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第3章 運用廃止の危機ですよ!!

6.あなたにとって私はなに?とか訊けたらいいのに

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朝起きたら滝島さんはいなかった。

「滝島さん……?」

どこに行ったんだろ?
荷物はそのままだから、遠くじゃないと思うけど。

「おはよう、伊深」

ふぉわーとか大あくびをしていたら、滝島さんが戻ってきた。

「お、おはようございます……」

慌てて口を閉じる。
こんなところを見られるのはさすがに恥ずかしい。

「どこ、行ってたんですか」

「散歩。
この周り、散歩コースがあるんだ」

「誘ってくれたらよかったのに」

ぷーっと膨れてみせたら、あたまをぽんぽんされた。

「わるい、わるい。
疲れてるだろうと思ってさ。
風呂、入ってこい。
朝風呂は最高だぞー。
俺も行くし」

「あ、待ってください」

全く悪いと思っていない様子でタオルを掴んで部屋を出る、滝島さんを追う。

「ここのお風呂、広くて最高ですよね」

「だろ?
ちなみに家族風呂もあるんだが……入るか?」

ちょうど、家族風呂と大浴場と別れる角に来ていた。
私の見つめる、眼鏡の奥の瞳は、私を試しているかのようだ。

「えっ、あの、その。
よ、予約とかは?」

「さっきしてきた。
いまからいいそうだ」

滝島さんとお風呂?
三度肌を重ねた仲なら恥ずかしくない……のか?

「えっと、その……」

「どうする?」

さらに滝島さんがたたみかけてくる。
でも夜のあれはレッスンなわけで、でもこれは?

「その。
……遠慮、します」

「そうか。
じゃあ、俺ひとりで行ってくるわー」

一瞬、彼が少しだけ淋しそうな顔をした気がした。
次の瞬間にはなんでもないように笑っていたけれど。
でも、なんで?

朝の露天は昇ってくる太陽が見えて気持ちいいが、それとは反対に私の心は曇っていた。
滝島さんは私の恋と仕事の面倒を見てくれているが、どういうつもりなんだろう。
レッスンにかこつけて私を抱くのが目的?
それ以外考えられない。

「身体目的かー」

でも滝島さんなら女に苦労するはずがない。
あの容姿であの身長だ。
まあ、性格が俺様なのがあれだけど、そこがいいって人も多いはず。
性欲発散でも私なんか相手にしなくても、選り取り見取りだろう。

「なんで私なんか……」

時折みせる、苦しそうな、淋しそうな顔。
なにか忘れている気がするけれど、思い出せない。
それを思い出せばきっと、すっきりするのに。

「おかえり」

部屋に戻ったらすでに、滝島さんも戻ってきていた。

「朝食、食いに行くぞ」

「あっ、はい」

前を歩く彼の後頭部を見つめる。
私になにか、言いたいことはないですか。

――なーんて言えたらすっきりするけれど、私には言う勇気がない。

ミツミ監修の朝食バイキングを堪能し、部屋に戻ってきた私に渡されたのは、……モニターアンケートの用紙でした。

「えっと……」

「今度、健康促進ツアーをやろうかと計画しているんだ。
ちょうどいいから伊深にはモニターになってもらった」

紙を持つ手がブルブルと震える。
それならそうと、最初に言ってくれればいいのに!!

「ああモニター、そうモニターですか」

ボールペンを受け取りながらがっかりしている私は、いったいなにを期待していたんだろう。
でも納得。
突然の宿泊とか、妙に写真を撮っていたのとか。

「ですよね!
じゃないとご褒美エステとかあるわけないですもんね!」

アンケートは昨日のアスレチックのことから尋ねる内容になっていた。
あそこからすでに、モニターがはじまっていたのだ。

「滝島さんはほんと、お仕事熱心です、ね……」

進んでいったアンケート、前日のお昼のところに大きく×がしてあった。
実際のモニターコースは、アスレチックに隣接した施設でバーベキューらしい。

「これはモニターしなくてよかったんですか?」

「だから。
伊深の手作り弁当持ってデートしようって言ったはずだが?」

照れくさそうに滝島さんはボリボリと首の後ろを掻いている。
それを見ていると私の方が顔に熱をもってくる。

「……ああ、うん。
そうですね」

どういうつもりかわからないが、これはやっぱりデートだったんだ。
なんだかそれで機嫌が直っている自分がわからなかった。


帰りは約束どおり、家電量販店に寄ってくれた。

「よし、これ買え、これ」

ニヤニヤ笑いながら滝島さんが指したのは、五万五千円もする体組成計だった。

「そ、その。
知り合い割引でお安くなったり……」

「しないなー」

しないなー、って!
ちょっと、ミツミの通販で値段を確認してもいいですか?

「ま、それは冗談だけど。
お勧めはこのあたりかなー」

今度指されたのは、一万以下でちょっとオシャレなのだった。

「これは立てかけ収納できるから、隙間に入れておけるし、五十グラム単位だからダイエット用にはお勧め。
ただ、アプリ連携付いてないから、記録取るのが面倒」

「え、ちょっと待ってください!
最近の体重……体組成計って、アプリ連携とかして自動で記録取れるんですか!?」

そんな便利なことになっているなんて、知らなかったよー。

「まあな。
同じくらいの値段ならこれだけど、こっちは百グラム単位なんだ」

「ううっ、悩むー」

デザインはあまり変わらないけど、データ管理できて百グラム単位か、できなくて五十グラム単位か。

「ちなみにデータ管理できるので一押しはこれだな。
でもここまで必要ないだろ」

それはなんかSFチックな見た目の体組成計だった。
お値段は二万七千円。
これくらいなら、ありなんでは……?

今回のアスレチック代に宿泊費、それにエステの代金も、モニターなんだから経費で落とすし、なんて言って滝島さんは払わせてくれなかった。

いや、これが経費で落ちないことくらい、いくらなんでも私だってわかる。
私が同じことをしたら、大石課長から避雷針も真っ青な雷を落とされ、始末書から一ヶ月はネチネチ言われるコース間違い無しだ。
なのに。

『大丈夫、大丈夫。
申請書、通してきたし』

なんて滝島さんはうそぶいた。
いくらいつもの呟きからミツミが緩い企業だって知っていても、一般常識としてこれは無理。
絶対無理。

それに最初から滝島さんの自腹だと知っていたとしても、エステ代以外は払うし。
エステはご褒美だから素直に奢られておくけど。

そんなこんなで険悪になりながら戻ってきた車中、最終滝島さんが下したのは。

『わかった。
お前がうちのいい体組成計買え。
それで売り上げが上がって俺の給料も上がり、戻ってくるから問題ないだろ!』

とかいうトンデモ決断だった。

いや、体組成計が一台売れたくらいで滝島さんの給料に直結するなんてことありえないし?
なーんて言えたらいいが、逆ギレ気味な滝島さんに無理矢理納得するしかなかった……。

そういう事情なので、最初の五万五千円の体組成計を買うのだってやぶさかではないのだ。
……うん、さすがに想定のアスレチック代と宿泊費をかなり超えるのは痛いけど。
なのに滝島さんはお手頃のばかりを勧めてくる。

「えっと。
じゃあ、それを買います」

「いやだから、そんな高いの買わなくったって、これで十分だって」

自分で勧めたくせに、私が三万円のを選ぼうとしたら全力で止めてくる。
そんな気の使われ方、嬉しくないぞ。

「それにそれは立てかけ収納ができないから、棚の隙間とかにしまっておけないし。
データ管理したいなら、こっちにしろ」

なんで安い方を勧めたいのかなー?

「でも」

「あ、すみませーん、これください!」

勝手に店員を呼び、滝島さんは在庫確認をはじめてしまった。

「……売り上げ上がって滝島さんの給料が上がるんじゃなかったんですか。
これくらいじゃダメですよ」

「ばーか。
それだと二十三万の体組成計買わなきゃダメだろ」

「いたっ」

デコピンされて痛む額を押さえる。
ばーか、って滝島さんがばーかですよ。
わかっていますよ、それくらい。
どうしてそんなに、ただの中の人仲間ってだけで私にかまってくれるんですか。
この関係はそれだけですか。
気になる。
けれど聞いてしまったらなにかが壊れてしまう気がして、聞けない……。
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