を断るためとはいえ、私を結婚相手に仕立て上げるのはどうかと思います」
さきほど部長は彼女に私と結婚するからお前とは結婚でいるわけがないとか言っていたが、あれはない。
「んー?
そうか?」
「はい。
私ごときに負けたとなると、あの人も納得しないですよ」
うんうん、相手が姉くらいの女性ならあの人も諦めたかもしれないが、万年二番手のフツーな私なんて認められるわけがない。
「あのな」
はぁっと呆れたようにため息をつき、部長は手にしていたグラスをテーブルに置いた。
「その、〝私ごとき〟と自分を卑下するの、どうにかしろ。
さっきの俺の言葉に嘘偽りはない。
間違いなくあんな女なんかより、紀藤のほうがいい女、だ」
「あいたっ!」
愉しそうに笑いながらデコピンされて、額がヒリヒリと痛む。
「そう、ですかね……?」
部長はそう言うが、私にはそんな自信はまったくない。
それとも、これからついていくのかな……?
「俺が言うんだから間違いないの」
グラスにのったワインを、部長がくいっと一気に飲み干す。
耳が真っ赤になっているのは、もう酔っているからなんだろうか。
「そうだ。
いっそ、紀藤が俺と結婚すればいい」
「……は?」
さもいい考えなように部長が言う。
けれど私はなにを言っているのか少しも理解できず、ピザを持ち上げたまま彼の顔を凝視していた。
おかげで、重みに耐えられなくて、先端にのっていたエビがぽろりと落ちた。
「ええーっと。
……それ、本気で言ってます?」
なにしろ部長は、あの大企業の御曹司なのだ。
その結婚相手がこんな一般庶民であっていいわけがない。
いや、身分差が……というのがいまどき時代錯誤だったとしても、部長が私を好きだなんて絶対に、ない。
ならば結婚なんてありえないのだ。
「なんだ、紀藤は俺と結婚するのが嫌なのか」
不満げに部長が、自身のグラスにワインを注ぐ。
「それは……」
部長と私が結婚……?
そう考えると気分が高揚していくのはなんでだろう?
私、富士野部長と結婚したいとか思っている?
「……嫌ではないです、けど」
会社での優しいのは演技で、プライベートの俺様なのが地なのはもう知っている。
でも俺様な部長は私を気遣ってくれるし、優しい。
たまに、ときめいたりもするから、もしかしたら部長を好きになりはじめているのかもしれない。
けれど、部長は?
「けど、なんだ?」
じっとレンズの向こうから、琥珀のように綺麗な瞳が私を見ている。
なぜかそれに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「反対に聞きますけど。
富士野部長は結婚したいほど私が好き、ですか」
視線を逸らさず、真っ直ぐに部長の目を見る。
緊張しているのか、どくん、どくん、と心臓が大きく鼓動した。
「そうだな。
……秘密、だ」
ふっ、と彼が眼鏡の奥で目を細め、柔らかく笑う。
それで、その場の空気が緩んだ。
「ズルいです」
「んー?
まあ、明日美は可愛いと思ってるよ」
さりげなく名前を呼びし、部長が私のグラスにワインを注いでくる。
「……やっぱり富士野部長はズルいです」
すっかり熱くなってしまった顔で、それをちびちびと飲んだ。
「まあでも、明日美と俺が結婚するっていうのは悪くないよな。
そうなればアイツも今度こそ諦めるだろうし」
なんでもないように言い、部長がピザにかぶりつく。
「そんな理由で結婚を決められても困るんですが」
私も気を取り直し、ピザを口に入れた。
好きかと聞いて誤魔化されたのに、そんな理由で結婚の話をされるのは嫌だ。
「じゃあ、アイツが諦めるまで、明日美が俺の婚約者のフリをしてくれればいい」
「……は?」
もぐもぐとピザを一ピース食べきり、口をすすぐように部長がワインを飲む。
今までよりは若干理解はできるとはいえ、やはりわけのわからない提案にまた、私は部長の顔を間抜けにも見つめていた。
「待ってください。
婚約者のフリって……」
「フリだからいいだろ。
アイツが諦めたら、やはりあわなかったとかなんとか理由をつけって、婚約を破棄すればいい。
なんか問題あるか?」
ぐいっと顔を近づけ、真っ直ぐに部長が私を見据える。
レンズの向こうの瞳はまるで脅すようで、おかげで視線が定まらずあちこちを向く。
「な、ない。
……です」
それ以外の答えはどこを探しても見つからなかったので、結局そう答えるしかなかった。
「よし」
満足げに部長が頷く。
もしかして私を家に置いていたのって、あの自称婚約者の彼女を避けるためだったんだろうか。
ここにきて急に、今までの疑問が払拭されていく。
私なんか磨いて部長になんのメリットがあるのだろうかと思っていたが、こうなると納得だ。
「次の土曜は試験入ってなかっただろ?
両親に会わせるからそのつもりで」
「はぁ……」
なんか急に変な話になってきた。
フリとはいえ、私が富士野部長の婚約者なんて。
……でも。
ワインを飲むフリをして、ちらっと彼の顔をうかがう。
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