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第4章 昔付き合っていた人

3.よく頑張りました

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帰りは佑司の命令通り、タクシーを拾った。
乗っている間に携帯をチェックする。

【疲れた。
帰りたい。
帰ってチーをぎゅーっとしたい】

【接待、ヤダ。
行きたくない。
帰りたい。
帰っていい?】

なんだか帰りたいと繰り返している佑司に大きなため息が出る。
涙目の眼鏡男子スタンプもいっぱいだけど、そんなに接待ってつらいんだろうか。
竹村課長とか喜んで行っているけど。

【接待っていったってお仕事なんですよ?
帰っちゃダメです】

【帰ったらぎゅーってしてあげますから、頑張って】

時間的にもうはじまっているだろうから、これを佑司が見られるかはわからないけれど。
それでも送っておく。

今日はやっと契約に漕ぎ着けた、瀬戸レモンさんとの接待なのだ。
しかも最終、佑司があたまを下げたので先方も折れてくれた。
なのに彼が接待にいないとか、先方の機嫌を損ねるようなことはしてはならないのだ。

佑司とのトークから別の人に切り替える。
今度は――駿から。

【お疲れ。
間違ってブロックとかチーらしいー。
復活してもらったえてよかった】

【なんというかさ、直接あやまりたいんだ。
だから、会ったとき話す】

【メシが無理ならお茶だけでも。
とにかくチーにあやまりたいんだ】

なんでこんなに、駿は私にあやまりたいんだろう。
あやまってほしい、ならわかるけど。

悩んで悩んで、答えなんか出ないうちにマンションに着いていた。

「駿に返事ー」

仕方ないので私の必殺技、TLノベルを読み漁る。
でも読んでも読んでも昔付き合っていた人に食事に誘われ、なんと返事していいかなんて書いていない。
ただわかるのは軽率に誘いに乗ると、あとあと面倒だってことだけ。

「ううっ」

――ピコン!

不意に携帯が通知音を立て、ポップアップが上がる。

【いま終わった。
いまから帰る】

「えっ、嘘?!
もうそんな時間?」

時計はすでに十時を回っている。
それほどまでに集中して、TLノベルを追っていた。

「ごはん、食べてない!
いまからケータリングとか取れないし……」

黙っていたらわからない?
食器はもう、返したとか言っちゃえば。

おなかは空いていたので冷蔵庫を漁る。
冷凍うどんと明太子、エリンギがあったので明太バターうどんでバタバタと済ませ、バレないように食器を片付けた。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

帰ってきた佑司が私にキスしてくる。
最近は頻繁な佑司の挨拶キスも、そんなもんだとしか思わないようになった。
慣れって怖い。

「チー、お前、晩メシ食ってないだろ」

「えっ、なんでですか……?」

堂々としてなきゃダメだってわかっているのに、視線が定まらない。

「コンシェルジュに訊いたらケータリングは頼まれてない、って」

「うっ」

ああ、そこで確認したんだ。

「それで。
メシ、食ってないだろ。
なんか作ってやるからちょっと待ってろ」

足早にキッチンへ向かっていく佑司を慌てて追う。

「その。
ごはんは食べたので。
簡単、だけど」

「本当か?」

ガラッと、食洗機の引き出しを彼が開ける。
当然ながら朝食に使った食器以外、なにも入っていない。

「嘘つき」

「食べたけど!
佑司にケータリング取ってないのバレたら怒られると思って、食器は片付けたから!」

なんでこんなことで喧嘩しなきゃいけないのだろう。
そもそも、私が悪いのはわかっている。
でもこんなに疑われるなんて思わなかった。

悔しくて涙が出てくる。
でも泣いているなんて思われたくなくて顔を上げたら、佑司と目があった。
泣きだしそうに歪む顔。
伸びてきた手がぎゅっと、私を抱き締めた。

「……ごめん」

私を抱き締める佑司の身体からは知らない香水のにおいがする。

「八つ当たり。
ほんと、ごめん」

震えている声。
震えている身体。
私に八つ当たりするなんて、接待でなにがあったんだろう。

「佑司?」

「ほんとごめん。
ちょっと疲れちゃってさ。
それで」

縋るように私を抱き締めたまま、佑司はちっとも離す気配がいない。

「なにかあったんですか」

「んー?
チーは知らなくていいこと。
いつものことだし」

ゆっくりと彼が私の身体を離す。
見上げて目のあった、レンズの奥の目は、赤くなっていた。

「風呂、入ってくるわー。
先方の女社長さん、香水がきついの。
おかげで服にまでついて気持ち悪い」

なんでもないように佑司が笑うから、それ以上は追求できなかった。

「おやすみ、チー」

「おやすみなさい」

いつものように私が頬へ口付けし、佑司は私を抱き締めて布団へ潜っていく。

「佑司」

「なに?」

「今日はよく、頑張りました」

いい子いい子とあたまを撫でてあげる。
佑司はなぜか、二、三度パチパチとまばたきをした。

「どうした?」

「その。
……今日は帰ってきたら、ぎゅーっとしてあげるって約束だったので。
代わりに」

言いながらみるみるうちに顔が熱くなっていく。
でもこれはTLヒロインらしいセリフで、合格では?

「……もっとやって」

ちゅっと軽く、佑司の唇が触れる。
うん、やっぱり合格だったみたいだ。

「はい」

少しだけ硬い髪を、そーっと撫でる。
佑司は目を閉じ、私に撫でられる一護そっくりな顔でうっとりしていた。

「佑司?」

「すー」

気がついたときには佑司は眠っていた。
帰ってきたときとは違い、穏やかな顔で。

本当に接待で、なにがあったんだろう。
いつものこと、とか言っていたし。
気になるけど、訊きづらい。

「いつか、話してくださいね……」

規則正しい寝息を聞いていると私も眠くなってくる。
佑司に身体を寄せて、目を閉じた。
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