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第3章 スパダリとの生活は常識じゃ計れませんでした

5.TLノベルは参考書

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食事が終わって片付けも済ませると、佑司はカフェラテを淹れてくれた。

「チー」

なんだか知らないが、私を抱き締めてにこにこ笑っている。

「仕事が終わって家に帰っても、チーと一緒にいられるとか、最高」

なにが最高なのだろう。
ひとりの方が楽でよくない?

佑司は腕を緩めてくれそうにないので、抱き締められたまま過ごす。

「なに見てんの?」

ひょいっ、と私の手から佑司が携帯を奪う。

「小説?」

「ちょ、返してください!」

意外とあっさり、彼は携帯を返してくれた。

「なーなー、なに読んでんの?」

でも私を抱き締めたまま後ろから携帯を覗き込んでくるから、慌てて画面を閉じる。

「なに読んでたの?
慌てて消すとか俺に見られると疚しいもん!?」

私を後ろに向かせ顔を覗き込んできた彼は、ブーッと唇を尖らせていた。

「別に、ただのネット小説ですよ。
あ、そろそろお風呂に入った方がいいんじゃないですか」

「……怪しい」

さらに眉間に皺がよるほど顔をしかめ、ジト目で私を睨んでくる。
その顔にはぁーっとでっかいため息が漏れた。

「ほんとにただのネット小説ですって。
ほら」

しょうがないのでさっきの画面を開き、佑司に渡す。

「これってなんか、面白いの?
空想より俺よ実践する方が楽しくない?」

そんなことを言ってくるあたり、さすがスパダリ様だ。
ちなみにさっき私が読んでいたのはTLノベルだったりする。

「そーですね」

「……チー、棒読み」

どうでもいいが指で、私の肩をぐりぐりしないでくれ。
穴が開かないか心配になってくる。

「ほら、もうお風呂に入りましょう?
明日も仕事なんですし」

「そうだな」

なぜか電気でもついたみたいにパッと佑司の顔が輝く。
なんだか嫌な予感しかしないんだけど。

「じゃ、お先にどうぞ」

「ん?
チーも一緒に入るに決まってんだろ?」

そんなの当たり前だろ?
そんな顔で私を見ていますが。
やっぱりですか。

「失礼ながらまだ、そこまで深い関係ではないので」

「えー、俺はチーと入りたいー」

だだこねても知りませんよ。

「……私はここ、出ていってもかまわないので。
アパートもまだ、あのままですし」

「……わかった」

とぼとぼと歩いていく佑司の、犬耳はぺっしゃんこになっているし、尻尾もくるんと丸まっている。
はぁーっ、大きなため息が漏れても、罪はないと思う。

「代わりに。
あとでいいこと、してあげますから」

「なになに!?」

さっきまでとは打って変わって、ちぎれんばかりに尻尾を振っている佑司には、苦笑いしかできない。

「内緒です」

「わかった!
今日はひとりで入る!」

スキップしそうな勢いで彼は浴室へ消えていった。
扱いやすいというか、なんというか。
そういうところはちょっと、可愛いな。
ずっと年上の男性にそれはあれだけど。

「佑司と実践、か」

さっきのページを再び開き、続きを読む。

もともと私はTLなんてあまり読んだりしない。
でもこれはそれこそ――佑司と実践するために必要なのだ。

前の人みたいに不正解の連続で佑司を傷つけたりしたくない。
だから参考書にTLノベルを選んだ。
そこに書いていることをやれば、正解なはずなのだ。
それに佑司はTLのスパダリを地でいく男なんだし。
読んでいてもちっとも共感はできないが、私にはこれをたくさん読む必要があるのだ。

「上がったぞー」

「はーい」

ご機嫌に入浴を済ませてきた佑司と入れ替わりで、私もお風呂に入る。
上がってほてりも治まり、ベッドに入った。

「佑司。
……おやすみなさい」

ちゅっ、頬に、だけど自分の唇をつける。
みるみるうちに佑司の顔が輝いていく。

「チーがキスしてくれた!」

「えっ、ちょっ!」

ハイテンションになった彼が、私を押し倒す。
そのまま、顔中に口付けを落とされた。

「チー。
……したい」

私の上から、佑司が見下ろす。
レンズない瞳は、とても純粋に見えた。

「……ダメ?」

そっと彼の手が私の頬に触れる。
少しだけ泣きだしそうに歪んだ目。
けれどいいよと言うには私に、覚悟がない。

「……ダメ」

「……はぁーっ」

佑司の口からため息が落ちる。

失望させた?
いいよと言うのが正解?
私の意思には関係なく。

「じゃあ、しょうがないなー」

彼はそのまま、私をぎゅっと抱き締めて布団の中へ潜った。

「チーの嫌がることはしたくないからな。
俺だけ気持ちいいとか嫌だし」

「……」

「おやすみ、チー。
いい夢を」

ちゅっ、軽く触れるだけのキスをされた。
視線があうと、目を細めて笑う。
それだけでなぜか、心臓が切なく締まる。

「……おやすみなさい」

目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出した。
私には恋愛の正解がわからない。
こんな私で佑司は本当にいいんだろうか。
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