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第3章 スパダリとの生活は常識じゃ計れませんでした

3.会社ではイケメン

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すぐに朝礼がはじまる。
前に立っている佑司はここ二日ちょいの阿呆な顔が嘘のように、きりっとしていた。

……うん、黙って立っていたらいい男なんだって認める。
仕事中だって、たまに……いや時々、言葉が通じないことはあっても、あそこまで阿呆じゃなかった。
なんでプライベートになると、あんなにおかしくなるんだろう?

仕事がはじまり、佑司は週末の決済を捌いている。

「こっちはこれでいい。
……あの件は、メーカーにもう一度問い合わせしろ。
それから……」

てきぱきと仕事を捌く佑司の手は、ややもすれば四本くらいに見える。
それほどまでに忙しいのだ。
だって、普通は課長がやるような仕事までやっているから。

竹村課長の仕事は判を押す〝だけ〟だって有名だ。
いや、それだけをやっていてもらわないと困るのだ。

なにせ、彼がなにかするたびに被害が出る。
この間も交渉中の仕入れ先にポロッと、競合他社の納入予定価格を漏らしてくれた。
それでクビや降格にならないのは社長の隠し子だからって噂があるけど、真偽は定かじゃない。

でもそういう具合だからさすがに、部長には昇進できなかったんだろう。

そういうわけで、佑司の仕事は忙しい。
もしかしたら三十代で部長なんて破格の待遇の代わりに、やっかいごとを押しつけられたのかも。
そんなことを考えると、ちょっと可哀想になってきた。

十時になったのでキリもいいのもあって席を立つ。
給湯室の冷蔵庫を開けて、どれを食べようか悩んだ。
うちの会社は社員のおやつ用に、正規ラインにのせられなかった商品を冷蔵庫に入れておいてくれる。

「でもあんまり、お腹空いてないんだよねー」

あの朝ごはんは、あきらかに食べ過ぎだ。
これから十時のおやつはやめておこう。

コーヒーだけでもと、カップに注ぐ。
少し考えてもうひとつ、準備した。
自分の席にひとつを置き、もうひとつを持って歩く。

「……砂糖ミルクは必要なかったですよね」

顔を見ずにカップを差し出す。
すぐに気づいた佑司は顔を上げた。

「チーが俺にコーヒー淹れてくれるとか、どういう風の吹き回し?」

眼鏡の奥で彼が、にへらと笑う。

「そんなこというなら、返してもらいますけど」

「あ、嘘だから!」

慌ててカップを掴み、佑司は取られないように抱き込んだ。

「……その。
朝ごはんも作ってもらいましたし、車で送ってもらいましたし。
だから、お礼っていうか」

「ありがとう、チー」

目を細め、佑司がふわりと笑う。
その笑顔に胸が一瞬、とくんと甘く鼓動した。

「あ、いや、別に……。
じゃあ」

後ろも見ずに足早に自分の席に戻る。
顔が熱くて上げられない。
でもこれはきっと、彼がらしくない顔で笑ったから。

黙々と仕事をこなしているうちに、お昼時間になった。
いつもは社食で済ませている私だけど、――今日は。

「チー、昼メシ食いに行くぞ」

「あ、いえ、私は社食に行くので……」

私の返事なんかかまわずに、佑司は腕を掴んで強引に引っ張っていく。
引きずられている私にみんな注目しているから、恥ずかしくて抵抗をやめた。

「なに食おっかなー。
そうだ、今日はお子様ランチにしよう。
お子様のチーにぴったりな」

シシシッ、とか愉しそうに笑うもんだから、思わず手が出そうになった。
が、まだ社内だから他の人が見ているのだ。
上司を殴っただの、見られたらマズい。
まあもっとも殴ったところで、またよけられるに決まっているけど。

さっさと歩いていく佑司を追う。
俺様京屋様は、人に合わせるなんてことがない。

お店では待たされることなく席に通された。

「俺はコロッケにするけど、チーはどうする?」

「オムライス……でもコロッケも捨てがたい」

メニューを睨みながらぐぬぬと唸ってしまう。
食堂という名のレトロなこのカフェは、大人のお子様ランチが売りだ。
でも普通のランチにするにはちょっとお高いので、特別なときしか来ないけど。

「じゃあオムライスにしろ。
俺のコロッケを一個、分けてやる」

「えっ、そんなの悪いですよ!
それに、そんなに入らない……」

「いいから」

軽く手を上げて店員を呼び、コロッケとオムライスのお子様ランチを佑司は注文してしまった。

「……だから。
そんなに食べられないですって」

大人のお子様ランチはボリューム満点だ。
美味しいんだけど、食べきるとお腹いっぱいでその日の夕食は軽く済ませちゃうくらい。
なのに。

「残りは俺が食ってやるから心配しなくていい」

くいっと上げて光った眼鏡のレンズがなんか得意げで、ムカついた。

「俺はうまいものをチーに腹一杯、食わせたいだけだから」

手が伸びてきたかと思ったら、私のあたまを撫でる。
そういうのはまるで拾った猫でも可愛がっているみたいで、ますますムカついた。

「別にそんなに、飢えてないですし!」

バシッ、あたまの上の手を払いのける。

「おー、怒った」

こっちは怒っているのに、佑司は余裕で笑っている。
そういうのはやっぱりムカつく。

少しして頼んだ料理が出てくる。

「ほら」

宣言通り佑司はコロッケを一個、私のお皿にのせた。

「……ありがとうございます。
じゃあ」

私も一緒にのっている、ハンバーグを半分にして彼のお皿に移す。

「別にいいのに」

そう言いながらも佑司の口もとは緩んでいる。

……ん?
もしかしてこれは、めちゃくちゃちゃんと付き合ってるっぽい?

ご機嫌に佑司はハンバーグを食べている。
今日の私は正解だなと、安心した。

支払いは佑司がしてくれた。
どうも彼は、私にお金を払わせたくないらしい。
スパダリとしては合格なんだと思う。
土曜日は諦めたお金の話だけど、やっぱりそういうのはよくない。
もう一度、よく話そう。


佑司としてはたぶん最高のランチを終えて帰ってきた私たちを待っていたのは、人事部長の呼び出しでした。

「京屋君と八木原君が結婚したと、社内ではもっぱらの噂だが?」

人事部の、応接セットのソファーにふたり並んで座らせられた。
ちらっと、人事部長の視線が私たちの左手を確認する。

「社内結婚は人事に影響があるのだから、最低ひと月前に報告だと決まっているだろう?
夫婦で同じ部署にいられないのが当社の規定だ」

人事部長は渋い顔だ。

「そうですね、結婚するときはご報告したいと思います」

「……は?」

ぽかんと口を開いた彼はきっと、現状が把握できていないに違いない。

「待て待て待て。
ちょっと待て。
君たちはまだ、結婚していないのか」

その疑問はもっともだ。
一緒に仲良く出勤してきて、さらには左手薬指にお揃いの指環となれば、誰だって疑いたくなるだろう。

「はい。
ようやくお付き合いをはじめたばかりですが」

しれっと佑司が言い放つ。
気が抜けたかのように人事部長はソファーの背へしな垂れかかった。

「……誤解を招くようなことをしないでほしい」

「申し訳ありません」

絶対、悪いなんて思っていないと思う。
だって超絶ハイテンションでこの指環を私につけさせたんだから。

「わかった。
結婚の報告を待っているよ」

からかうように人事部長が笑い、この問題は解決したようだ。

応接コーナーを出ると、数人の女性が慌てて散っていくのが見えた。
やはり、佑司の結婚は気になる問題らしい。

「結婚したって思われた方がよかったけどなー」

「……困ります」

楽しそうにニヤニヤ佑司は笑っている。
この件は絶対、確信犯だったに違いない。

午後も黙々と仕事をこなす。
遠巻きな視線を感じるが、いまのところはまだなにもする気はないらしい。
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