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第二章 出戻りの出戻り
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ひとしきり段取りも決まり、帰りは宣利さんが送ってくれるという。
「途中で花琳が眠ってしまったら困るからな」
「うっ」
それは言われるとおりなのでなにも返せない。
行きも電車の中でうとうとして危うく乗り過ごすところだったし、さっきも意識が飛んでいた。
会計は宣利さんがしてくれた。
「えっ、悪いです!」
「僕が僕ものもである花琳が食べた分を払うんだ、なにが悪い?」
「うっ」
じっと眼鏡の奥から見つめられたらなにも言えなくなる。
結局、奢ってもらった。
「そういえば、今日はご両親はご在宅か」
「あ、はい」
ラウンジを出る段階になってなぜか聞かれた。
到着したエレベーターのドアをさりげなく押さえ、私を先に乗せてくれる。
「わかった」
短く答え、彼は操作盤の前に立った。
じっと目の前にある、私より頭ひとつ高い彼の後頭部を見つめる。
さっきは気圧されて承知したけれど、この人は本当に子供ができたからって理由だけで私と復縁して後悔しないんだろうか。
「どうぞ」
そのうちエレベーターが一階に着き、またドアを押さえて彼が私を先に降ろしてくれる。
「ちょっと待っててくれ。
すぐに戻る」
「じゃあ、私はお手洗いに……」
「わかった」
彼は短く頷き、私を残してどこかへ行ってしまった。
そのあいだにお手洗いを済ませてしまう。
私がロビーに戻るのと、宣利さんが戻ってくるのは同じタイミングだった。
彼の手には大きな紙袋が握られている。
なにか買い物でもしたんだろうか。
駐車場で車に乗り、私がシートベルトを締めたのを確認して彼が車を出す。
「子供が生まれるんなら、車を買わないといけないな」
「え?」
思いがけない宣言に、ついその顔を見ていた。
宣利さんは今乗っている、プライベート用のミドルタイプSUVの他に、仕事用のセダンが二台、さらにクーペと、なぜかコンパクトカーと軽自動車も持っている。
もちろん、全部自社かグループ会社のものだ。
こんなに車があるのに、さらにまた買おうというんだろうか。
「あのー、宣利さん?」
「ん?
子供が生まれたらミニバンタイプの車がいるだろ。
どれにするかな」
車を買うのは決定らしく、彼はもう悩んでいる。
確かに子育て世帯にミニバンはマストアイテムだが、買い替えではなく増車っぽい口ぶりだったのが気にかかる。
そうこうしているうちに家に着いた。
私を家の前で降ろすのかと思ったら、宣利さんは来客用のスペースに車を停めた。
当然ながら一緒に降りてくる。
「あの……」
「ご両親に復縁のご挨拶をしなきゃいけないだろ」
車を降りた彼の手には、ホテルで持っていた紙袋が握られていた。
もしかして挨拶用にお菓子でも買ったんだろうか。
「そう……ですね」
すっかり失念していた私もあれだが、今日の今日で挨拶へ行くなんて思わない。
せめて、ホテルを出る前に言ってほしかった。
いきなり宣利さんが来たら両親は驚くだろう。
きっと、休みだから家着だし。
「あの!
五分!
五分でいいから待ってもらえないですか!」
「なんでだ」
滅茶苦茶不機嫌そうに見下ろされたが、両親に準備をする時間くらい与えてほしい。
母はまだしも、父の家着はTシャツにステパンなのだ。
スーツ姿の宣利さんとあの姿で対峙するなんて父が可哀想すぎる。
「連絡してないので、ちょっと準備をですね!」
「……ふむ」
拳を顎に当て、宣利さんはなにやら考え込んでいる。
「そうだな、すっかり失念していた」
だったらできれば出直してもらえないかと期待したものの。
「ちょっとそのへんを散歩してくるよ。
それでいいかな?」
宣利さんはこれで解決だって感じだけれど、よくない、全然よくない。
がしかし、両親が着替える時間くらいは確保できたので、頷いておいた。
そのまま宣利さんはどこかへ歩いていったので、速攻で玄関を開ける。
「急いで着替えて!」
「おい、帰ったのならただいまくらい……」
案の定、父はTシャツにステパンでだらだらしていた。
母の姿が見えないが……どこだ、この一大事に!
「宣利さんが来るの!
たぶん、あと五分か十分くらいで!」
「はぁっ!?」
目をまん丸くし、寝転んでいたソファーから父は飛び起きた。
「なんでだ!?」
「説明はあと!
お父さんは急いで着替えて!
私はリビング、片付けるから。
お母さんは?」
父を追い立てつつ、散らかったリビングを片付ける。
「それが……さっき、買い物に出掛けた」
「なんでこんなときに……!」
などと嘆いたところでどうにもできない。
慌てて携帯にかけるが、出ない。
たぶんまた、バッグの奥のほうに入って気づいていないのだろう。
だからあれほどスマートウォッチにしろと……!
心の中で愚痴りつつ、速攻で宣利さんを迎える準備を整える。
そのうち父も、ポロシャツにチノパンに着替えてきた。
「それでなんで、宣利さんがいまさらになってうちに来るんだ?」
父の疑問はもっともだ。
「復縁のご挨拶だって」
「復縁……?」
父はしばらく、その言葉の意味を考えているようだった。
「……お前、宣利さんと復縁するのか」
「うん、なんか……あっ、お母さん、帰ってきた!」
そのタイミングで玄関が開く気配がした。
大急ぎで母を出迎える。
しかし、一緒に入ってきた人を見て顔が引き攣った。
「途中で花琳が眠ってしまったら困るからな」
「うっ」
それは言われるとおりなのでなにも返せない。
行きも電車の中でうとうとして危うく乗り過ごすところだったし、さっきも意識が飛んでいた。
会計は宣利さんがしてくれた。
「えっ、悪いです!」
「僕が僕ものもである花琳が食べた分を払うんだ、なにが悪い?」
「うっ」
じっと眼鏡の奥から見つめられたらなにも言えなくなる。
結局、奢ってもらった。
「そういえば、今日はご両親はご在宅か」
「あ、はい」
ラウンジを出る段階になってなぜか聞かれた。
到着したエレベーターのドアをさりげなく押さえ、私を先に乗せてくれる。
「わかった」
短く答え、彼は操作盤の前に立った。
じっと目の前にある、私より頭ひとつ高い彼の後頭部を見つめる。
さっきは気圧されて承知したけれど、この人は本当に子供ができたからって理由だけで私と復縁して後悔しないんだろうか。
「どうぞ」
そのうちエレベーターが一階に着き、またドアを押さえて彼が私を先に降ろしてくれる。
「ちょっと待っててくれ。
すぐに戻る」
「じゃあ、私はお手洗いに……」
「わかった」
彼は短く頷き、私を残してどこかへ行ってしまった。
そのあいだにお手洗いを済ませてしまう。
私がロビーに戻るのと、宣利さんが戻ってくるのは同じタイミングだった。
彼の手には大きな紙袋が握られている。
なにか買い物でもしたんだろうか。
駐車場で車に乗り、私がシートベルトを締めたのを確認して彼が車を出す。
「子供が生まれるんなら、車を買わないといけないな」
「え?」
思いがけない宣言に、ついその顔を見ていた。
宣利さんは今乗っている、プライベート用のミドルタイプSUVの他に、仕事用のセダンが二台、さらにクーペと、なぜかコンパクトカーと軽自動車も持っている。
もちろん、全部自社かグループ会社のものだ。
こんなに車があるのに、さらにまた買おうというんだろうか。
「あのー、宣利さん?」
「ん?
子供が生まれたらミニバンタイプの車がいるだろ。
どれにするかな」
車を買うのは決定らしく、彼はもう悩んでいる。
確かに子育て世帯にミニバンはマストアイテムだが、買い替えではなく増車っぽい口ぶりだったのが気にかかる。
そうこうしているうちに家に着いた。
私を家の前で降ろすのかと思ったら、宣利さんは来客用のスペースに車を停めた。
当然ながら一緒に降りてくる。
「あの……」
「ご両親に復縁のご挨拶をしなきゃいけないだろ」
車を降りた彼の手には、ホテルで持っていた紙袋が握られていた。
もしかして挨拶用にお菓子でも買ったんだろうか。
「そう……ですね」
すっかり失念していた私もあれだが、今日の今日で挨拶へ行くなんて思わない。
せめて、ホテルを出る前に言ってほしかった。
いきなり宣利さんが来たら両親は驚くだろう。
きっと、休みだから家着だし。
「あの!
五分!
五分でいいから待ってもらえないですか!」
「なんでだ」
滅茶苦茶不機嫌そうに見下ろされたが、両親に準備をする時間くらい与えてほしい。
母はまだしも、父の家着はTシャツにステパンなのだ。
スーツ姿の宣利さんとあの姿で対峙するなんて父が可哀想すぎる。
「連絡してないので、ちょっと準備をですね!」
「……ふむ」
拳を顎に当て、宣利さんはなにやら考え込んでいる。
「そうだな、すっかり失念していた」
だったらできれば出直してもらえないかと期待したものの。
「ちょっとそのへんを散歩してくるよ。
それでいいかな?」
宣利さんはこれで解決だって感じだけれど、よくない、全然よくない。
がしかし、両親が着替える時間くらいは確保できたので、頷いておいた。
そのまま宣利さんはどこかへ歩いていったので、速攻で玄関を開ける。
「急いで着替えて!」
「おい、帰ったのならただいまくらい……」
案の定、父はTシャツにステパンでだらだらしていた。
母の姿が見えないが……どこだ、この一大事に!
「宣利さんが来るの!
たぶん、あと五分か十分くらいで!」
「はぁっ!?」
目をまん丸くし、寝転んでいたソファーから父は飛び起きた。
「なんでだ!?」
「説明はあと!
お父さんは急いで着替えて!
私はリビング、片付けるから。
お母さんは?」
父を追い立てつつ、散らかったリビングを片付ける。
「それが……さっき、買い物に出掛けた」
「なんでこんなときに……!」
などと嘆いたところでどうにもできない。
慌てて携帯にかけるが、出ない。
たぶんまた、バッグの奥のほうに入って気づいていないのだろう。
だからあれほどスマートウォッチにしろと……!
心の中で愚痴りつつ、速攻で宣利さんを迎える準備を整える。
そのうち父も、ポロシャツにチノパンに着替えてきた。
「それでなんで、宣利さんがいまさらになってうちに来るんだ?」
父の疑問はもっともだ。
「復縁のご挨拶だって」
「復縁……?」
父はしばらく、その言葉の意味を考えているようだった。
「……お前、宣利さんと復縁するのか」
「うん、なんか……あっ、お母さん、帰ってきた!」
そのタイミングで玄関が開く気配がした。
大急ぎで母を出迎える。
しかし、一緒に入ってきた人を見て顔が引き攣った。
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