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第4章 私が叶えたい恋ってなんだろう……?

3.元彼とよりを戻せそう、だけど……

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少しの残業で会社を出た。

「それで、バレンタインのチョコをどうするかだよね……」

もうすでに、代引きで送りつけるなんてリプしたわりに、迷子キーホルダーを滝島さんにプレゼントしようと決めていた。
でもやっぱりバレンタインにはチョコなわけで。

「買った方がいいよね……」

ふらふらとまだ開いている店に入る。
少し悩んでオランジェットにした。
私が好きってだけで、滝島さんが好きかどうかはわからないけど。
でも、ここしばらくの付き合いで、甘いものは普通に好きだっていうのはわかっているし。

晩ごはんをいつもどおり写真を撮って送り、食べていたらメッセージが返ってきた。

【今日のメシも美味しそうだな】

お疲れ、のスタンプと共に現れるメッセージ。
最近はいつもそう。
私のごはんを美味しそうだって言ってくれる。

「えっと。
今度作りに……」

そこまで打って手が止まった。
作りに行くってそれはまるで、付き合っているみたいじゃない?
でも私と滝島さんはそういう関係じゃないわけで。
あ、でも、日頃のお礼ならあり?

【明日の夜はあいているか】

悩んでいるうちに次のメッセージが表示される。
明日の夜?
それはこっちから、チョコレートを渡すのに呼びだしたかったわけで。

【はい、大丈夫です】

「私も渡したいものが……って、早いって!」

【メシ、連れていってやる】

【ちょっといい格好してこい】

ちょっといい格好とは……?
意味がわからない。

【期待してていいからな】

【じゃあ、おやすみ】

一方的に会話はそこで終了。
相変わらずの俺様。
少しは説明する癖、つけようよ。

……なーんてツッコんだって無駄だけど。



次の日の朝、私はクローゼットを開けてうんうん唸っていた。

「ちょっといい服ってさ……」

早く言ってくれれば買いに行くことだってできたのだ。
でも聞いたのは昨日夜遅く。
いまさら、どうすることもできないわけで。

「これでいいか……」

ウエストベルトの、スモーキーピンクのワンピースを選び出す。
オフィスには若干、フォーマルすぎる気もしないでもないが、まあ、ギリギリセーフ、かな。

いつもどおり髪を結って化粧し、出勤する。
電車を降り、改札を抜けてぐるっと周りを見るのはもう、なかば習慣になっていた。

「あ……」

今日は初めて、ひとりの男性と目があった。
一瞬だけ気まずそうにした彼は、すぐに怒ったように私から目を逸らした。

「元気そう、かな」

彼――英人は前と変わりないように見えた。
チクリと胸に刺さった針は気づかないふりで会社に向かう。
これで私がまた、あの時間に駅を利用しているのはわかったはず。
あちらから時間をずらしてくることも考えられるが、彼は朝が弱くてなかなか起きられないから、あれより早くも、遅くもできないはず。

「意識、させてやるんだから」

体重も体脂肪率も少しずつ減っている。
このまま綺麗になって、振ったことを後悔させてやるんだから!

「おはようございまーす」

会社でコートを脱いだら、なぜか周りが少しどよめいた。

「どうした、伊深。
色気づいて」

「……は?」

それはセクハラ発言ですよ、なんてツッコミはおいていて。
なんか大石課長の視線が違う。
ちょっと顔は赤いし、それにいつもは馬鹿にしているくせになんかこう、……ねっとり絡んでくるような。
これはこれで気持ち悪いけど。

「お前意外と……」

「こほん!」

我が課最年長、日高ひだかさんに咳払いされて大石課長は言葉を途切れさせた。

「大石課長。
それ以上はセクハラです」

下畑さんと同じく、もうすぐ定年間際の日高さんはお子さんを三人も産んで育て上げたせいか、その言葉には有無を言わせない迫力がある。
いつもは黙って聞き流している彼女が口を出すということは、よっぽどだね。

「……すまん」

大石課長はそれっきり黙ってしまった。
でも、確かにあのセクハラ視線は嫌だけど、デブから魅力的な女性としてみてもらえたということは、喜んでいい……のか。
いやいや、やっぱりあれは気持ち悪いから嫌だ。

いつもどおり仕事を進めていく。

「おっ?
おおっ?」

昨日の報告書とフォロワーの数を比べると、劇的に増えている。
さらには欲しいの他に買ったとのリプまで。

「ほら、売り上げに貢献してるし」

なんだかちょっと、気分がいい。
それに昨日のあれのせいか、ツイート申請がかなりスムーズだ。
その証拠に。

【2月14日金曜日、バレンタインデーです。
チョコレートを渡す際、こんなメッセージカードを添えてはいかがでしょうか。
皆さんの恋が実るのを、応援しています】

普通なら最後の一文は赤線カットなのだ。
なのに今日は許可が出た。

「ちょっといい感じ……?」

この感触ならプレゼンを成功させたらTwitter運用を継続させてもらえるかもしれない。

大石課長にはTwitter運用について自分なりの考えをプレゼンしたい、と伝えたら、月末に時間を取ってやると約束してくれた。
きっと彼としてはそれでダメ出しをして諦めさせるつもりなんだろうけど、反対に考えを改めさせてみせるんだから!

「お疲れ様でしたー」

定時になって会社を出る。
手には昨日買ったチョコと、今日、会社で買った迷子キーホルダー。

「おいっ!」

駅で、後ろからいきなり肩を掴まれた。
わけもわからず振り返る。
そこには怒った顔の英人が立っていた。

「彼氏のオレになにも無しかよ」

「え……?」

彼が、私になにを要求しているのか全くわからない。
だいたい、彼氏って?
自分から別れを告げたくせに。

「オレはお前と別れたつもりはないからな。
ただ単に、お前がだらしなくぶくぶく太っていくから距離を置いただけで」

「はぁ」

「心を入れ替えて痩せるっていうなら、考え直してやってもいい」

これはいったい、なにを言っているのだろう。
ああ、あれか。

「よりを戻してやってもいい、ということ?」

「バ、バカ!
そこはオレのために綺麗になる努力をしたのでやり直してください、ってお前が頼むところだろうが!」

真っ赤になってつばを飛ばしながら英人が怒鳴るように言ってくる。
なぜかそれを、冷静に見ていた。

「まあ、許してやるにはまだまだだけどな。
……おっ、それはオレにバレンタインのチョコか」

「あっ。
か、返して!」

手に持っていた紙袋を奪われた。
慌てて、取り返そうとしたものの。

「ちゃんと彼氏にチョコ用意してくるとか、いい心がけしてるじゃないか」

「待って!」

追いかけたけれど閉まるドアギリギリで英人は電車に乗り込み、行ってしまった。

「……最悪」

待ち合わせまで時間もないし、目的のホームに向かう。
せめて迷子キーホルダーとチョコは別々に入れておくべきだった。

電車の窓に映る私は、元彼によりを戻してもらえそうとかいう嬉しそうな顔ではなかった。
英人を見返すためだけに頑張ってきたが、本当にそれでいいんだろうか。
あの英人に自分からよりを戻してください、と言わせれば私は満足なんだろうか。

「……わかんないよ」

はぁーっとついた重いため息は、自分の誕生日にはふさわしくなかった。
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