上 下
350 / 351
第九章 知識と勇気で

9.60 Epilog そして、次の冒険へ①

しおりを挟む
『……狂信者の残党による各地の騒動や帝都ていと内の騎士団の再編など、初期には混乱もあったが、北向きたむく神帝じんていリュカの治世は概ね平穏に四十四年間続いた』

 本棚に落ち着いた途端脳内に流れてきた既知の事項に、小さく呻き声を上げる。

『その治世の間に帝都拡張工事は完成し、建物も環境も改善された帝都には多くの学生が集まった』

 文章と同時に脳内に映し出された拡張工事完了後の帝都の銅版画に、トールは微笑みを辛うじて堪えた。

 リュカが神帝の地位に就いている間、サシャはかつての約束を守り、リュカの宰相の地位を全うした。グスタフ教授とマクシム教授の許で古代法と現代法の学位を取ったサシャの、法に則った助言と、リュカの類い稀な記憶力、そして帝都の文官長としてサシャとリュカを助けたカジミールを始めとする多くの人々の努力の結果、神帝リュカの治世は後世の手本となっている。

 脳内に流れてくる文章に頷きを返しながら、その頃のことを思い返す。

 リュカが神帝の地位に就いた時、イジドールの怠惰と放置の所為でボロボロだった白竜はくりゅう騎士団は団長となったイザイアのスパルタ教育によって再生を果たした。イザイアが引退した後は、東雲しののめの神帝候補として帝都に預けられたリーンハルトの息子ユリアンが白竜騎士団長となり、小さい頃のユリアンに剣を教えたウベルトがユリアンを支えた。黒竜こくりゅう騎士団の方は、暫くの間フェリクスが団長代行を務めた後、春陽はるひの神帝候補マティアーシュが団長になっている。大怪我から奇跡的な回復を遂げたバジャルドがマティアーシュを補佐していたが、バジャルドの厳しさを考えるとウベルトとバジャルドの地位は交換した方が良いのかもしれないと、宰相になったサシャは時々心配そうに首を横に振っていた。だが、ルジェクもエルチェもピオも、黒竜騎士団員はバジャルドの厳しさについては何も言っていなかった。マティアーシュとバジャルドは意外と馬が合っていたのではないか。横で接している歴史の本から脳内に流れ込んでくる、神帝リュカの治世における八都の事件とその顛末を反芻しながら、トールは小さく頷いていた。

 帝都の外で八都の平穏に携わっていた、サシャの友人達のことも思い出す。北向の王セルジュは、サシャよりも少しだけ長生きをした。セルジュの曾孫の一人が現在の神帝となっている。秋都あきとの学生長ホセも、津都つととの関係改善には悩んでいたが、良い王様だったと、トールは思う。小さかったノエルは、マティアーシュの双子の兄で春陽王となったエリアーシュと契りを結び、春陽の王配となった。エルネストも、「面倒だ」と毎回の手紙でサシャに愚痴ってはいたが、南苑なんえんの王配として恙無く政を行っていた。西海さいかいに戻ったイアンは西海で文官長になった。グイドも、従弟である夏炉かろ王リエトを支える文官長になっている。一番の驚きは、出会った頃は文字にすら興味が無かったクリストフが北向の文官長にまで出世したこと。北向王セルジュが手を焼くような文官長だったのではないか。湧いてきた笑みに、トールは首を横に振った。春陽の騎士ラドヴァンと、南苑の教授メイネは頻繁にサシャに会いに来ていた。彼らほど頻繁ではないが、『冬の国ふゆのくに』の祭祀タトゥも、気が付くとサシャの部屋にいるという感じで時々『冬の国』のことと、タトゥが引き取ったレフィのことを伝えに来ていた。サシャがリュカを支えることができたのは、友人達のネットワークのおかげだろう。今はもうこの場所にはいない、サシャの友人全てに、トールは深く頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...