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第九章 知識と勇気で

9.40 南苑王からの依頼②

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神帝じんていとしてのティツィアーノは優秀かもしれないが、罪は、……裁く必要がある」

 意識が戻ったバジャルドがレクスに報告したというティツィアーノの悪行を吐露したレクスが、両の手をぎゅっと握る。

「そのために必要な、エリゼが書いたティツィアーノの結婚証明書を、今全力で探させている」

 ティツィアーノの結婚証明書を持っているのは、ティツィアーノ自身と、ティツィアーノと契りを結んだ相手、そして証明書の作成者であるエリゼ。だが、ティツィアーノと契りを結んだ相手は、現在行方不明。サシャの母エリゼも亡くなっているから、エリゼが持っていたはずの証明書を見つけ出すのは至難の業。レクスの言葉に唇を噛み締めたサシャを、トールは震える瞳で見上げた。神帝・神帝候補には禁忌である『契りを結んだ』証明書があれば、ティツィアーノは神帝位を失う。……その、後は? ティツィアーノの次は、北向きたむくの神帝候補であるサシャの番。それは、まだ良いとして、問題は、……神帝位を狙うディーデは、サシャが神帝として即位したその日に、卑劣な手を使ってサシャを殺すだろう。その次に即位するはずの、春陽はるひのまだ幼い神帝候補も、同様に。

「サシャ」

 震えが止まらないトールの耳に、レクスの沈んだ声が響く。

「証明書が見つかるまで、帝都ていとに戻って、ティツィアーノの暴走を抑えてくれないか」

「僕、が?」

 レクスの依頼に、一人と一冊の目は同時に丸くなった。

「できるでしょうか?」

「ティツィアーノの方はこれ以上の暴走はしないだろうね。望み通り神帝になったわけだし」

 俯いたサシャの肩に、エルネストの手が置かれる。

「むしろディーデの方が暴走するかも」

 そもそも、南苑なんえんの王位を継ぐのはディーデだった。あくまで軽いエルネストの声が紡ぐ重要な事実に口をぽかんと開けてしまう。南苑の王族では、ディーデの血筋が本家でレクスは分家。だが、古代の邪悪な魔法を研究する本家を忌避した他の王族と貴族達は、王であったディーデの祖父と王太子であったディーデの父をその位から引きずり下ろして幽閉し、代わりにレクスの父を王位につけた。その結果、白竜はくりゅう騎士になるはずだったレクスは呼び戻され、新たな王太子になった。

「ディーデが、彼の父や祖父達と同じように『魔法』に執着していると知っていたら、我が父は彼を神帝候補にはしなかっただろう」

 レクスの声が、沈む。

「とにかく、ティツィアーノもディーデも、何をしでかすか分からない」

 南苑の王であるレクスが、帝華ていか夏炉かろと国境を接するこの場所に兵を引き連れて滞在しているのは、ティツィアーノあるいはディーデが帝都で何かしでかした時に駆けつけるため。レクスの言葉に全身が冷たくなる。南苑の政は、現在の王太子であるレクスの末の弟が何事もなくこなしているらしい。

「王なんて窮屈なだけだから、早く優秀な王太子に引き継ぎたいのだがな」

「レクス陛下には、もう少し王でいてもらわないと困ります」

 肩を竦めたレクスに、王太子の配偶者であるエルネストが大仰に首を横に振る。

「とにかく」

 そのエルネストににやりと笑ったレクスは、すぐに真顔に戻りサシャを見つめた。

「ティツィアーノの結婚証明書は、七都中が全力で探す」

 既に、七都の王家に依頼は済ませている。レクスの言葉がトールの耳に強く響く。

「ノエルは、南苑で引き取りましょう」

 ノエルを着替えさせる時に見つけた鞭傷は、言葉にできないほど酷いものだった。今は安らかに眠るノエルに視線を落とす。ノエルの叔父であるエルネストが引き取るのだから、イジドールも文句は言わないはず。眠るノエルを確かめ、一人と一冊は同時にエルネストに頷いた。イジドールから引き離すことが、ノエルのためになる。

「イジドールには、私とラドヴァンが釘を刺しておく」

「強めに言っておいた方が良いでしょうね」

 レクスの次の言葉に、今まで押し黙っていたラドヴァンが頷く。

 ここまで事情を知ってしまったサシャの答えは、おそらく一つ。

「お引き受けいたします、陛下」

 トールの予想通りの言葉を、サシャが紡ぐ。

「サシャ!」

 そのサシャを、レクスの太い腕が抱き締めた。
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