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第九章 知識と勇気で
9.58 即位式の朝①
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「……サシャ?」
不意に響いた高い声に、はっと意識を取り戻す。
すっかり明るくなった部屋に入ってきたのは、重そうな白い服を身にまとった、既知の小柄な影。
「熱、下がった?」
トールを抱くサシャの腕の隙間から見えた、サシャが力無く身を預けるベットへと歩を進める北向の王子リュカの屈託の無い表情に、胸がぎゅっと縮む。何故、北向に留め置かれているはずのリュカがここに? おそらく、ティツィアーノの非を糺し、ディーデの魔の手からサシャを救うために帝都に向かう北向の若王セルジュに無茶を言って、セルジュ率いる北向軍に付いてきたのだろう。よりによって、息を引き取ったサシャの第一発見者がリュカになるとは。温かいサシャの腕の中で、トールは小さく頭を振った。……温かい?
「下がってる。良かった」
汗の無いサシャの額にサシャよりも大きな掌を当てたリュカの重たげな袖が、天窓から差し込む柔らかな陽の光を反射して僅かな金色に光る。
「……リュカ?」
そのリュカの動作で、サシャの瞼がゆっくりと上に上がった。
「良かった。もう元気だね」
目を瞬かせたサシャに微笑んだリュカが、着ている服を見せるように一歩下がって腕を大きく横に伸ばす。
「これから即位式だから、サシャも見に来て」
即位、式? いきなりの単語に、思考が混乱する。
「元気そうだな」
のっそりとした調子でサシャの部屋に入ってきた大柄な人物が、トールの思考を更に混乱させた。
「起きれるか?」
白竜騎士団の白い制服をビシッと着こなしたイザイアが、リュカの斜め前に立つ。イザイアの言葉に誘われるようにサシャが上半身を起こしたので、『本』であるトールは枕の側に小さく落ちた。
「白竜の人数合わせにはなりそうだな」
普段通りの蒼白さを持つサシャの頬を見やったイザイアの口の端が、大きく上がる。
「毒は、抜けたようだな」
続いて響いた、イザイアとは別種の落ち着いた声と共に、水の入った桶を手にしたアランが部屋に入ってきた。
「うん、大丈夫だ」
サシャの額と頬に手を当て、そして胸に耳を当てたアランが、大きく頷く。
「じゃ、即位式、出れるね」
「説明が必要そうだな」
リュカのはしゃいだ声に頷いたサシャの、僅かな首の傾きに大きく笑ったイザイアが、不意に真面目になった瞳をサシャに向けた。
「夏炉の神帝ティツィアーノは、北向の神帝候補サシャを『神帝候補に相応しくない』と断言した。あの場にいた白竜騎士団員はそう言っていたが、これは、間違いないか?」
「……はい」
ティツィアーノに乗り移った南苑の神帝候補ディーデに魔術の生贄にされかけたことを思い出したのだろう、サシャの声が僅かに震える。
「その時点で、北向の神帝候補はサシャからリュカに変わったわけだ」
神帝によって神帝候補が否定された場合、否定された神帝候補の出身国は新たな神帝候補を選出しなければならない。東雲でのグスタフ教授の講義内容がトールの脳裡を過る。
「その後、ティツィアーノは俺と契りを結んでいる、すなわち神帝の条件である『誰とも契りを結んでいない』を満たしていないことが判明したため、廃位された。と、すると、だ」
神帝が廃位された場合、次の順番の神帝候補が神帝になる。再び、グスタフ教授の声が脳裡を過る。夏炉の次は北向の神帝候補が神帝となる。すなわち、『即位式』とは、……リュカが神帝になるための儀式!
「リュカ、おめでとう!」
イザイアの横で笑ったままのリュカにサシャが微笑む。
「ありがとう、サシャ!」
サシャの身体を確認したアランがサシャから離れるや否や、リュカは即位式用の重そうな衣装をものともせずにサシャに飛びつき、サシャの身体をぎゅっと抱き締めた。
「サシャの、おかげ」
不意に響いた高い声に、はっと意識を取り戻す。
すっかり明るくなった部屋に入ってきたのは、重そうな白い服を身にまとった、既知の小柄な影。
「熱、下がった?」
トールを抱くサシャの腕の隙間から見えた、サシャが力無く身を預けるベットへと歩を進める北向の王子リュカの屈託の無い表情に、胸がぎゅっと縮む。何故、北向に留め置かれているはずのリュカがここに? おそらく、ティツィアーノの非を糺し、ディーデの魔の手からサシャを救うために帝都に向かう北向の若王セルジュに無茶を言って、セルジュ率いる北向軍に付いてきたのだろう。よりによって、息を引き取ったサシャの第一発見者がリュカになるとは。温かいサシャの腕の中で、トールは小さく頭を振った。……温かい?
「下がってる。良かった」
汗の無いサシャの額にサシャよりも大きな掌を当てたリュカの重たげな袖が、天窓から差し込む柔らかな陽の光を反射して僅かな金色に光る。
「……リュカ?」
そのリュカの動作で、サシャの瞼がゆっくりと上に上がった。
「良かった。もう元気だね」
目を瞬かせたサシャに微笑んだリュカが、着ている服を見せるように一歩下がって腕を大きく横に伸ばす。
「これから即位式だから、サシャも見に来て」
即位、式? いきなりの単語に、思考が混乱する。
「元気そうだな」
のっそりとした調子でサシャの部屋に入ってきた大柄な人物が、トールの思考を更に混乱させた。
「起きれるか?」
白竜騎士団の白い制服をビシッと着こなしたイザイアが、リュカの斜め前に立つ。イザイアの言葉に誘われるようにサシャが上半身を起こしたので、『本』であるトールは枕の側に小さく落ちた。
「白竜の人数合わせにはなりそうだな」
普段通りの蒼白さを持つサシャの頬を見やったイザイアの口の端が、大きく上がる。
「毒は、抜けたようだな」
続いて響いた、イザイアとは別種の落ち着いた声と共に、水の入った桶を手にしたアランが部屋に入ってきた。
「うん、大丈夫だ」
サシャの額と頬に手を当て、そして胸に耳を当てたアランが、大きく頷く。
「じゃ、即位式、出れるね」
「説明が必要そうだな」
リュカのはしゃいだ声に頷いたサシャの、僅かな首の傾きに大きく笑ったイザイアが、不意に真面目になった瞳をサシャに向けた。
「夏炉の神帝ティツィアーノは、北向の神帝候補サシャを『神帝候補に相応しくない』と断言した。あの場にいた白竜騎士団員はそう言っていたが、これは、間違いないか?」
「……はい」
ティツィアーノに乗り移った南苑の神帝候補ディーデに魔術の生贄にされかけたことを思い出したのだろう、サシャの声が僅かに震える。
「その時点で、北向の神帝候補はサシャからリュカに変わったわけだ」
神帝によって神帝候補が否定された場合、否定された神帝候補の出身国は新たな神帝候補を選出しなければならない。東雲でのグスタフ教授の講義内容がトールの脳裡を過る。
「その後、ティツィアーノは俺と契りを結んでいる、すなわち神帝の条件である『誰とも契りを結んでいない』を満たしていないことが判明したため、廃位された。と、すると、だ」
神帝が廃位された場合、次の順番の神帝候補が神帝になる。再び、グスタフ教授の声が脳裡を過る。夏炉の次は北向の神帝候補が神帝となる。すなわち、『即位式』とは、……リュカが神帝になるための儀式!
「リュカ、おめでとう!」
イザイアの横で笑ったままのリュカにサシャが微笑む。
「ありがとう、サシャ!」
サシャの身体を確認したアランがサシャから離れるや否や、リュカは即位式用の重そうな衣装をものともせずにサシャに飛びつき、サシャの身体をぎゅっと抱き締めた。
「サシャの、おかげ」
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