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第4章 就職活動は上手くいかない

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五分も歩かずに石造りのお洒落な建物に着いた。

「大正時代の銀行を移築してるんだ。
凄いだろ?」

御津川氏に伴われ、店に入る。
店内もその当時にあわせているみたいで、とてもノスタルジックだった。

案内された個室では、目の前に鉄板が広がっている。
スタッフが下がると同時にシェフが入ってきて、今日のコースを説明してくれた。
伊勢エビに宮崎牛と豪華コースだが、さすがにそれにもそろそろ驚かなくなってきた。
慣れって怖い。

「今日のお茶教室はどうだったんだ?」

シャンパン片手にアミューズの焼きトマトを食べながら御津川氏が訊いてくる。

「そう、ですね……」

相談しないといけないことはある。
でも、それは金の無心をするかのようで言いづらい。

「どうした?」

言い淀む私の顔を、不思議そうに彼がのぞき込む。
黙っていたところで、解決できるわけでもない。
思い切って、口を開いた。

「次のお茶会で亭主役を務めることになって……あ、お茶会といっても小規模なものなんですが」

これがあの日、御津川氏からラウンジに連れていかれたのと同じ、社交界デビューの一環だというのは理解している。
そしてそうなると、それなりの着物を準備しなければいけないわけで。

「そうか!
なら、着物を新調しないとな!
そうだ、ついでに何着か作るか!」

まるで、我がことのように喜び、彼は興奮している。
全部話さなくても察してくれるのは、とても助かる。

「あの。
お茶会用のだけでいいので……」

「なにをいう。
そもそも、李亜は着物が似合うんだから、もっと早くに作っておけばよかった……!」

非常に彼は残念がっているが、……そこまで?

「あのー、それで、その……」

「まだあるのか?」

着物だけでいくら飛んでいくのかわからないのに、さらにこれを言うのは気が引ける、が。

「お免状の申請も勧められて、それが……その。
かなり、かかるんですが」

「かなりっていくらだ?
百万くらいか?」

軽くそれだけの額を口にし、彼は前菜の地鶏のグリルをぱくりと食べた。

「い、いえ!
十五万くらい、です」

「ふーん。
李亜はそれくらいで、遠慮するんだな」

くぃっ、と彼がグラスに残るシャンパンを飲み干す。

「しますよ、普通」

短大卒の、事務系同期の入社一年目の手取りがそれくらいだったはず。
やはり、それをお免状ごとき……というのはあれだけど、でもそれに出してください、なんて言うのは気が引ける。

「言っただろ、李亜の好きにしたらいい、って。
カードだってほとんど使ってないし。
たまに使ったかと思えば、ネットで本を買うくらい。
遠慮なんかすることはないんだぞ?」

伊勢エビのグリルが出てきて、飲み物も白ワインに変わった。

「……」

好きにしていい、なんでも買え。
御津川氏はいつも私にそう言うが、本当にそれでいいのか、って気持ちが常について回る。
私は彼に買われたのに、それに金をつぎ込む御津川氏は、私の目から見れば酔狂でしかない。
だからこそ、早く再就職してしまいたいのもある。

「まあ、いい。
李亜はまだ、俺の愛を信じてないみたいだしな」

ふっと僅かに笑い、ワイングラスを口に運んだ彼の顔は、酷く淋しそうに見えた。

デザートまで堪能し、店を出る。
帰りは、当然ながらタクシーだった。

「……酔った」

帰り着いた途端、彼はごろんとソファーに寝そべった。

「飲み過ぎですよ」

キッチンでグラスに水を注ぎ、彼に渡す。

「そーかなー?」

なんて彼は言っているが、あのあとの彼のペースはあきらかに速かった。

「もー、風呂いいわ……。
ねむ……」

グラスをテーブルの上に置き、またソファーに寝転んだ彼は、目をつぶってしまった。

「えっ、ちょっと、せめてベッドには行ってくださいよ!」

「……面倒くさい」

手を引っ張ったものの、簡単に払いのけられる。

「おやすみ、李亜……」

その声を最後に、すーすーと気持ちよさそうな寝息が響いてきた。

「ほんとに寝ちゃったんですか!?」

そーっと揺り起こしたものの。

「んーん」

ごろりと寝返りを打ち、クッションの間にあたまを突っ込んで起きそうにない。

「わかりましたよ……」

少し考えて、ゲストルームのベッドから布団を引き剥がしてきてかける。
空調は効いているから、風邪を引くことはないだろう。

「せめて、ジャケットは脱がせるべきだった……」

スーツのまま眠ってしまったから、きっと皺だらけになるだろう。

「でも……」

あのあと、彼が半ばヤケのようにお酒を飲んでいた理由はわかっている。
私がいまだ、彼に対してどこか、他人行儀だからだ。
彼が私を愛してくれているのはもう、理解している。
でも彼は私を〝買った〟のだ。
それに対してわだかまりを持つな、っていう方が無理。

――それでも。

「好き、なんだよね、たぶん」

彼の隣に座り、寝顔を見ているとため息が出た。
キスされても嫌じゃない。
御津川氏が眼鏡の下で目尻を下げ、「李亜」と私の名前を呼んでくれるだけで嬉しい。
確実にこれは――恋、という奴なのだろう。

「七百万返せて対等になれたら、素直になれるのかな……」

……お祈りメールばかりの現実では、厳しいけど。
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