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第4章 就職活動は上手くいかない
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「さっきの話って、なんだ?」
「えっと……」
真っ直ぐに前を見たまま、御津川氏は問うてきた。
「なんの話をしてたんだ、俺に断りもなく男とふたりで」
紹介したい人がいる、なんて言っていたのに彼は人々の間を縫って進み、とうとうラウンジを出てしまった。
「別に……。
会社にいた頃の話をしていただけですよ」
なんとなく、戻ってこいと言われたことは誤魔化した。
やましいことがあるわけじゃないが、彼を怒らせそうな気がしたから。
いや、再就職が決まったと話したらきっと反対されるだろうと予想はしていたが、これはそれ以外の理由で彼が怒りそうな気がするのだ。
私の手を掴んだまま、彼はエレベーターに乗った。
彼はなにも言わないから、私も無言で階数表示を眺める。
私が訊かれたことにちゃんと答えないから怒っている。
でも、答えたところできっと怒らせる。
なら、どうしろと?
エレベーターを降り、黙ったまま半ば私を引きずるように足早に歩く。
レジデンスに帰ってきて寝室へ行き、ベッドへ私を放り投げた。
「李亜は俺のものだ」
私にのしかかった彼が、しゅるりとネクタイを緩める。
「李亜は俺のものだ。
この、俺の!」
彼の手が、私の頬を掴み潰す。
レンズの向こうから嫉妬の炎で燃えさかる、石炭のような瞳が私を見ていた。
そこでようやく、彼が怒っている理由に気がついた。
「私は別に、夏原社長にそんな感情は持っていません。
それに夏原社長だって最愛の奥様が」
憧れは過去のもの、いまは人としての尊敬はあるがそれだけだ。
それに彼の、奥様の溺愛ぶりは社内外で有名だったし、今日だって。
「はっ。
結婚してるからなんなんだ?
それが他の女に手を出さない保証になるなら、不倫とかあるはずないだろうが」
「……」
それは正論ではあるけれど、だからといって結婚して必ず不倫するわけでもない。
でもいまの彼にはいくら反論したところで、聞き入れてもらえそうになかった。
「李亜は俺が買った、俺のものだ。
誰にも、渡さない……!」
「……!」
強引に唇が重なり、舌がねじ込まれる。
バタバタと暴れたけれど、力は少しも緩まなかった。
呼吸さえも奪う口付けに、あたまがくらくらしてくる。
けれどそれはどこか……彼が、泣いているように感じさせた。
「……わかったか」
唇が離れ、汚れた自身の唇を彼がぐいっと拭う。
じっと私を見つめる瞳は、後悔とつらさ、不安で染まっていた。
「……御津川、さん?」
手を伸ばし、そっとその頬に触れる。
途端に彼の頬に、かっと朱が走った。
「……うるさい」
さらに手を伸ばし、彼を抱き寄せる。
拒否されるかと思ったけれど、彼はされるがままになっていた。
「私はどこにも、行きません」
「……うるさい」
「そんなに不安にならないで、大丈夫です」
「……うるさいんだよ」
私の上にいる、彼の背中をぽん、ぽんと叩く。
それ以上、彼はなにも言わない。
私もそのまま、黙っていた。
「……風呂、入って寝るか」
「そう、ですね」
しばらくして、彼がゆっくりと起き上がる。
さらに手を差し出すから、その上に自分の手をのせて私も起き上がった。
「一緒に入るか」
「お断りです」
にっこりと笑顔を作って彼の顔を見る。
「ま、そうだよな」
彼はニヤリと右頬を歪ませ、寝室を出ていった。
もう、さっきまでの変な空気はない。
「……俺のもの、か」
ベッドを出て、ドレスを脱いで部屋着に着替える。
彼を不安にさせているのは自分だという自覚はある。
でも。
「買われた、から」
あれさえなければ素直になれるのだ、あれさえなければ。
「夏原社長に連絡してみようかな……」
ぼーっと、バッグの中から出した名刺を眺めていた。
「えっと……」
真っ直ぐに前を見たまま、御津川氏は問うてきた。
「なんの話をしてたんだ、俺に断りもなく男とふたりで」
紹介したい人がいる、なんて言っていたのに彼は人々の間を縫って進み、とうとうラウンジを出てしまった。
「別に……。
会社にいた頃の話をしていただけですよ」
なんとなく、戻ってこいと言われたことは誤魔化した。
やましいことがあるわけじゃないが、彼を怒らせそうな気がしたから。
いや、再就職が決まったと話したらきっと反対されるだろうと予想はしていたが、これはそれ以外の理由で彼が怒りそうな気がするのだ。
私の手を掴んだまま、彼はエレベーターに乗った。
彼はなにも言わないから、私も無言で階数表示を眺める。
私が訊かれたことにちゃんと答えないから怒っている。
でも、答えたところできっと怒らせる。
なら、どうしろと?
エレベーターを降り、黙ったまま半ば私を引きずるように足早に歩く。
レジデンスに帰ってきて寝室へ行き、ベッドへ私を放り投げた。
「李亜は俺のものだ」
私にのしかかった彼が、しゅるりとネクタイを緩める。
「李亜は俺のものだ。
この、俺の!」
彼の手が、私の頬を掴み潰す。
レンズの向こうから嫉妬の炎で燃えさかる、石炭のような瞳が私を見ていた。
そこでようやく、彼が怒っている理由に気がついた。
「私は別に、夏原社長にそんな感情は持っていません。
それに夏原社長だって最愛の奥様が」
憧れは過去のもの、いまは人としての尊敬はあるがそれだけだ。
それに彼の、奥様の溺愛ぶりは社内外で有名だったし、今日だって。
「はっ。
結婚してるからなんなんだ?
それが他の女に手を出さない保証になるなら、不倫とかあるはずないだろうが」
「……」
それは正論ではあるけれど、だからといって結婚して必ず不倫するわけでもない。
でもいまの彼にはいくら反論したところで、聞き入れてもらえそうになかった。
「李亜は俺が買った、俺のものだ。
誰にも、渡さない……!」
「……!」
強引に唇が重なり、舌がねじ込まれる。
バタバタと暴れたけれど、力は少しも緩まなかった。
呼吸さえも奪う口付けに、あたまがくらくらしてくる。
けれどそれはどこか……彼が、泣いているように感じさせた。
「……わかったか」
唇が離れ、汚れた自身の唇を彼がぐいっと拭う。
じっと私を見つめる瞳は、後悔とつらさ、不安で染まっていた。
「……御津川、さん?」
手を伸ばし、そっとその頬に触れる。
途端に彼の頬に、かっと朱が走った。
「……うるさい」
さらに手を伸ばし、彼を抱き寄せる。
拒否されるかと思ったけれど、彼はされるがままになっていた。
「私はどこにも、行きません」
「……うるさい」
「そんなに不安にならないで、大丈夫です」
「……うるさいんだよ」
私の上にいる、彼の背中をぽん、ぽんと叩く。
それ以上、彼はなにも言わない。
私もそのまま、黙っていた。
「……風呂、入って寝るか」
「そう、ですね」
しばらくして、彼がゆっくりと起き上がる。
さらに手を差し出すから、その上に自分の手をのせて私も起き上がった。
「一緒に入るか」
「お断りです」
にっこりと笑顔を作って彼の顔を見る。
「ま、そうだよな」
彼はニヤリと右頬を歪ませ、寝室を出ていった。
もう、さっきまでの変な空気はない。
「……俺のもの、か」
ベッドを出て、ドレスを脱いで部屋着に着替える。
彼を不安にさせているのは自分だという自覚はある。
でも。
「買われた、から」
あれさえなければ素直になれるのだ、あれさえなければ。
「夏原社長に連絡してみようかな……」
ぼーっと、バッグの中から出した名刺を眺めていた。
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