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第九章 知識と勇気で

9.61 Epilog そして、次の冒険へ②

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 再び脳内に映る、拡張後の帝都ていとを別角度から描いた銅版画に、再び微笑む。この銅版画も、先の銅版画も、ウォルターが作成したもの。偽りの神帝じんてい候補の地位を返上した後、イアンと共に西海さいかいに戻ったウォルターは、リュカの治世の初期に起きた西海の海底火山の噴火であの南の島の故郷を無くしてしまった。帝都からの救援物質と共に西海に赴いたサシャは帰る場所を無くしたウォルターを帝都に連れて帰り、帝都の北郊外の谷間に大がかりな製紙・印刷工房を開いたカレヴァの許に預けた。カレヴァから紙漉きと印刷術、そして銅版画を教わったウォルターは、カレヴァの引退後にその工房を引き継ぎ、多くの書物を作成した。その半分くらいがサシャからの依頼であることは、今ではトールだけが知っていること。カレヴァとウォルターの工房で作成した書物やサシャが手に入れた八都中の書物を保管し、教育用に公開するためにサシャが作ったのが、現在トールがいる図書館。

 歴史の本で過去を懐かしむのも楽しいけど、新しい本も読みたい。市立図書館の新刊コーナーで本を吟味していた転生前のワクワクが、不意に蘇る。遺言で、サシャは、トールが毎日違う本を読めるよう、特別な奨学金を定めた。その奨学金を得た学生の義務はただ一つ、この世界の人々には『祈祷書』であると認識されているトールを毎日違う棚に移動させること。

 サシャと出会ってから何年経っただろうか? 幻の指を折って数えてみる。六十年、いや七十年くらいか。百年は経っていないはず。サシャが亡くなってから十数年、最近は奨学生の規律も乱れているようで、何日も放って置かれることもある。動けない身体だから贅沢は言えないが、それにしても、……退屈だ。

北辺ほくへんは、どうなっているだろうか?〉

 不意の思考に、微笑む。サシャと出会った頃の北辺は、冬の灰色に染まっていた。サシャの叔父ユーグを看取るために戻った北辺は、緑が浅かった。リュカの宰相として、サシャは何度か北辺には足を運んだが、タイミングが悪かった所為か、夏と秋の北辺はまだ見ていない。

[見に、行きたいな]

 出てきてしまった声に、慌てて辺りを見回す。大丈夫。トールの声は、誰にも聞こえていない。

「……」

 不意の視線に、心臓が飛び上がる。

 青灰色の大きな瞳にトールが息を飲む前に、出会った頃のサシャよりも蒼白い腕が、トールを本棚から引き抜いた。

[あ、の]

「あ、やっぱり、……喋ってる」

 トールの表紙を小さく撫でた細い影が、殆ど聞き取れない声を発する。

「僕みたいな子がいたら、助けてあげてね」

 脳裏に響いた、晩年のサシャとの約束に、トールの背は一瞬で伸びた。……この子が、俺の、新しいパートナー。

[俺の言葉、分かるのか?]

 サシャに出会った時と同じ言葉を、ウォルターと同じ色の長い髪を後ろで一つに括った少年に発する。

「うん」

 サシャとは異なる、少し幼い感じがする声に、トールは大きく微笑んだ。

[俺は、トール]

 サシャの遺言状に書いてある「『祈祷書』を持ち出す方法」を教える前に、まずは、自己紹介。

[おまえ、は?]

「あ、あの、僕、は……」
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