344 / 351
第九章 知識と勇気で
9.54 ピオからの差し入れ②
しおりを挟む
「ありがとう、ピオ」
水を入れたコップで口を濯いだサシャが、ピオにコップを返して頭を下げる。
「でも、もう、持って来ないで」
唇を引き結んだサシャの言葉に、トールは首を横に振った。
「え」
「逃げて」
戸惑いの声を発したピオに、理由を告げることなく逃げることを勧める。
「逃げない」
しかしサシャの勧めに、ピオは首を横に振った。
「逃げたから、ブルーノ隊長と王様を守れなかった」
夏炉の砦でサシャと出会ったピオは、砦を囲む狂信者に突撃する黒竜騎士団とヴィリバルト団長を見て、黒竜騎士団への所属を希望した。そのピオを、「まずは礼儀を覚えてからだ」という理由をつけて、砦の隊長であったブルーノは、自分が戻ることになった夏炉の近衛騎士団の見習いにピオを加えた。狂信者の残党と夏炉の貴族が結託し、夏炉の少年王が暮らす城を取り囲んだ際、ブルーノ隊長はピオに逃げるよう言い、半分だけ命令に従ったピオはブルーノ隊長と少年王が折り重なって倒れている様を見た。その事件があるからこそのピオの「逃げない」なのだろう。溜息を、トールは喉の奥底に飲み込んだ。ピオを大切に思うサシャの気持ちも、サシャを守りたいピオの気持ちも、分かる。だからこそ、トールは何も言えない。
「また、食べ物、持ってきてやるからな」
そう言ってサシャに背を向けたピオに、頭を下げる。
「う、ん」
再び、サシャの頬を転がった涙に、トールは優しく頷いていた。
エプロンの端で口を拭ったサシャが、再び、少ない藁の上で丸くなる。
今夜は、眠れるだろう。大きく欠伸をしたトールは、静かに、夢の中へと落ちていった。
だが。
サシャが発する苦しげな声に、目を覚ます。
[どうした、サシャ!]
エプロン越しに触れている、サシャの胸は、かつてないほどに冷たかった。
「手足に、力が、入らない」
絞り出すようなサシャの声に、全身が震える。
まさか、蜂蜜酒かパンに、毒が? トールの予感は、悲しく当たった。
「毒が効いているようだな」
大きく開いた扉の向こうに現れた嫌な影を、きっと睨む。
「ピオが単純な奴で良かったぜ」
台所に焼きたてのパンを置いておけば、それを見つけたピオは、横にある、毒の味を蜂蜜でごまかした酒樽を囚われの友人の許へ持って行くに決まっている。白竜騎士団長イジドールの言葉に胸が悪くなる。卑怯者! トールの叫びも空しく、イジドールは部下達にぐったりしたサシャを牢から出すよう命じると、後ろ手に縛られたサシャを確認してから先に立って歩き出した。
水を入れたコップで口を濯いだサシャが、ピオにコップを返して頭を下げる。
「でも、もう、持って来ないで」
唇を引き結んだサシャの言葉に、トールは首を横に振った。
「え」
「逃げて」
戸惑いの声を発したピオに、理由を告げることなく逃げることを勧める。
「逃げない」
しかしサシャの勧めに、ピオは首を横に振った。
「逃げたから、ブルーノ隊長と王様を守れなかった」
夏炉の砦でサシャと出会ったピオは、砦を囲む狂信者に突撃する黒竜騎士団とヴィリバルト団長を見て、黒竜騎士団への所属を希望した。そのピオを、「まずは礼儀を覚えてからだ」という理由をつけて、砦の隊長であったブルーノは、自分が戻ることになった夏炉の近衛騎士団の見習いにピオを加えた。狂信者の残党と夏炉の貴族が結託し、夏炉の少年王が暮らす城を取り囲んだ際、ブルーノ隊長はピオに逃げるよう言い、半分だけ命令に従ったピオはブルーノ隊長と少年王が折り重なって倒れている様を見た。その事件があるからこそのピオの「逃げない」なのだろう。溜息を、トールは喉の奥底に飲み込んだ。ピオを大切に思うサシャの気持ちも、サシャを守りたいピオの気持ちも、分かる。だからこそ、トールは何も言えない。
「また、食べ物、持ってきてやるからな」
そう言ってサシャに背を向けたピオに、頭を下げる。
「う、ん」
再び、サシャの頬を転がった涙に、トールは優しく頷いていた。
エプロンの端で口を拭ったサシャが、再び、少ない藁の上で丸くなる。
今夜は、眠れるだろう。大きく欠伸をしたトールは、静かに、夢の中へと落ちていった。
だが。
サシャが発する苦しげな声に、目を覚ます。
[どうした、サシャ!]
エプロン越しに触れている、サシャの胸は、かつてないほどに冷たかった。
「手足に、力が、入らない」
絞り出すようなサシャの声に、全身が震える。
まさか、蜂蜜酒かパンに、毒が? トールの予感は、悲しく当たった。
「毒が効いているようだな」
大きく開いた扉の向こうに現れた嫌な影を、きっと睨む。
「ピオが単純な奴で良かったぜ」
台所に焼きたてのパンを置いておけば、それを見つけたピオは、横にある、毒の味を蜂蜜でごまかした酒樽を囚われの友人の許へ持って行くに決まっている。白竜騎士団長イジドールの言葉に胸が悪くなる。卑怯者! トールの叫びも空しく、イジドールは部下達にぐったりしたサシャを牢から出すよう命じると、後ろ手に縛られたサシャを確認してから先に立って歩き出した。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる