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復路
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帰りの新幹線、行きとは違い穏やかな気持ちだった。
「来てよかった」
結論からいえば、彼には会えた。
特定してもらう前提で、行く先々の画像をTwitterにあげたのだ。
【いま広島いるの!?】
どこに行くともなくぶらぶらと街を歩いていたら、彼からDMが入った。
【うん、そう】
【仕事?
観光?】
もし、会いに来たなんて言ったら彼はどうするのだろう。
興味はあったが、試してみる度胸はない。
【観光】
結局、ついても仕方ない嘘をついた。
【言ってくれたら、案内したのに】
これは期待、してもいいんだろうか。
彼にも少しは、気持ちがあると。
【あのね?】
【残念。
俺今日、仕事なんだ】
会えないかな、打つ前に彼からの返信。
広島に行きさえすれば彼に会える、浅はかな自分の考えに腹が立つ。
【泊まり?
日帰り?】
彼からの問いに、また期待が首をもたげる。
【日帰り】
【そっかー。
帰り、何時の新幹線?】
これは彼も私に会いたがっているということでいいんだろうか。
逸る気持ちを抑え、携帯へ指を走らせる。
【7時】
【んー、じゃあ、少しだけ会わない?】
ばくん、心臓が一度、大きく鼓動した。
【会いたい】
返信を打つ、指は震えていた。
【5時には仕事終わるから、5時半に広島駅待ち合わせでどう?】
【うん、いい】
【じゃ、5時半に広島駅で】
【了解】
そこで会話は終了し、画面を閉じる。
無意識に詰めていた息をはぁーっと吐き出した。
計画とはいえない計画を立てた私が言うのもなんだが、本当に彼に会えるなんて思ってもいなかった。
なのにこんな。
「とにかく待ち合わせまで時間潰さなきゃ」
時刻はようやく2時を回ったところ。
あと3時間ほどある。
「なにしてよう……」
広島で思いつくのは原爆ドームだが、今日は遠慮したい。
平和は尊いものだけど。
「そうなると街ブラか……」
仕方ないので路面電車で繁華街へ向かう。
初めての路面電車はなんだかわくわくした。
もしかしたら彼と会う約束ができて、うきうきしているせいかもしれない。
街をぶらぶらしながら可愛い服を見つけ、それを買って着替えた。
彼に会えるのならば、最高に可愛い自分になっていたい。
5時過ぎ、待ち合わせの広島駅に急ぐ。
言われた場所には背の高い、スーツに眼鏡の男が立っていた。
「咲夜、さん?」
男の首が横にこてんと倒れる。
そういうのは非常に……可愛い。
「はい。
白池さん、だよね?」
「よかったー、合ってたー!」
ぱーっと男――白池さんの顔が輝く。
「もう、間違ったらどうしようってドキドキしたー」
にこにこ笑っている彼は大型犬を彷彿させた。
いや、ツイートから可愛い人なんだろうな、とは想像していた。
でも長身黒縁眼鏡の男の、こんなに可愛いしぐさは……破壊力が凄まじい。
「あ、あんまり時間ないもんね。
スタバでもいい?」
「うん」
彼と並んで歩き出す。
歩く速度は私にあわせてくれた。
「おっと」
人にぶつかりそうになると、さりげなくガードしてくれる。
彼なりの優しさなんだろうけど、……いいの?
彼女以外の人間にそんなことをして。
ますます好きになっちゃうよ。
たどり着いたスタバで飲み物を頼み、空いた席に座る。
「改めまして。
白池です」
「咲夜です」
眼鏡越しに目のあった彼が、はにかむように笑う。
その笑顔に心臓はドキドキしっぱなしだった。
「なんかこうやって会うの、不思議な感じがするね」
「そう、だね」
あんなに会いたかったのに、いざ会うとなにを話していいのかわからない。
彼も間を埋めるようにコーヒーを口に運んだ。
「そういえば。
プロポーズはどうなったの?」
「聞いてよ!
俺さ、……」
彼は楽しそうにプロポーズの計画を話しだした。
きっと、誰かに聞いてほしかったのだろう。
……ただ。
人選は完全に間違っているが。
彼の話す、素敵な計画の相手は私じゃない。
それが私の心を真っ黒に塗りつぶしていく。
「彼女、喜ぶんじゃないかな」
「ほんと!?
咲夜さんにそう言ってもらえて、自信がついたよ。
ありがとう」
笑顔がひきつらないように気を使う。
そんな私の気など知らず、彼は嬉しそうににこにこ笑っていた。
「あのさ」
「なに?」
「彼女のどこがいいの?」
「えっとねー」
彼の、のろけ話は永遠続いていく。
でも、幸せそうに話している彼を見ていたら、なんだか全てがどうでもよくなってきた。
「そんなに彼女がいいんだー」
「うん」
これ以上ないくらい、幸せそうな顔で彼が笑った。
悔しいけど、きっと私じゃ彼をこんな顔にできない。
完全に敗北だ。
「そう。
じゃあ、彼女とお幸せにね」
「ありがとう」
彼と別れ、新幹線乗り場へ向かう。
売店でビールと穴子弁当を買った。
「あーあ。
完全に失恋」
プシュッ、開けたビールの苦味を胃に流し込む。
「でも、仕方ないよね。
あんな顔して笑われちゃ」
今日、彼に会いに行ってよかった。
あの笑顔が見られたから。
ネット越しじゃきっと、わからなかった。
「私も素敵な彼、見つけるんだー」
私を、彼のような笑顔にしてくれる彼氏を。
――私が、彼のような笑顔にできる彼氏を。
そしてそんな彼氏ができたら、また彼に会いに行こう。
私の彼氏も、こんなに素敵でしょ、って。
《終》
「来てよかった」
結論からいえば、彼には会えた。
特定してもらう前提で、行く先々の画像をTwitterにあげたのだ。
【いま広島いるの!?】
どこに行くともなくぶらぶらと街を歩いていたら、彼からDMが入った。
【うん、そう】
【仕事?
観光?】
もし、会いに来たなんて言ったら彼はどうするのだろう。
興味はあったが、試してみる度胸はない。
【観光】
結局、ついても仕方ない嘘をついた。
【言ってくれたら、案内したのに】
これは期待、してもいいんだろうか。
彼にも少しは、気持ちがあると。
【あのね?】
【残念。
俺今日、仕事なんだ】
会えないかな、打つ前に彼からの返信。
広島に行きさえすれば彼に会える、浅はかな自分の考えに腹が立つ。
【泊まり?
日帰り?】
彼からの問いに、また期待が首をもたげる。
【日帰り】
【そっかー。
帰り、何時の新幹線?】
これは彼も私に会いたがっているということでいいんだろうか。
逸る気持ちを抑え、携帯へ指を走らせる。
【7時】
【んー、じゃあ、少しだけ会わない?】
ばくん、心臓が一度、大きく鼓動した。
【会いたい】
返信を打つ、指は震えていた。
【5時には仕事終わるから、5時半に広島駅待ち合わせでどう?】
【うん、いい】
【じゃ、5時半に広島駅で】
【了解】
そこで会話は終了し、画面を閉じる。
無意識に詰めていた息をはぁーっと吐き出した。
計画とはいえない計画を立てた私が言うのもなんだが、本当に彼に会えるなんて思ってもいなかった。
なのにこんな。
「とにかく待ち合わせまで時間潰さなきゃ」
時刻はようやく2時を回ったところ。
あと3時間ほどある。
「なにしてよう……」
広島で思いつくのは原爆ドームだが、今日は遠慮したい。
平和は尊いものだけど。
「そうなると街ブラか……」
仕方ないので路面電車で繁華街へ向かう。
初めての路面電車はなんだかわくわくした。
もしかしたら彼と会う約束ができて、うきうきしているせいかもしれない。
街をぶらぶらしながら可愛い服を見つけ、それを買って着替えた。
彼に会えるのならば、最高に可愛い自分になっていたい。
5時過ぎ、待ち合わせの広島駅に急ぐ。
言われた場所には背の高い、スーツに眼鏡の男が立っていた。
「咲夜、さん?」
男の首が横にこてんと倒れる。
そういうのは非常に……可愛い。
「はい。
白池さん、だよね?」
「よかったー、合ってたー!」
ぱーっと男――白池さんの顔が輝く。
「もう、間違ったらどうしようってドキドキしたー」
にこにこ笑っている彼は大型犬を彷彿させた。
いや、ツイートから可愛い人なんだろうな、とは想像していた。
でも長身黒縁眼鏡の男の、こんなに可愛いしぐさは……破壊力が凄まじい。
「あ、あんまり時間ないもんね。
スタバでもいい?」
「うん」
彼と並んで歩き出す。
歩く速度は私にあわせてくれた。
「おっと」
人にぶつかりそうになると、さりげなくガードしてくれる。
彼なりの優しさなんだろうけど、……いいの?
彼女以外の人間にそんなことをして。
ますます好きになっちゃうよ。
たどり着いたスタバで飲み物を頼み、空いた席に座る。
「改めまして。
白池です」
「咲夜です」
眼鏡越しに目のあった彼が、はにかむように笑う。
その笑顔に心臓はドキドキしっぱなしだった。
「なんかこうやって会うの、不思議な感じがするね」
「そう、だね」
あんなに会いたかったのに、いざ会うとなにを話していいのかわからない。
彼も間を埋めるようにコーヒーを口に運んだ。
「そういえば。
プロポーズはどうなったの?」
「聞いてよ!
俺さ、……」
彼は楽しそうにプロポーズの計画を話しだした。
きっと、誰かに聞いてほしかったのだろう。
……ただ。
人選は完全に間違っているが。
彼の話す、素敵な計画の相手は私じゃない。
それが私の心を真っ黒に塗りつぶしていく。
「彼女、喜ぶんじゃないかな」
「ほんと!?
咲夜さんにそう言ってもらえて、自信がついたよ。
ありがとう」
笑顔がひきつらないように気を使う。
そんな私の気など知らず、彼は嬉しそうににこにこ笑っていた。
「あのさ」
「なに?」
「彼女のどこがいいの?」
「えっとねー」
彼の、のろけ話は永遠続いていく。
でも、幸せそうに話している彼を見ていたら、なんだか全てがどうでもよくなってきた。
「そんなに彼女がいいんだー」
「うん」
これ以上ないくらい、幸せそうな顔で彼が笑った。
悔しいけど、きっと私じゃ彼をこんな顔にできない。
完全に敗北だ。
「そう。
じゃあ、彼女とお幸せにね」
「ありがとう」
彼と別れ、新幹線乗り場へ向かう。
売店でビールと穴子弁当を買った。
「あーあ。
完全に失恋」
プシュッ、開けたビールの苦味を胃に流し込む。
「でも、仕方ないよね。
あんな顔して笑われちゃ」
今日、彼に会いに行ってよかった。
あの笑顔が見られたから。
ネット越しじゃきっと、わからなかった。
「私も素敵な彼、見つけるんだー」
私を、彼のような笑顔にしてくれる彼氏を。
――私が、彼のような笑顔にできる彼氏を。
そしてそんな彼氏ができたら、また彼に会いに行こう。
私の彼氏も、こんなに素敵でしょ、って。
《終》
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