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1.澤田という男

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「食えば?」

突然、目の前に差し出された板チョコに驚いた。

――お昼過ぎ。
同僚女性にいつものようにきつく当たられ、泣いてトイレから出てきたところ。

こんなところを見られるだけでも恥ずかしいのに、目の前にはなぜか板チョコ。

「ん」

板チョコを差し出す眼鏡の男――澤田さわださんは、困惑してる私なんか無視して、少し怒ってさらに押しつけてきた。

「甘いもん食えば、元気出るから」

「……ありがとうございます」

仕方なく受け取ると、澤田さんからあたまぽんぽんされた。
わけわかんなくて見上げると、視線のあった澤田さんはぷいっと視線を逸らし、そのまま行ってしまった。

ひとり取り残されて、立ち尽くしてしまう。

……あれはいったい、なにがしたかったんだろう?
もしかして、慰めてくれた、とか?

思わず手を握りしめると、その中でぱきりと音を立てて板チョコが割れ、現実に戻った。

……早く戻らないと、また嫌みを云われる。

急いで机に戻ると、澤田さんは部屋の中にいなかった。
ボードを見ると外出になっている。

ああ、さっきはきっと、会社を出るとこ、たまたま。

引き出しに板チョコをしまおうとして、思い立って割れた欠片を口に入れる。

……甘い。

優しく甘いチョコは確かに、食べると少し元気が出た。


 
澤田さんは少し前に中途採用で入ってきた人だ。

そして、私をいつも睨んでる人。

でも、睨まれる理由はわからないこともない。
いつも自信がなくて、おどおどびくびくしている私に、周囲の人はいつも苛々しているから。
きっと澤田さんもそうなんだろう。

……あ、でも、よく目つきが悪いって注意されてるから、睨まれてるんじゃなくて、もしかしてそういうのなのかな?


「藤堂さん、どうしてこれのまとめ、やってないの?」

いつものように詰め寄ってきた島田さんに、気付かれないように小さくため息をついて椅子から立ち上がる。

「あの、でも、そこまでは云われてないですし……」

「云われなきゃやらないの?
なにそれ?
いまだに新人気分?
入社何年目だっけ?」

「……四年目です」

はっ、吐き捨てるように笑われて、俯いた顔で唇をきつく噛んだ。

「だいたいいつも藤堂さんって、気が利かないし、要領悪いし。
なに?
やる気あるの?」

「……すみません」

始まる、お説教。
毎回、毎回。
ねちねち、ねちねちと。

「いい加減にしてくれない?
あなたがいるせいで私たちの仕事が増えるの。
わかる?」

「……すみません」

何度か目の同じ言葉を口にすると、さらに彼女はヒートアップしていく。

「さっきからすみません、すみません、ってそれしか云えないの?
ねえ?」

「……すみません」

これ以外のことを云えばさらに怒り出すのに、そんなことを云われても困ってしまう。

「あなたにはみんな迷惑してるの!
わかってるの!?」

「……すみま、せん」

僅かに鼻づまりなった声が出たかと思ったら、涙がぽたりと床に落ちた。

「いつもいつも、すぐに泣いて!
泣いたら許してもらえると思ったら、大間違いだからね!」

「……すみま、せん」

完全に鼻づまりになった声に、彼女は呆れたように大きなため息をついた。

「まあいいわ。
次から、というか次こそは気をつけてちょうだい」

「……すみません、でした」

島田さんが去ると同時に、やっぱりいつものようにトイレに駆け込んで、泣く。
出てくるとまた……目の前に板チョコ。

「食えば?」

見上げた先にはこのあいだと同じく、澤田さんの顔。

「……えっと」

「ん」

戸惑っていると、やっぱり少し怒ってさらに押しつけてきたので仕方なく受け取る。
また私のあまたをぽんぽんすると澤田さんは去っていった。

……というか。
もしかして待ち伏せされてたんだろうか?
あの人はいったい、なにがしたいんだろうか?
全くもってわからない。

……でも。
やっぱりもらった板チョコを食べると優しく甘くて、少し元気が出た。
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