ジンクス

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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ジンクス

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――私の彼氏は、結構冷たい。

「……置いて行かれたいわけ?」

家を出るのに、なかなかサンダルのストラップが
留められなくて手間取ってたら、頭上から冷たい声。

「ちょっと待って!
もうできるから」

「あと十秒。
九、八……」

無情にも始まるカウントダウン。
焦れば焦るほど、留まらない。

「……二、一、」

「留まった!」
 
なんとなく勝ち誇った気分でちらっと見上げると……奴が頬を片方だけ少し上げて、笑った気がした。

「いくぞ」

「はい」
 
奴は私が立ち上がるのなんか待たずに、さっさと歩き出す。
私も慌ててそのあとを追いかけた。



「Aセットで食後にコーヒー」

「えっと。
私もA……でもBも捨てがたいし……」

「Cセットで食後にコーヒー。以上で」
 
悩んでる私なんか無視して、奴は勝手に注文してしまった。
なんとなく睨むと、冷たい視線が返ってきた。

「かしこまりました。
AセットとCセット、どちらも食後にコーヒーでよろしいですね?」

「はい」

「…………」

「失礼します」
 
……はぁーっ。

店員さんがいなくなってため息。

「……私が筍苦手なの、知ってるくせに」

「さっさと注文しない、おまえが悪い」
 
そう言い放った奴に、返す言葉がない。

確かに店員さんを前にして、悩んでいた私も悪い。

でもわざわざ、私が苦手な筍のパスタを選ぶことはないと思う。

「お待たせしました、Cセットです」

「あ……」
 
私です、っていおうとしたら、奴が軽く手を上げた。
店員さんはその前にCセットの筍のパスタを置く。

「なんで……」

「は?
俺が食べたいから注文したに決まってるだろ」
 
ニヤリ。

片頬でそう笑う奴にむかつく。

「Aセットです」
 
すぐ次に運ばれてきたのは、厚切りパンチェッタとアスパラの、温玉のせカルボナーラ。

はっきりいってかなりおいしそう。
最初から迷わずこっちにしときゃよかった。

「……で。
このあとどこいきたいっていってたっけ?」
 
食後のコーヒーになって奴が聞いてきた。
というか、このコーヒーの時間が私は好きだ。

……なぜなら。

「映画。
あのラブコメの奴がみたい」

「却下。
……あちっ」
 
……これ。

奴は猫舌で、必ず一口目は顔をしかめる。
そこだけはいつもは俺様な癖して、ちょっと可愛いと思う。

「ラブコメが却下?
ならSFの奴でもいい」

「それも却下。
映画自体が却下」

「えー。
じゃあ、洋服見たい」

「却下。
おまえ、洋服選ぶのに時間かかるから、やだ」

「じゃあ、じゃあ、
天気もいいし、公園でデート」

「却下。
気分じゃない」
 
……ううっ。
ことごとく却下された。
大体今日の外出、誘ってきたのは奴の方なのに。

「そうだな、本屋でいいか。
俺、買いたい本があるし」

「……わかった」
 
……本屋かー。
中で別行動だから、嫌なんだけどなー。

「なんか文句あるわけ?」

「……ない」
 
……あるけど。
いわない。
あとが怖いから。
 


カフェを出て近くの大型書店にいく。

三十分後に出口、そう約束して中で別れた。

まんがコーナーで大好きな本の新刊が出てたので、ちょっとだけ機嫌が直った。

文庫本のコーナーを覗くと、こっちも新刊が出てた。

会計をすませて、まだ十分くらいあったから女性誌コーナーで立ち読み。

……あ、こんな格好可愛いなー。
そういや、そろそろ美容院にいかなきゃ。
今度はパーマかけようかなー?

 ブブブブブッ。

「……!」
 
突然、ポケットの中で震えた携帯に驚いた。

時計を見てみると、待ち合わせの時間を二分過ぎてた。

……ううっ。
絶対怒ってる。

「……はい」

『いつまで待たせるつもり?』

「ごめん、すぐいく」

『ダッシュ』

「はいっ!」
 
雑誌を棚に戻して速攻で出口にいく。

てか、二分くらいで怒らなくてもいいと思うんだけど?

出口の扉付近に、明らかに苛ついてる奴がいた。

「時間厳守だって、いつもいってるよな?」

「……はい。
すみません」

「おまえが時間にルーズなの、説教してたらいくら時間があっても足りない。
いくぞ」

「……どこに?」

「黙ってついてこい」

「……はい」
 
足早に歩く奴に置いて行かれないように、必死で歩く。

見えてきたのは私がデートを提案した公園。

きれいな桜並木を抜けると、噴水の前に出た。

私たちがその前に立ったとき、近くの教会で結婚式でもやっているのか、鐘が鳴り始めた。

舞い散る花びらの中、奴は黙って私の手を取ると……左手の薬指に指環を嵌めた。

「これでおまえは、一生俺のもの」
 
……いわれた意味を理解するまでに数秒を要した。

「えっと、あの?」

「不服か?」

「……ううん」
 
ニヤリ。

奴の片頬が上がる。

抱き寄せられて……人前だというのにキスされた。
キスしながら、ここの公園のジンクスを思い出した。

「もしかして、ジンクスにあやかった?
教会の鐘が鳴ってるときに、この噴水の前でプロポーズしたら上手くいく、って」

「は?
ジンクスなんてただの迷信だろ。
第一、こんな時間に鐘が鳴ってたのはただの偶然だし」
 
……そういいつつも。
奴の顔はほんのり赤い。

映画やショッピングを却下されたのは、きっと時間に間に合わなくなるからだ。

待ち合わせの時間に遅れて苛々してたのも。

なんですか。
そんなにプロポーズ受けてもらえるか、不安だったんですか。

もー、そんな可愛いとこ見せないでよ。

「……なに笑ってるんだ」

「なんでもなーい」

「むかついた。
今日の晩飯、おまえのおごりで焼き肉、な」

「えー、それはないよー」
 
足早に歩き始めた奴を追う。

……こんな奴だから。
私は一緒にいることをやめられない。

【終】
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