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第三章 同じ時間を過ごしたふたり

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いきなりの日帰り旅行のあと、コンペの書類を仕上げて提出した。

「どんな商品を提案したんだ?」

夕食を食べながら部長が聞いてくる。
今日も、家政婦さんが作り置きしてくれているお惣菜と、部長が作った一品で夕食だ。

「秘密です」

なーんて笑って言ったところで、すぐにバレるんだろうけれど。

それからも次々に襲いかかってくる検定試験に向けて、ひたすら勉強していた。
これがいったいなんになるの?
などと思っていたが、最近少し仕事の理解が早くなった気がする。



休みの日はいつも、勉強を頑張っているご褒美と息抜きだと、部長は外食に連れ出してくれた。

「今日はどこに行くんですか?」

「んー、先週は寿司だっただろ?
なら今週は洋食か中華がいいよな」

部長の手が玄関のドアにかかった瞬間。
ピンポーンとインターフォンが鳴った。

「誰だ?」

煩わしそうに靴を脱ぎ、部長が中へと戻っていく。
門にあるインターフォンとはリビングかキッチンでしか対応ができない。

「はい」

少しして、部長がインターフォンに出る。
宅配便の類いだったらこのまま待てばいいと思うが、お客様だったら外食は延期もしくは中止だろう。
どうするべきか考えていたら、軽く争っている部長の声が聞こえてきた。

「お前とはなんの関係もない。
帰ってくれ」

かなり強い語気で部長はモニター向こうの人間と話している。
これは中止だなと判断し、そろりと靴を脱ぐ。

「……わかった。
開ける」

はぁーっと重いため息が部長の口から落ちていく。

「わるい、客が来た」

私の視線に気づいたのか、こちらを向いた部長の笑顔は酷く嫌そうだった。

部長のお客様なら邪魔にならないように寝室かキッチンかに引っ込んでおくべきかと思ったが、ここにいろと言う。
戸惑いつつもソファーに座っていたら、今度は玄関のインターフォンが鳴った。

「ちょっと待っててくれ」

腰を浮かしかけた私を制し、部長が玄関へと向かう。
まもなく、部長は美女とふたりで戻ってきた。
うん、間違いなく美女だ。
ただし、姉とは違った系統の派手美人だけれど。

キリッとした二重の目。
ほどよい厚さの唇にはボルドーのルージュがよく似合う。
背もモデル並みに高く、富士野部長と並んでも私なんかとは違い、釣りあう。
私が無造作に髪をひとつ括りにすればただのぐしゃぐしゃだが、彼女がすると決まっていた。
おへそが出ない程度に短いカットソーとハイウエストのデニムパンツはたぶん、普通の日本人は着こなせないと定評の、海外ファストファッション店のものじゃないかな。

「ねえ。
なんで女がいるの?」

私を見て、不快そうに彼女の美しい眉が寄る。

「そっくりそのままお前に返してやる。
なんでお前が、ここにいるんだ」

部長の言葉には酷く険があったが、彼女はかまわずにソファーに座った。
渋々ながら部長も、私の隣に腰を下ろす。

「なんでって婚約者がディナーのお誘いに来ちゃいけないの?
ていうか、そもそもあなたが誘うべきじゃないの?」

長い足を組み、彼女がにっこりと部長に笑いかける。
しかし。

「婚約者!?」

私は彼女の言葉を聞いて、反射的に立ち上がっていた。

「いいから座れ」

「……はい」

けれど部長から命令され、大人しくまた座り直す。

「だいたい、婚約者がいるっていうのに、なんで女がこの家にいるの?」

じろりと横目で彼女から睨まれ、びくんと背中が大きく揺れた。

「さっきから婚約者、婚約者って、お前とは婚約すらしていない。
あの見合いのあと、すぐに断ったはずだ」

吐き捨てるように部長が言う。
というか部長、お見合いなんてしていたんだ。

「えー、私は承知していないから、準一朗は私の婚約者よ」

彼女が頬を膨らませ、唇を尖らせる。
美人のこんな表情に普通の男性ならぽーっとなりそうだが、部長にはまったく効いていなかった。

「お前の親からは承諾の返事をもらった。
だからお前は俺の婚約者なんかじゃない」

話が通じなくてさっきから部長は苛々しているが、その気持ちはよくわかる。
私はといえば部長は大変そうだな、と思いつつも私には関係のない話だと傍観していたんだけれど。

「それに、俺は明日美と結婚するから、お前と結婚なんかできるわけないだろ」

「はぁっ?」

ぐいっと部長から抱き寄せられ、つい変な声が出た。

「な、なによ!
私よりそんなフツーの女がいいわけ!?」

激昂した彼女が、勢いよく立ち上がって私を指さす。
別にそれには、なにも思わなかった。
それよりも今の私にとっての大問題は、さっきの部長の発言だ。

「はぁっ?
なに言ってんだ、お前。
明日美は健気だし、努力家だし、可愛いし、まあ見た目は今はあれだが、磨けばお前なんかよりもずっと美しくなる。
お前よりも明日美を選ぶのが正解に決まってるだろ」

部長は得意げだけれど、なんでだ?
しかし、彼女を納得させるために適当に言っているのはわかっているが、そこまで褒められると少しいい気になった。

「バ、バカにして!」

みるみる彼女が、真っ赤になっていく。

「私は絶対に、準一朗を諦めないんだからー!」

負け犬の遠吠えのごとく叫んだあと、彼女はそのまま去っていった。
ふたりきりになり、まるで嵐が過ぎ去ったあとのように急に静かになる。

「……今日は出前を取るか」

「そう、ですね」

早速、携帯を操作しはじめた部長に同意する。
彼女がいたのは短い時間だったが怒濤の展開で、ぐったりと疲れていた。
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